第11話



 ウルグアイへの上陸予定は全乗組員に届いた。 

艦内では上陸準備が進んでいる。

潜水艦くらまのプールバーでは、早くも祝杯をあげる乗組員までいる。


 艦長室の糸川は一人で自前のウイスキーの栓を開け、祝杯をあげていた。

上陸してからも、一筋縄ではいかないであろう。

北米から放射能が広がり始めている。

南米に届くのも時間の問題のように思える。

地球全土が、海が、空も、放射能に包まれるのも思ったより早そうだ。

放射能の汚染が弱まるまでに、非汚染地区でやり過ごそうと思っていたが、あまりにも楽感的な夢であったと思っている。


 そこへ江島が扉をノックして入って来る。


「艦長、ご報告というか、お願いがあるのですが」


「なんだい? 祝いの日だ、なんでも願い事を叶えようじゃないか」

 

 心配をしながらも上陸できることが嬉しいのか、ウイスキーの力もあって糸川は上機嫌で応ずる。


「ええ、そのお祝いなのですが、是非にもと言う者がいまして」


「誰の望みかな?」


「通信士の矢作なのですが、艦内で結婚式を挙げたいと。それで艦長に結婚式を取り持っていただきたいと言うのですが」


「そりゃぁ君、願い事を叶えようとは言ったがね」


「艦長には全ての権限があります」


「勿論それは分かっているさ、でもね、既に国が無いのだから戸籍も無いし婚姻届だって提出する建物が無い」


「船があります、船に婚姻届の提出を記帳してやってください」


「しかし、どうして艦内で? 上陸してからならウルグアイのカプロ基地にも司祭くらいはいるだろうし、晴れてウルグアイ国民になってもいいじゃないのかね?」


「艦長に立会人をやってもらいたいそうですよ。しかも彼は国籍はなくても日本人、英語は多少なりとも、まぁ何とかなったとしてもスペイン語は苦手です」


「そうかぁ、それにしても私で良いのかなぁ・・・。しかし、まぁ、分かったよ、約束してしまったからね、艦長権限で結婚を承認するよ」


「それでは、早速、矢作に伝えましょう」


「ついでだがね、早い上陸祝いも行われているようだし、ささやかながらの披露宴の準備もしてやってくれないか? それと全艦放送で手の空いているものはプールバーに集合、結婚祝いに私が一杯奢ると伝えてくれ」


「それは矢作も喜ぶでしょう」


 それから数時間後に、手の空いている者達が集まり、グラス一杯の祝杯が挙げられた。

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