第23話



 カプロ基地から一台の軍用車が滑り出した。

まだ陽の登らない暗いアスファルトを海岸に向かって静かなモーター音と共に。

明るくなる前に辿り着きたい、何故かそう思いながら。

祈りたいんだ、何故そう思うのか、海の明るさと共に祈りたいんだ。


 航海長の池波は、まだ暗いモンテビデオの街中を急ぎたい気持ちを抑えながらアクセルを踏んでいる。

歩道では、この世の終わりを嘆く者達が酔っ払って寝ている。

若しも、道路で寝ている者がいればモーターカーで轢いてしまうかもしれない。

最後の最後に殺人者になるのは御免蒙りたいものだ。


 基地から出た軍用車はモンテビデオの街を抜けると速度を増した。

やがて海岸沿いの道に出るであろう。


 にわかに明るくなってきたように思える。

車は速度を落とすとヘッドライトを消して渚に近い場所を見つけて停車する。


 夜明け前とは言えないが、明るくなる前に海岸に辿り着けた。


 池波は車から降りると少し歩いて、波打ち際から海の向こうを見る。

そして、右手を胸に当てて友のために祈ろうとする。


「なぁ、神父さんよ、なんで自殺なんかしたんだい? あんたが死ななくても、結局この世は終わるんじゃないのかい?」


 池波は、潜水艦から身を投げた友を思う。

池波と、神父と呼ばれていた男はある種の友情で結ばれていた。

陰と陽の関係に似ている。

手の空いている時は二人でプールバーに行き、語り合ったものである。

二人とも酒を飲まなければ煙草も吸わない。

もちろん潜水艦内では全面禁煙ではあるが。

二人はコーヒーを飲みながら失った家族の話や自分のことを話した。

池波は彼の言っていたことを思い出す。


「どうせ死ぬんだ、じゃないんだ。僕達は死ぬ前の時間を与えられた者達なんだ。この時間を無駄にしてはいけないよ」


 ならば、どうして死を選んだのか?


 いつからか・・・、友の言葉数が少なくなってきていることに気付いていた。 


「若しも神が存在するとしたなら、神は僕達を救ってくれはしない。神は僕達に試練しか与えないよ。その結果を出すのが僕達なんだ。でも、今回だけはそうじゃない、いや、いつの時もそうだったのかもしれない。結局は皆んな、自分でその世界を作っていたのかもしれない。それでも僕はこの世界のために祈るよ、僕にはそれしかできないんだから」


 潜水艦が航海に出て初めて浮上する数日前の言葉だった。


 池波は胸に当てた手を離し、今度は両手を胸の前で合わせ、友の冥福を祈った。

彼の姿を朝の光が渚に一つの影として描き出す。

そして彼は両手をだらりと下げると、


「済まないね、神父さん。残念なことに俺は仏教徒なんだ。クリスチャンっていうのは、こんな祈り方でよかったのかい?」


 彼は再び明るくなった海の遠くを、水平線を見つめながら、また独り言を呟く。


「やっぱり俺は生きることを選ぶよ。お前の分まで生きてやるよ。生きることは素晴らしいと思いたいんだ」


 車に戻ると、スイッチを押してモーターを回した。

車は基地を目指して走り出す。

生きることを目指して。


 基地に戻り自分の部屋に入ると、池波は巡航型潜水艦の乗船手続に自分の名前を書いた。

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