第32話
葛木の横に女性を乗せたポルシェ930ターボが加速する。
視界がどんどん狭くなり、田園風景が過ぎ去って行く。
澄んだ空気の中へ排気ガスを撒き散らしながら。
この必要のないガスも、やがては緑に同化し消えて行くであろう。
「もうやめてよ」
とメラニーが笑いながら大声で言う。
葛木は笑ったまま田舎道を真っ直ぐ見ている。
更にメラニーもまた笑いながら大声で言う。
「私は乗馬の方がいいわ」
向こうの方で土煙を上げながら疾走しているガソリンエンジン車を見ている老人がいる。
「メラニー、どんな時も幸せの中で生きるんだ」
鍬を片手にメラニーの父親が太陽を背に額の汗を拭っている。
「なぁ、メラニー。どんなことがあっても、それは自分で選んだ道なんだよ。そのことに人は気付かないでいるだけなんだ。だから、幸せを望むのでもなく、幸せを作るのでもなく、感じることが大切なんだ。いつまでも幸せの中で生きて欲しいよ、お前だけは、私の大切なメラニー」
放射能が世界を覆おうとしている。
残り少ない命を、この田園で過ごそうと思った。
誓ったのではない、そう思ったのだ。
愛する妻が眠っているこの大地と共に。
そして今、メラニーがやって来てくれた。
充分じゃないか、他に何を望むのだ。
今生きている事だけに感謝すればいいじゃないか。
老人は大きな鍬を肩に乗せ歩き出す。
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