ビルドイン・マイカントリー!

ゆうゆう

二人の旅路

遠くで小鳥のさえずりが聞こえる。視界の端の牛の鳴き声が聞こえる。耳を澄ませると、こんなにも雄大な自然の鳴き声が感じられる。けれど、さらに遠い遠い向こうで、魔物のいななきまで聞こえる。不快で不快でしょうがない。こんなにも美しい自然に溢れたこの世界、『アンターニア』では、魔物が至る所に跋扈している。いつだったか、誰も覚えていないずっと昔、アンターニアのどこかで一頭のドラゴンが産まれた。その日からこの世界の歴史が大きく傾いていく。各地で魔物が発生し、人間の住処を奪っていった。もちろん人間側も必死に抵抗して、ある程度の安住の地を手に入れた。そこから月日が流れて、魔物と人間との戦争は昔と変わらず続いている。大国では毎日のように軍隊が組織され、魔物の住処へと放たれては多くの屍が積まれている。名もない農村では、虫が涼しく鳴く夜の静寂を切り裂くような魔物の奇襲によって、壊滅的な被害を受けている。その現実が私を旅へと進ませた。今は親友のフランと旅をしている。その途中、快晴が見渡せる牧場の近くで休憩していた。私の目標は、今を生きる魔物の根絶と、今後もう二度と魔物が産まれない世界をつくること。もしそれができなかったとしても、私の生涯をその第一歩にしたい。


「アリア、また怖い顔してる。もう、笑顔だよ、笑顔」


短い金髪をそよ風になびかせて、にっとフランが笑った。私の名前はアイリスのはずなのだけれど、この子は私をアリアと呼んでいる。ゆったりと動く雲を見つめながら、フランお手製のサンドイッチを一口かじった。野菜のみずみずしさとパンの甘味が口の中に広がって、ほのかな酸味も後からやってくる。この一コマだけ切り取ってみれば、この世界は平和そのものだろう。けれどそれはあまりにも断片的で、閉鎖的だった。


「こんなに美しい空なのに、この世界のどこかでは、何の罪もない人々が苦しめられているのだろうか」


人間一人一人の命の重さは、その尊さは、知性が無い魔物程度には分からない。にも関わらず痛めつける方法は熟知しており、いたぶったり、拷問した後に殺す。例えば、結婚を誓い合った許嫁が一晩のうちに惨殺される。悲しみに暮れた一家は心中を図る。なんて酷いことなのだろう。だからこそ、私はその現状を目に焼きつけておきたい。その思いでフランと旅をしている。


「大丈夫!あたし達でみんなが苦しまないような世界を創ろうね。あたしとアリアならきっとできるよ!」


いつでも考え過ぎてしまうのが私の悪い癖で、フランの底無しの明るさにいつも助けられてしまう。今までも幾度となくこの子に救われてきた。そんな、私の大切なパートナー。フランが朝野草を集めて作った特製ジュースを喉を焼くような爽快感と共に飲み干した。昼食を終えて一息ついたところで、私達はまた、広い大地を歩き始めた。



「ここから東、深い森があるみたい。地図だと、この辺りだよ」


私が作った拙い地図を凝視しながら、次の目的地をフランが考えていた。目的地の無い流浪の旅だからどこから向かっても良いので、基本的にはフランに一任している。ここに来るまでに寄った村で情報を集めてみると、私達が次向かおうとしている東の方角に、集落などは無いようで、茂った深緑が広がっているだけのようだ。


「なんか怪しい!さあさあ、レッツゴーだよ!」

「今日はもう夜が近いから、さっきの村にお邪魔しないか」

「確かに、そうと決まれば出発だね。宿借りれるといいな」


夕日が姿を隠そうとしている。この辺りは明かりがほとんど無いので、夜は全くと言っていいほど周りが見えない。こんなに近くにいるフランでさえも、気配で感じ取るしかなくなってしまう。それは避けなければいけないので、私達は急いで来た道を戻っていった。



「おや、あんた達はさっきの。宿なら奥にあるから、何も無い村だけどゆっくりしていきな」


頼りになるのは村のかがり火だけだった。そんな中でも、まだクワを振り下ろす農家の人達や、過ごしやすい気候の中、談笑に浸る女性達。その質素がむしろプラスに働いて、私には心地良かった。


「二人だから、一晩で2000スールだよ」

「分かりました。これでお願いします」


金の硬貨をいくらか差し出して、檜の匂いが広がる部屋へ向かった。恥ずかしい話、私達は裕福ではないから基本は野宿をしている。この辺りには水を浴びることができるような場所が無く、さすがに匂いも気になってくる頃合いだから宿を借りることにした。


「あたしはアリアなら同じ部屋でもいいのに。恥ずかしがり屋さんなんだから」

「し、仕方ないだろう。落ち着かないんだ」

「むう、アリアに拒絶されるの結構寂しいんだよ?」


顔を膨らませて、隣の部屋へと入っていった。木製のドアが音を立てて、私は荷物をベッドのそばに置いた。椅子に腰掛けると、窓から遠い星が見える。見れば見る程遠くて、果てしなかった。その様子がちょうど今の私に重なった。私の殊勝な目標も漠然としたものなので、どうすれば達成できるのか、そもそも本当に達成可能なのだろうか、考えれば考える程果てしない道のりなのかもしれない。明確な道標を認識しないでいるのは、こんなに不安で、そこが見えないものなのだ。けれど後戻りだけはしてはいけない。そんなことをしてしまえば、私は人間としての矜恃と誇りを失ってしまう。だから目の前に何も無くても、進み続けるしかない。明日は、夕方フランが言っていた森へ行くことにしよう。せっかくだから、何か依頼が無いかどうか、当たってみてもいいかもしれない。

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