第26話



 矢作夫妻は夕食をとっている。

簡単な食事だが、笑い声が響いたりと、暖かな空気が漂っている。


 然し、確実に放射能は近づいて来ている。

これは否めない事実なのだ。

ともすれば、時々、不安に駆られて会話に影が差すこともある。

その時、不意に妻の綾子が、静かに言う。


「ねぇ、お願いがあるの」


「なんだい?」


「放射能汚染濃度が50%を越える前に、寝室を私に貰えないかしら」


「それって、別々に暮らすっていうことかい?」


「ええ、それも内側から鍵をかけて、あなたに入って来て欲しくないの」


「どうして?」


 矢作は少し苦しそうな顔をして聞き返す。


「分かって、放射能汚染濃度が50%を越えれば、浮腫も起きるし、筋肉だって勝手に移動するのよ。私、そんな姿をあなたに見られたくないの」


「二人で死を迎えようって約束したのにかい?」


「ねぇ、分かってほしいの。私は、そんな自分の姿をあなたに見られたくないの。部屋は別だけど扉越しに話はできるわ。それに50%の放射能がやってくれば、あっという間に90%以上の放射能に包まれる。時間なんて束の間。その間だけ一人にして欲しいの。お願い、分かって」


「なるほど、その時が過ぎれば手を繋いで二人仲良く天国の階段を登るって言うことだね」


 その言葉を聞くと彼女は少し悲しげに微笑み、


「そう言う事にしといて」


「分かったよ、但し二度とこの話はしないで欲しい、それと、君がこの部屋を出ていく時には、僕のカバンの中にあるワインを開けよう」


「ありがとう」


 そう言うと綾子は食事もそこそこに、フォークを置いて彼のところへ行き、彼の横にひざまづいて、彼の腰を抱き寄せ顔を埋めた。


「おいおい、まだ食事が残っているよ」


 そう言う矢作も、彼女を抱き寄せ、そっと寝室へと運んで行った。

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