幕間
ショーン・
しかし、トレジャーハンターという異色の経歴があった。
その名の通り、お宝を求めて世界中を旅するというロマンある職業だが、ショーンにとっては一般的に宝物と呼ばれる物品を探すより、出来事への好奇心が勝っていた。
あまり知られていない民族との交流。自然の神秘的な現象の観測。古代遺跡での発見。様々な刺激を貰う事自体が宝であり、それがトレジャーハンターとしての活動理由だった。
これからも自分は、そんな宝を求めて世界中を渡り歩く。二十半ばの年を迎えたショーンはそんな風に思っていた。
だが、それが覆るような出来事があった。
出会いはアメリカだった。ショーンが次の遺跡へ潜り込むための買い物をしていた時、後ろから声を掛けられた。
「そこのイギリス人。落とし物だぜ」
「ん? あぁ、すまないな」
声を掛けてきたのはアジア人だった。流暢なイギリス英語を喋る彼に少し驚いて、礼を言いながら問うた。
「何故、私がイギリス人だと?」
「そうか当たってたか。いやなに、同期にイギリス人が居てな。雰囲気が似てたもんだから。あ、ちなみに俺は日本人な」
聞いてもいない事を喋る彼にショーンは戸惑うが、そうかと頷きその場を去ろうとした。
「あ、待ってくれよ。最近来たばかりでさ。ここら辺の土地よく知らないんだ。美味い飯屋とか案内してくれない?」
「私もこの国に来たばかりだ。……しかし、職業柄リサーチは済んでいる。一緒に行くか?」
「いくいく!」
嬉しそうに笑う彼は、ショーンの隣に並び立ち、そしてハッとなって言った。
「そういや、自己紹介がまだか。俺の名前は、
道すがら互いの事を話していると、意外にウマが合うと分かり、その日以降も食事や遊びに行くことが増えた。
そんな日々が一ヶ月と続き、そろそろ旅を再開しなくては、と思うショーンだったが、初めて出来た友人と暫く会えなくなるのは寂しいと感じ、出国を先延ばしにした。
だが、別れは唐突だった。
「ショーン。すまん。暫く会えなくなる」
「……ずいぶん急だな。何故だ?」
まさか自分ではなく、猛からそう切り出されるとは思わず、言葉が詰まった。
「確か、ショーンはトレジャーハンターだったよな」
「そうだが」
以前自分の事を話した時に、猛はロマンある職業だと言ってくれた。
「そういや、俺の職業――ってか夢を言ってなかったな」
「夢……?」
「あぁ、俺な――」
最初に話を切り出した猛の目は寂しさを宿していたが、今は強い〝好奇心〟があった。
「宇宙飛行士になりたいんだ」
「宇宙、飛行士」
「おう。こっちに来たのは、試験を受けるためでな。んで昨日、合格したんだ。そんでこれからは訓練を積まなきゃいけないから、こうして簡単に外に出れなくなる」
申し訳なさそうに頭を掻く猛。ショーンは少し呆けたまま、質問した。
「猛は何故、宇宙飛行士になりたいんだ?」
「なんで、って……そりゃ宇宙に行きたいからな!」
そう言う猛の表情は、将来の夢を語る子供のように輝いていた。
「正直、この世界は少し狭い。ショーンをバカにするわけじゃないけど、大抵の未知はもう既に人類が明かしてる。調べればすぐに分かる事だらけだ。でもっ、宇宙はそうじゃない! 近い所は鮮明に観測されているけど、もう少し遠くに行けば必ず未知がある。もしかしたら宇宙人にだって会えるかもしれない。とにかく俺は、宇宙を旅したいんだ!」
熱弁する猛を、ショーンは眩しそうに見つめる。
「そうか……旅、したいか」
「おう」
ショーンは、ふっと口を緩めて笑った。
「もし宇宙人に出会えたら教えてくれ。私も、地底人でも見つけて報告しよう」
「ははっ。宇宙の未知は俺に、地球の未知はショーンに任せた!」
長い別れになるが、永遠ではない。そう信じて、ショーンは再会を約束し出国した。
厳しい訓練を受けているであろう猛に負けじと、様々な国を巡り、遺跡に潜り、驚かせるような土産話を用意していく。
ある日の夜、とある国のバーで流れるラジオから、知っている名前が流れた。
『来年行われる有人宇宙飛行のパイロットに、初の日本人が選ばれました。そんな日本人、阿片猛宇宙飛行士は――』
ショーンは勘定を済ませ、バーを出た。今夜はよく眠れそうだと、ホテルに戻った。
そして……猛が宇宙へ打ち上げられた、数週間後の事。
『先日、宇宙に飛び立ったロケットが突然の行方不明となりました。原因は未だ不明で、搭乗していた阿片宇宙飛行士を含め数人の――』
言葉が出なかった。再開を約束した友人が行方不明。いや、宇宙での行方不明は……生存はありえないものだと理解していた。
今でも猛の顔をハッキリと思い出せる。だが、もう会えない。なんだか現実ではないように感じ、無気力になってくる。
ショーンはその日から、積極的に旅をすることは無くなった。
今まで集めた骨董品を売り、その日暮らしの毎日。
自分と似たような夢を持つ友人が亡くなり、なんだか自分の、トレジャーハンターとしてのナニかも無くなったように感じた。
それからはあっという間に数年が過ぎた。毎日、鏡に映る自分の姿をボーッと眺めるだけ。最近は皺が増えたと、自嘲する日々だった。
そろそろ別のホテルへ行こうかと、スマホを取りだした。
検索窓を開こうと起動するが、普段は邪魔だと感じるニュースの欄に気になるワードがあった。
