村の人々が活動を始めるより少し早い時間に静寂の中、目が覚めた。窓は少し曇っていてその向こうにはかすかに月が残ってる。久しぶりのベッドで、さらに旅の疲れが溜まっていたこともあって気絶したように眠ってしまった。だからいつもより目覚めは良かった。頭の中でこれからの予定を確認しながら、装備を身につける。小さなテーブルの上に、パンとスープが置いてあることにふと気づいた。家主が気を利かせて用意してくれたものだろう。湯気を立たせる鮮やかな赤いスープは程よく辛く、パンはしっとりとしていた。朝食を食べたことで身体が少しずつ温かくなってくるこの感覚。いよいよ一日が始まる、そんな快い気持ちだった。

部屋を出ようとするとフランが飛び込んできた。おはよう、元気に挨拶をして支度はバッチリと言わんばかり。その健気な姿はとても微笑ましかった。

 

「どうかしたの?」

「ふふっ、なんでもない。行こう」

「えー、気になるじゃん!教えてよー」

 

理由を問いただそうとぎゅっと身体を寄せつけてきた。それでも私は言うことはなかったが、フランの温もりは私が感じていた肌寒さを消してくれた。

 

「お嬢ちゃん達、今朝は冷えるから、気をつけて」

「はい。スープ、とてもおいしかったです。ありがとうございました」

 

家主に挨拶をして宿を出た。今回の出費は多少の痛手になってしまったので、まずは何かしらの依頼を探すことにした。受け身の仕事なので誇れた稼ぎ方ではないのだが、生きていくためには仕方ない。村を散策していると、日に焼けて黒くなったおじいさんが話しかけてきた。

 

「嬢ちゃん達、こんな田舎に二人でどうしたんだい」

「旅をしています。今日は、東の森へ」

 

偉いねえと感心していたおじいさんが、東の森の話をした途端、急に顔色が変わった。理由を聞いてみると、どうやらこの村の何人かが、森に行ったきり帰ってきていないというのだ。理由は様々で、野盗に連れられたとか、魔物に襲われたとか、道に迷ったとか、とにかく物騒な話だった。なんとなく嫌な予感がして、他の村人にも詳しく聞いてみることにした。朝からヒソヒソと世間話をしている人達が目に入ったので、私達が森に行くことを伝えてみると、またもや青ざめた顔をして、反応した。

 

「二人とも若いんだから、絶対にやめた方がいい。あそこへ行って帰ってきた奴はいないんだから。なんてったってあの森にある集落は、死の村なんだから」

 

聞き捨てならない言葉があった。やはり、ただ簡単に頭に浮かぶような事案ではなくて、もっと大きな問題が関わっているのだ。さらに詳しく聞かなければいけない。

 

「なんでも、森の中には小さな集落があるみたいで、そこでは、罹ると間もなく死に至る病が流行しているらしいのさ。そんなことありえないって?でも、無いとも言えないだろう。誰も帰ってきてないんだから。だからお嬢ちゃん達も悪いことは言わないから、近寄るのはやめた方がいい」

 

その話を聞いて、私達の意見は会話をしなくたって一致した。フランの目配せに私は頷いて、早速準備に取り掛かった。苦しんでいる人がいるかもしれない、それなら向かわない理由は私には見当たらない。地図に書き足しながら、私達は噂の死の村へと足を進めていった。

 

 

気を抜くと一瞬で迷ってしまう薄暗い森。一向に景色が変わる気配はしなくて、どこを向いても木々が鬱蒼としているばかりだった。かなり歩いたので私達は一旦昼食を取ることにした。

 

「ほんとにあるのかな、そんな病気」

 

病原体などと、目に見えないものとの戦いに少し戸惑っている様子のフラン。大丈夫、私がついていると、不器用な私なりに励ました。フランは、そうだね、そうだよね!と元気に答える。今日の昼のスープにはいくつかのキノコも混ざって、味に深みがあった。

 

「もちろん毒は抜いたから安心してね。あたしの特技はこういう時にも役立つのです」

 

えっへんと得意げな彼女は医学に深い理解があって、私も何度も助けられた。野草で塗り薬を作ったり、今回みたいに、毒入りの食材を食べられるように処理したり、その知識は医者を遥かに超えるものだと思う。私とは違って賢いのだ。けれど一度だけ失敗して身体中が痺れたことがあって、それも今となっては旅の思い出となっている。

 

「あとどのくらいなんだろう。もうそろそろ着いてくれないと、ここで野宿はちょっと嫌かも。アリアがぎゅーってしてくれれば別なんだけどなあ」

「そ、そんな恥ずかしいこと、できるわけないだろう」

 

いつものフランの冗談で、私はまた顔を赤くしてしまっている。ジョークが成功して、意地悪そうに彼女が私を見つめた。紺碧の瞳がじっと私を貫いて、終始落ち着かなかった。そんな空気から逃れるために頭を振って感情を整え、話を逸らすように私は口を開いた。

 

「そろそろ出発しよう」

「あ、アリア照れてる」

 

フランの言う通りここは少し湿度が高くて、お世辞にも過ごしやすい環境ではない。先が見えない森でも、何とかして村に辿り着く必要があった。彼女は私にくっついたままだったが、私達は先を急ぐため、少し早足で歩き始めた。

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