希望を求めて切り裂いてⅣ
人口島で育った真にとって、島の外は異世界同然だった。
ガンマンの件で遥を助けるために島の外へ出た時があったが、その時は島の高い所に登れば見えてしまう覚えある景色なので、新鮮さと驚きはあまり無かった。
日本地図は勿論見たことある。テレビで日本のあちこちを旅する番組もみた。
知識としてはあるが、島外の土地を実際に見て、その空気や匂いを感じた事がない。
篝との融合で見た最古の記憶を思い出しても、幼い自分は既に人工島で過ごしていた。
だったら。記憶のない、赤ん坊の頃は何処にいたのか。
ショーンは真を、何処で拾ったのか。
「さて、ここからは歩きだよ。あと虫が多いからちゃんと虫除けスプレーを撒きなさい」
「虫やだなぁ」
「妾この前テレビで見たが、ゴリラって虫を食べるらしいのじゃけど――いだだッ」
「運転手さん、お疲れ様ですわ。また帰る際はこのトランシーバーで連絡いたしますので、待機していてくださいな」
「……」
ショーンの案内と遥の協力で出してくれた車から降りる。
現在、真たちは新潟県に来ていた。それも、田舎と呼べるほどの奥地まで。
これ以上は車で進めない森林の入り口。そこで各々は、数時間の車移動で凝り固まった体を解すように腕を伸ばしたりしていた。
「ったく、いつまでボクをゴリラ扱いする気なんだか。……真も、ぶすっとしてないでさ」
真は車の中でも、そして今でも言葉を発する事は無かった。原因は昨日ショーンから聞かされた隠し事の件。
「別に、ぶすっとなんか……」
篝と目を合わせないよう腕を組んでそっぽを向く。そんな彼に、フォシスがこめかみを抑えながら言う。
「いい加減、機嫌を直すのじゃ。マコトにとって初めての地じゃろ? アレを見習って少しは楽しむとかしたらどうなんじゃ」
そういうフォシスが指さすのは、遥だった。
「ここまでの大自然だとウサギとか鹿が生息してそうですわね。いえ、それどころか熊もっ。狩猟ですわ、ハントですわ!」
「さっきも言ったけど、せいぜいが虫だよ。だからソレはしまいなさい」
「殺生ですわっ」
「おぬしが殺生じゃっつーの」
興奮する遥を諫めるショーン。そんな様子を眺め、真はため息をついた。
「別に不機嫌とかじゃないって。ただ……」
昨日伝えられた事。自分の親がショーンの目の前で死んだ事を聞き、どういう事だと詰め寄ったが、詳しい話は明日するとだけ伝えられ、今に至る。
真は〝ショーンに隠し事された〟事について気を損ねていた。
真の事を考え、あえて話していなかった。そんな事は真自身も理解している。だがどうしても気持ちが追いついていない。
「それが不機嫌だっていうの。ほら、そろそろ行くみたいだよ」
篝に引っ張られて前へ進む。全員が集まった事を確認したショーンは頷き、口を開いた。
「昨日、詳しい話は明日すると言ったね。では早速、一つ言おうか」
「……ん」
ショーンと目線を合わせない真。ショーンは仕方ないと言わんばかりに苦笑し肩を竦めた。
そして、
「今から、真を拾った場所に行くよ」
「……ん?」
今度ばかりは真も顔を向け、ショーンと目を合わせた。
「いやショーンさん。俺を拾ったって……ここ、どうみても森の中」
「そうだね」
辺りを見回しても、ありったけの緑だけ。ここから人気がある場所まで行くには三時間はくだらない。
そんな僻地で、赤ん坊が居たとは信じがたかった。
「もっと言うなら、森の中、ではなかったんだけどね。とりあえず行こうか。あまり離れないようにね」
そう言い、ショーンは森の奥深くまで進んで行った。
「長袖長ズボンって指定されたのはこういう事かぁ」
「アニマルハント……獲物を撃つ快感……」
「ヨウは時々、物騒になるから妾怖いんじゃけど」
呆然としていた真だったが、篝たちも続々と歩いて行くので慌てて着いていく。
「にしてもアレかな。真ってモーザン的な生い立ちがあったりして」
「モーザンとはなんじゃ?」
篝の言葉に首を傾げるフォシス。宇宙人なら地球にあるお伽噺を知らないのも無理ないと、篝はモーザンの真似をしながら教える。
「んー、動物たちと一緒にジャングルの中で生きてる人間? まぁ、物語の話なんだけどね。ゴリラに育てられたから、こんな感じで移動するんだよ。あーあぁー、みたいな」
「それはマコトじゃなくて、おぬしじゃぼげぇッ」
篝に制裁されているフォシスを尻目に、真は皮肉げに笑って言った。
「モーザンって確か、両親が殺されて一人残された子供だったよな。ははっ、確かに似てる」
その言葉に、遥とフォシスは少し責めるような視線を篝に飛ばした。
篝はワタワタと慌てて手を振った。
「あ、いやボクが言いたかったのは……あ、アレだよ。モーザンを育てたのってゴリラじゃん? それがショーンさんと被っちゃって」
「いやおぬし、何を言っとるんじゃ」
「幸いマスターさんに聞こえていないようですが、極めて失礼な発言かと思いますわ」
「最後まで聞いてよっ。ボクが言いたいのは、血のつながりがないのに、愛情深く育てたってところ!」
「例えが悪いのじゃ」
「いえ、案外良いかもしれませんわ。確かモーザンには親友のメスゴリラが居ましたので」
「別にショーンさんをゴリラ――って、今ボクをバカにした!?」
顔を赤くして二人を追い回す篝。そんな姿を見て、真はようやく表情を柔くした。
