第29話
山本3等海曹は小さな鞄に少しだけ保存食を入れて街へ出た。
何か必要な物があれば物々交換ができる。
カプロ基地からモンテビデオの街に出るのに、電動二輪を借りている。
三日以上は休みなしで走れる強力なバッテリーにモーター。
軍用の電動二輪車なので、最高速度は簡単に100キロ以上は出る。
表通りには数々の店が所狭しと並んでいるが、殆どがシャッターで閉ざされている。
開いている店は殆どが食料品店だ。
「静かだ」
と山本は呟く。
世界が破滅しようとしているのに、この街は暴動さえも起こっていない。
閉ざされたシャッターの店以外は普通に営業されているように見える。
山本は速度を落とし、ゆっくりと2輪を走らせる。
食料品には興味がない。
大型、中型も含めて巡航型潜水艦から大量に支給されている。
酒も一人ワンボトルまでで支給された。
それにコーヒーやお茶、など。
ゆっくり走っていると、ふと洒落た店を見つける。
食料品を売っているような店ではない。
衣服や日用品でもない。
山本は2輪を店の前に停めると店の中を覗いてみる。
「雑貨屋?」
中へ入ってみると、お土産屋なのか、陶器製の動物達が所狭しと飾られている。
「いらっしゃい」
と元気な声が聞こえる。
旅行客で慣れているのか、流暢な英語で語り掛けてくる女性は初老のように見える。
「ええ、可愛い動物達ですね」
「ウルグアイは動物愛護の国だからね」
本当にそうなのかは山本には分からない。
食肉の輸出国としては世界でも有数の国であることは知っているが。
それでも可愛らしい動物達に目を奪われる。
「誰かへのプレゼントかい」
初老の女性が南米らしく笑顔で語りかけてくる。
他に客が一人も居ないからかもしれない。
「そう、ええ、そうです、娘に」
と答えた山本に女店主は、
「歳は幾つくらいだい」
と聞き返す。
「そう、生きてい・・・。ええ、ジュニアスクールです」
「そうかい、それだったら・・・、これなんか良いと思うよ」
「ありがとうございます。でも、こちらの小鳥の人形も可愛らしく思います」
「ああ、そっちはインファントスクールだよ。ジュニアスクールに通っている子供なら、断然こっちさ」
山本は、そう言われて手に取った子馬の人形を繁々と見つめる。
確かに可愛らしさに土の重厚さが加わっているように思うとジュニアスクール向けか・・・、と思い直す。
「これを、二つください」
一つではなく二つにしたのは、咄嗟ではあるが、ある思いがよぎったからである。
「二つね、一緒に包むかい? それとも別々でかい?」
「ええ別々でお願いします」
「じゃ、ちょっと待ってておくれよ」
そう言うと、二つの陶器製の馬を持った店主は奥へ入って行った。
少しすると店主は戻って来て、
「小さい鞄だね、入らなかったら鞄もあるから」
「いえ、大丈夫です」
「そうかい、じゃ持って行きな」
「ええ?」
「お金は要らないよ、ここじゃ紙幣に貨幣に、それどころか電子マネーなんて全く通用しないんだからさ」
「それじゃ・・・。」
そう呟くと山本は、鞄に詰めておいた保存食を取り出して全て店主に渡した。
「いいのかい? こりゃ有難い品物だけどね」
「はい、これで鞄の中が空いて人形を入れられそうです」
「それは良かったよ、旅を楽しんでおくれ」
「ありがとう、おばさん」
「ありがとよ、兵隊さん」
山本は再び2輪に跨ると、急に思いついた目的地へとモーターを回した。
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