第31話



 電動2輪でモンテビデオの街を走っていた山本は海軍病院へ着くと、受付で聞いた通り糸川が居る病室へと向かった。

病院なので当たり前と言えば当たり前のことなのだが、誰もが沈んだ顔をしている。

何処へも行けず死を覚悟した者達だけが残されているような気がする。

山本は病室のドアをノックすると中から声がする。


「どうぞ」


「失礼します」


「おお、どうしたんだい」


「お見舞いに参りました」


「それはそれは、ありがとう。生憎とうちの幕僚長はお休み中だがね」


「幕僚長?」


「ははは、私はそう呼んでいるんだよ」


「幕僚長ですか、糸川艦長のご子息に相応しい呼び名です」


「そんな、まぁ、座りたまえよ。それと艦長はよしてくれるかい、もう潜水艦はウルグアイに献上させてもらったのだから」


「いえ、このままで結構です。直ぐに兵舎に戻りますので、糸川艦長」


「遠慮することはないんだけどなぁ」


「ありがとうございます。今日は艦長にお別れを言いに来ました」


「そうかぁ、と言うことは潜水艦に乗るんだね」


「はい、糸川艦長」


「もういいよ、山本さん、糸川と呼んでくれるかな。で、南極に行くんだね?」


「はい、糸川艦・・・、長・・・。糸川様」


「様かぁ。さん、にしてほしいものだね。それで、お別れの挨拶に来てくれたのかい」


「はい、病院からお戻りになられて、兵舎でも良かったのですが、急に思いついたものですから」


「いいよ、いいよ、良く来てくれたね、ありがとう」


「いいえ、今までお世話になりました」


「うん、こちらこそ、今まで支えてくれてありがとう」


 間を置いて、再び山本が喋りだす。


「ウルグアイに残られるのですね?」


「うん、この子を潜水艦に乗せて南極までなんて、とてもじゃないけど無理だよ」


「そんなにお悪いのですか?」


「まぁ、そんなところさ」


「・・・・・・・・。」


 山本は暫し黙っていたが、急に思いついたようにまた喋り出す。


「私達人類は、なんてことをしでかしてしまったのでしょうか? 再生できないくらいにまで地球を痛めつけて、共に人類も滅んで行く。人類と言うと大きくなって感情も湧かなくなって来ますが、一人一人が大切な一人一人を失っていった。遥か彼方の話じゃない、目の前の大切な人を誰もが失っていった。それは・・・、一体・・・」


 言葉を失って床を見つめている山本に糸川は天井を見ながら答える。


「そうだね、山本さん、私達人間のやることなんて殆どが間違えていることばっかりだと思わないかい? 私もこの子と一緒にいてね、山本さんと同じようなことを考えていたんだよ。間違いと気付き修正できる人間は大したものさ、でも殆どの人間が修正できないでいる、いや、間違いにさえも気付いていないかもしれないし、人は、それだけ愚かな存在かもしれない。でも、多分、この戦争が、どういう結果を生むかを知っていた人は居たかもしれない。それでも歴史には逆らえなかったんだね」


「・・・・・・・・。」


「山本さん、生き延びる道を選んだのなら立派に生きて欲しいんだ。小さな過ちは何処にでも有るし、数えきれないくらいだよ。ウルグアイに残り、死を覚悟した人間として伝えたいことは、もう二度とこんな大罪を人類が起こさないようにと、この地上から祈りを込めて生きて欲しいんだ。まだ何処かの大地の上で生きている人達のためにね」


「それは・・・。」


「ウルグアイを離れる人達が何人いるかは知らない。他の国の人達も同じように南極を目指し、君達と出会うかもしれない。そうなると小さな多国籍国家なんだ、と思わないかい? そして生きているんだ、共にね。だから生きることを選んだ君に伝えたいんだ。生きる限りは希望を失ってはいけない、信じると言うことは苦しいことかもしれないけどね。どれくらいの人達が生きることを選んだかは私には分からないし、これからどれくらい生きられるのかも分からない、もしかしたら子孫を残せるまで生きられるかもしれない。だからこそ未来は変わると信じていたい、それは自分で変えるものなのだから。その時に思い出して欲しいんだ。希望という言葉を」


 またもや黙り込んでしまったが、山本は鞄に手を入れて、新聞だろうか?スペイン語で書かれた記事が載っている紙に包まれた見舞いの品を糸川に渡した。


「これは?」


 と尋ねる糸川に、


「モンテビデオの雑貨屋で買った物です。私の娘にも同じ物を買いました」


 今度は糸川が言葉を失っている。

艦には、子供は乗っていない。

日本は既にない。

お前も、そうか、大切な命を・・・、と思う。

不意に山本が病気の子供が寝ているにもかかわらず大きな声で言う。


「糸川艦長、私は最後まで潜水艦乗りとして南極へ行ってまいります」


 そう言うと敬礼したまま直立の姿勢を崩さない。

糸川も起立した。

そして、同じように敬礼した。


「山本3等海曹、生きろ」


「はい、生きて生きて生き延びます」


「敬礼を下げてよし」


「糸川艦長。有難うございました」


「行ってよし」


「山本3等海曹、退室します」

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