第28話
やっとのことで荷物が片付いてきた。
最後を迎えるこの部屋で過ごす。
せめて誰が来ても恥ずかしくないように綺麗にしておきたかった。
もちろん誰も来るはずもないのだが。
「酒を持って来るのを忘れたな」
独り言を言うと、見た目を綺麗にしようと、今度は整理整頓に力を傾けた。
日も暮れようとし始めた頃に厚い木製の扉を叩く音がする。
「扉を開けて、私よ、メラニー」
葛木が扉を開けると、大きなバスケットを両手で抱えてメラニーが立っていた。
「ねぇ、お隣さん。一緒に食べない?」
「それは有難いのですが、お父さんと食べなくても大丈夫なのですか」
「ええ、父が持って行ってやれって言ったのだもの」
葛木はメラニーを小屋の中に招き入れると、リュックからオイルサーデンの缶詰を二つ取り出した。
メラニーはテーブルの上にバスケットを置くと、上に掛けてある布を取り、中身を取り出していた。
葛木が缶詰をテーブルの上に置こうとすると、
「偉く豪勢な食事だ」
と呟いた。
「あ、これ? ウルグアイではよく作るのよ。アサードって言うの」
「アサード?」
「そう、アサード。お肉を炭火じゃなくて薪で焼くの」
「道理で、木の良い香りがする」
「それと、これね」
そう言いながら彼女は一本のワインを取り出した。
「これは、そんな、ここまでしていただけるなんて申し訳ない」
「あら、知らなかったの? ウルグアイの、っていうか私の自慢料理だけどアサードも知らないし、それにウルグアイが世界でも有名なワインの産地であることも?」
メラニーは呆れ顔で喋っているが、その顔は笑っている。
葛木は、その眩しい笑顔に、それと美しい声に、思わずテーブルに目を落としてしまうが、そこには葛木が出した、貧素な缶詰が二つ並んでいた。
はっとしてテーブルから目を逸らし、
「アサードもワインも知りませんでした。済みません」
とメラニーを見ずにやっとの事で答えた。
「問題ないわ、それよりワイングラスはあるかしら」
「いえ、コッヘルとアルミ製のマグカップだけです」
「しょうがないわ、今夜はそれで飲みましょう。さぁ座って」
テーブルは小さいが、椅子は二脚揃っていた。
マグカップをメラニーに渡すと、葛木はコッヘルを自分の前に置いた。
ワインが注がれ二人で乾杯すると、
「美味しいですね」
「当たり前よ、ウルグアイのワインは世界一だもの」
そして葛木の前に、これはメラニーが持って来たものであるが、木製の皿にアサートを切り分けて置いた。
「グラスは迂闊だったけれど、お皿とフォークは持ってきたの、食べてみて」
葛木がメラニーに渡されたフォークで、薪で焼いた肉を口に入れると、
「これも美味しいです」
「当たり前よ、誰が作ったと思っているの? まぁ最初に私が作ったって言ったけど。その上で不味いなんて言ったら、私はきっとあなたをぶん殴って帰るところだわ」
「海兵よりも怖いですね」
「だから、私を誰だと思っているの? って言っているでしょ」
南米らしい荒削りではあるが明るく気配りの効いた言葉で、葛木は少しずつ癒される思いがしてきた。
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