『日本の新潟県にて、飛行物体の墜落を確認。周辺を探索したが、見つからずに断念』
そんな記事に、目を奪われた。
そして、微かな希望と共に活力を取り戻し、ショーンは日本へ旅立つ。
ニュース記事を頼りに、目的地へ進んで行く。幸い、猛からある程度の日本語を教わっていたので、困る事は無かった。
とうとう着いたショーンの目の前にあったのは、岩壁だった。
辺りを見ると、同じ目的を持っているらしき人々が居たが、飛行物体の破損パーツも見つからない状況に諦めて帰って行った。
誰も居なくなり、ショーンも落胆した様子で岩壁に手を突いた。その時。
「おっ、と――ふむ?」
触れていた場所が割れ、まるで自動ドアのように壁が開いた。
奥から吹き込んでくる風を感じ、意を決して進んで行く。
「触った事の無い質感だ」
ライトを照らし壁を観察すると、見た目は岩壁だが感触は不思議なものだった。硬いと思いきや、ゴムのような弾力があり、またヌメリも感じる。
そんな壁を撫でながら、進んで行くショーン。
単純な直線だけでなく、右に左に曲がっていくと、先の方から灯りが見えた。
どうやらそこだけ天井が無いらしく、陽の光が降り注ぐようになっていた。
「あれは、箱か?」
光に照らされ、鎮座している箱があった。大きさはショーンが手一杯に抱えて持てるくらいといったところか。
トレジャーハンターとしての血が騒ぎ、鼓動を早くしながらも箱に手を掛けた。
その時だった。
『アナタに願望はありますか?』
「――ッ!?」
素早く身を翻し、ショーンは箱から遠ざかった。ライトを振り回すように辺りを照らしても、誰もいない。聞こえた声は気のせいだろうか、そんな事を思っていると。
『あるのなら、聞かせてくださいな』
気のせいではなかった。声の発生源は箱からで、更にはそこから箱を守るように薄ボンヤリと人影が現れていた。
「願望、かい?」
『えぇ』
今まで数多くの未知や神秘に触れてきたが、こんなにハッキリと不確かな存在に出会うとは思わなかったショーン。しかし、逃げるという選択肢は無かった。
「私の願望……。トレジャーハンターとして、この世界を回り、自らの好奇心を満たす事」
『……』
「……だった。だが今は、そんな願望は消えてしまっている。私の友が、宇宙で消えたと同時に」
思えば、猛が亡くなったと言葉にする事はなかった。だから改めて、そんな現実に歯を食いしばった。
『……人間というのは、願望が消えても存在が崩壊しないのですね。私たちと違って』
「?」
握り締めていた拳を緩め、ショーンは眉を上げた。
『だからこそ、可能性に溢れている。アナタの言ったその願望は消えてしまった。しかし、新たな願望が出来ているのでは?』
「新たな……? 何を」
『ただ、素直な気持ちをお聞かせください』
素直な気持ち。いま思っている事を率直に。そう言われ、するりと言葉が出た。
「私の友に、猛にもう一度だけ……会って話がしたいっ」
すると、今までシルエットのように揺れていた人影から光が溢れた。
一瞬目を閉じ、開く。そこには、女性がいた。
『申し訳ありませんが……その願望は、叶いません。ですが、その人との……私達の忘れ形見は、ここに』
旅をしてきた中で、見た事のない人種。美貌を表すなら、人外という言うべき美しさだった。
そんな彼女は、ショーンにとって衝撃的な事を言った。
「いま、その人と、私達と言ったのかっ。猛を知っているのか!? キミは誰なんだ!?」
女性は問いに答えず、ただ微笑んで続けた。
『どうか、この子を。マコトをお願いします。アナタなら……ショーンさんなら任せられると、タケルさんは言っていました』
マコトとは誰か、そう思っていると箱がゆっくりと開いた。中には、赤ん坊が入っていた。
すやすやと眠っている。生後間もない様子だった。
『私たちの、宝物……、託します』
「待ってくれッ!」
輪郭が徐々に薄くなり、声も途切れてくる。女性は、名残惜しそうに箱の中の子を慈愛の籠もった顔で眺めていた。
『どうか、願望を失わないで。一度無くなっても、あの人の子なら、崩壊せず、また、立ち上がって、歩いていけ、る。そして、私の子なら、きっと……強い、子、に』
そこまでだった。女性は空間と溶け合うように消え、その場所から何かが現れ宙に浮く。
駆け足で近づき、それを拾う。
「これは、ペンダント? 先程の女性のモノか?」
すると、その言葉に応えるように、ペンダントがドクンと脈打った。
驚いて落としそうになるが、しっかりと持ち直す。
「まさかモノではなく、キミ自身か……さて、どうするかね」
そう言い、ショーンはいまだに眠る赤ん坊を見下ろした。
「ふっ。考えるまでもない」
起こさないよう、割れ物を扱うように抱きかかえ、小さな赤ん坊の体にペンダントを通した。
「せめて、親子一緒に」
赤ん坊の瞼がゆっくりと開かれた。赤ん坊――真はショーンの渋い顔を見ても、泣き出さず、心底不思議そうに見つめる。そして、
「……あいっ」
「やれやれ。彼そっくりで、元気そうな子だね」
挨拶するように片手を上げた真に対し、ショーンは苦笑した。
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