第17話


 

 道路は思ったほどに混雑していないようだった。

それどころか殆ど車が走っていない。

このままなら海軍病院まで、ナビに従っていけば、そんなに時間はかからないだろうと思った。

と、その時、後ろから大きなエンジン音が聞こえる


「うん? ガソリン車か?」


 そう思う糸川が乗っているウルグアイ軍用車を、今では皆無に近いガソリン車が猛烈なスピードで追い越して行く。


「まだあったのか? ポルシェ930ターボ、この時代に、この車でとは、走るだけで相当な金額だろう」


 マニアとは凄いものだな。そう思う糸川のモーターカーを、ポルシェは追い越し、遠く見えなくなって行く。

みんながみんな好きなように暮らし始めている、というガルデス大佐の言葉を思い出す。


 糸川が病院に入ると、思ったほどに忙しそうではなかった。

病室を訪ねると、そこには一人の少年が横になっていた。


「よう、幕僚長」


 声をかけた糸川を見て、信じられない、と言った風に少年が目を見開く。


「お父さん? お父さんなの」


「幕僚長、思った通り元気そうじゃないか」


「そうでもないよ、いつも寝かされてるんだ」


 少年の目に涙が浮かぶ。


「済まないが、今日は何もお見舞いの品を持っていないんだ」


 そう言いながら糸川がベッドの横に座ると、少年は糸川に抱きつき、堪えきれない涙が溢れ出した。


「そんなの要らないよ」


 糸川は涙を堪えた。

少年の背中越しに、嗚咽を堪えた。

寂しかったかい?とは聞けなかった。

寂しかったに決まっている。

私はまた、もう一人、寂しい思いをさせる人を増やしてしまっただけなのだ。

そう思う糸川は、


「父さんがお見舞いのプレゼントだったら不服かな? これからは、死ぬまで一緒さ、父さんは何処にも行かないよ」


「本当に?」


 そう、本当なのだ、死ぬまで一緒なのだ、そう思うと、とうとう糸川も堪えきれなくなり溢れ出した涙を拭きもせず、二人顔を見合わせると、また肩を抱き合った。

この時間を、大切な一瞬の連続を、もう手放しはしない。

そして糸川は息子に答える。


「本当さ」

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