「そうだな。愛情を注いで、大事に育ててくれた。それだけでいいよな」
「あっ、真もボクをバカにしてるの!?」
勘違いされ、追い回される人数が一人増えたのだった。
***
それから二時間ほど歩いた一同。進む毎に草木が深くなり、ここはジャングルの奥地かと勘違いするほどだった。
「だいぶ歩いたけど、まだ目的地に着かないのかな。ボクは平気だけど……そろそろ」
額に滲んだ汗を拭き取りながら、篝は隣に居るフォシスへ目を向けた。
「ぜはぁ……妾、もう、足が動かんのじゃぁ。マコトー、おぶって」
「それはボクに任せて」
音を上げたフォシスの言葉を聞き、篝はすぐに動いた。背負われたフォシスは全体重を預け、ぐったりとした様子をみせる。
「わたくしもそろそろ疲れてきましたわ。一体どこまで行くのでしょうか?」
辺りをキョロキョロと見渡した遥は乱れた息を整える。
東京から新潟県上越市まで数時間。更にそこから車で野を越え山を越え、数時間。そして今、更に歩いて行く。帰り道を考えると、そろそろ目的地に着かないと野宿になりそうだ。
相変わらず淡々と、生い茂る草木を鎌で切って道を開きながら進むショーン。そんな彼の背中に大人しく着いていく事しか出来なかった。
もしかして野宿になるのだろうか、と真は肩身が狭くなるような予想を立てていると、ショーンが立ち止まり振り返った。
「うん。ここだね」
「……って、何もないし行き止まりなんだけど」
立ち止まり、辺りを観察する。先程と代わり映えのない景色だが、これ以上は進ませないという意思を感じるほどの壁があった。
ロッククライマーなら燃えるかもしれない、剥き出しの岩壁。
こんな場所に何があるのかと、真は首を捻る。
すると、今まで篝に背負われグロッキーだったフォシスが突然息を吹き返したように彼女から飛び降り、岩壁の傍で立っているショーンの隣へ駆けた。
「……マスター、これは」
「やはり、なにか感じるモノがあるのかい?」
「のじゃ。ここまで近づけば、流石にの」
「ショーンさん、フォシス。何言ってるんだ?」
二人して壁に向かいながら会話をしているが、真はよく分からなかった。篝も遥も同じようにショーンたちの様子を眺める。
「間違い無いのじゃ。なら、まさかマコトは……」
「詳しくは、この先で話そうか」
この先など無いのに妙な事をいうショーン。そして何かを理解している様子のフォシス。
訝しんでいた真は、二人に説明を求める。
「なぁ、二人は何か知ってるんだろ? そろそろ俺たちに教えてくれないか」
そう言うと、フォシスが真を真っ直ぐ見つめ、目の前まで歩いて来た。
「マコト。落ち着いて聞くのじゃ」
「な、なんだよ。改まって」
久しぶりにみたフォシスの真剣な表情。それに不安を感じ、ついどもってしまった。
よくない事でも言うのかと、緊張感を高める。彼女の言葉を聞き逃さないよう、耳を澄ませ、
「この壁は、ただの岩壁ではないのじゃ。……元々は小さな岩であったんじゃろうな。だが、それをメタモリアンが変質させ、この壁を造ったんじゃ」
「メ、メタモリアン? なんでここでメタモリアンが出てくるんだよ。新しい刺客が来てるってのか?」
突然の事に、真は変身しようとペンダントを掴んだ。
その瞬間だった。
「え、壁が……開いた?」
「暗くて見えませんが、かなり奥まで行けるみたいですわね」
一同を招くように、轟音をたてながら左右へ岩壁が開いた。中は暗闇だが、空気の流れを感じ、道はあると感じさせる。
何やら状況を理解している二人を置いて、真たちは固まっていた。
そんな彼らに目を向けたショーンは、ゆっくりと呟いた。
「さぁ、行こうか。真が居たのは、この先だよ」
ショーンが腰にぶら下げていたライトを点け、最初に入っていく。次にフォシスが真を心配そうに見上げ、続いて行った。
そして、なおも固まったままの真を進ませるように、篝と遥が肩を片方ずつ軽く叩いてきた。
「いこっ。大丈夫だよ、何があっても真はボクが守るから」
「わたくしも同じく。真さんのお側でどこまでも」
そんな励ましを受け、日和っていた事を恥じた。同時に仲間の心強さを感じ、強く頷く。
「あぁ、行こう」
何か……自分の何かが、変わりそうな予感がしていた。それが良いことなのか悪い事なのか、まだ分からない。
だが、自分がナニかに変化したとしても、仲間がいるなら大丈夫。そう思った。
開いた岩壁をくぐり抜けると、ショーンとフォシスが待っていた。
「うん、覚悟を決めたようだね。いい顔だ」
「うむ。妾のフォーゼスならそう来なくてはの」
「誰がフォシスちゃんのなのかな」
「わたくしの間違いでは?」
ただでさえ肌寒い場所なのに、真は更なる悪寒に襲われた。
そんないつも通りの空気が戻ってきた所で、ショーンは場を収めるように手を打った。
洞窟内のせいで強く響き、篝たちは瞬時に静かになる。そこでショーンは奥への移動を促しながら言った。
「奥まで十分ほど。ゆっくりと行こうか。私の昔話を交えてね」
ショーンは目尻の皺を深くして笑い、先導した。
「お店の写真で知ってるかも知れないけれど、私は元々トレジャーハンターだったんだ」
懐かしむようにして、ショーンは過去を語り始める。
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