第33話
潮風に吹かれながら、大型巡航型潜水艦くらま、その横で波に揺られながら浮いている中型巡航型潜水艦いつしろ、こうじん、を見つめながら江島は葉巻を燻らせていると、不意に後ろから声をかける者がいる。
流暢な英語である。
「エジマ副長」
「ああ、ガルデス司令官」
「今は、くらま、の艦長ですよ」
「そうでしたね」
「エジマ副長、やはり残られるのですか? イトカワ艦長の事情は察しますが、あなたには艦に乗って欲しかった」
「ありがとうございます。もう決めてしまった事ですから」
「そう、そうですね」
「一本、如何ですか」
江島は木箱入りの葉巻をガルデスに差し出す。
「いただきましょう」
ガルデスが葉巻を一本取ると、江島は加熱式電子ライターを手渡す。
「ガルデス艦長、私は海が好きなんです。何故なんでしょうね。波の音を聞いているだけでも落ち着くんですよ」
少し間を置いて、ガルデスも海を見つめながら語り出す。
「エジマ副長、私の国に、こんな民話があります。ネズミトリとネズミの結婚、って言う話なんですがね、幼い頃、祖父に聞かされた話です。ネズミトリの婚約相手であるメスのネズミが死んでしまうんですけどね。その周りのもの全てが悲しむのですよ。最後に悲しんだのは水を汲みに行った少年なんですけど、悲しみのあまり水を汲まずに家に帰ったら、父親に引っ叩かれる。そして、全ての悲しみの魔法が解けて悲しみが去って行くって言う話です」
「全ての悲しみですか・・・。海は全ての悲しみが流れ着くところなのでしょうか」
江島は相変わらず葉巻を燻らせながら頷いてみる。
「そう、全ての悲しみです。私は、この話のように、何かのきっかけで悪い夢でも見ていたかのように、この現実が変わらないものかと・・・ね、バカな話ですね」
「そんなことはないですよ、私も、いつも思っていることですから」
「・・・・・・・・。」
暫し、二人は無言で海を見つめていたが、
「そろそろ兵舎に戻ります。これから民族大移動の準備です」
そう言ってガルデスが立ち去ろうとすると、江島は木箱をガルデスに投げた。
「これは、糸川艦長から貰った葉巻なのですよ。あなたに差し上げます。無事、南極に着いたら一服してください」
ガルデスは葉巻の入った木箱をキャッチすると、笑顔でウインクした。
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