第27話
「太陽を見たんだ、でもあれは太陽じゃなかった。太陽よりも輝いて見えたんだ」
大西洋の波の上に、日本を出港して初めて潜水艦が浮上し、最初に放射能測定器を持ってハッチから顔を出した船員が言う。
ウルグアイ軍から与えられた小さな一室のベッドで寝そべって彼は呟いていた。
テーブルの上には愛娘の写真が飾ってある。
妻とは離婚している。
既にこの世にはいないが、離婚してからの行方も知らかった。
娘は、山本3等海曹、彼の実家に預けられた。
「太陽じゃなかったんだ」
山本はまた呟く。
ベッドの上で両手を組んで、後頭部に当てている。
目を瞑ると、あの時の光が瞼に浮かんでくる。
確かに山本が見たものは太陽であった。
しかも太陽が微笑んでいるように見えた。
その微笑みの中に彼は娘の笑顔を見た。
度重なる核爆発で、娘は彼の両親と共に一瞬にして消え去った。
「見えたんだ、あれは太陽、でもあの子だった」
長い航海では、船員が海上に幻を見ることがあると言われている。
それにまつわる伝説も多く残されている。
不吉な伝説が多いが・・・。
一度開けた目を、もう一度瞑って、愛する娘の幻影を追いかけてみる。
「自分は何をやっているんだろう?」
長い間、少しの食事をしては、またベッドに戻り、ただ呼吸をしているだけの生き物になっている。
「生きていないじゃないか」
そう思う。
彼は洗面台に行き、小さくなった石鹸で顔を洗ってみる。
幾分、元気が出てきたようにも思える、が、錯覚か? とも思う。
彼は軍服に着替えて、底の擦り切れた靴を履き扉を開ける。
明るい空が扉越しに飛び込んで来るようだ。
「太陽だ」
そこに娘の笑顔は見れなかった。
しかし、山本は扉の外へ一歩、足を出してみた。
「ウルグアイ、まだ街へも出ていなかったな」
彼は、そう言うと部屋に戻り娘の写真をカバンに入れて、
「観光? してみるかい?」
と娘に呼びかけた。
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