希望を求めて切り裂いてⅡ

 来店してきた美人は、まさかのミメシスだった。

 襲撃なのか、その格好はなんだ、鎧はどうした、など。様々な疑問が頭の中で渦巻いているが、ミメシスからは以前感じた闘気や殺気は無かった。


 真たちは敵だと理解した途端、すぐ立ち上がり警戒していたが、肝心のミメシスは妙な動きをせず、ただ店内を眺めるだけだった。

 そして、ミメシスはショーンの所で視線が止まり、視線があった。


 ショーンは敵だと気付いていないのか、穏やかなままだが、念のためいつでも飛び出せるよう、篝と遥に目配せする。二人も頷き、緊張感が高まった所でミメシスは口を開いた。

 腰を低くして、ペンダントを握る。

 ミメシスは人差し指を立てた。


「……飲み物をもらおう」

「かしこまりました。当店のオススメで宜しいでしょうか?」

「あぁ、何があるのか分からんからな。かまわん」


 ミメシスが起こしたのは、害があるモノでなく、ただの客としての注文。

 だが、警戒はまだ解かない。カウンター席に座ったミメシスの背を睨む。


「そう気を立てるな、戦士・フォーゼス。見ての通り、今のわれは剣を持っておらん。ここで斬り合いなどせぬよ」


 鎧の時とは違って、ハッキリと妙齢の女性らしい声で告げられた。

 穏やかにそう言う彼女に、真もとりあえず警戒態勢を解く。


「端末も持っていない故、アルコーン様に言葉が漏れる心配も無い。遠慮なく語れよう。そら、座るが良い」


 ミメシスは、自分の隣にある空席を顎で指し示した。

 篝や遥は心配そうな目を真に向け、またフォシスは既にこの場から退避しており、自室へ繋がる階段から顔だけだしてコチラの様子を探っていた。


「どうぞ。当店自慢のコーヒーです」

「うむ、いただこ――なんだコレは。地球のニンゲンは泥を飲むのか?」


 出されたコーヒーに対し眉を寄せるミメシス。普通なら店から追い出すような侮蔑発言だが、フォシスと同じ宇宙人なので知らないのも無理はない。

 真は少し緊張しながらも、彼女を安心させるよう隣に座った。


「泥じゃなくて、コーヒー。ほら、あの黒い豆。あれから出来てる飲み物だよ」

 カウンターの奥に飾ってある瓶詰めのコーヒー豆を指さし、飲めるモノだと解説する。

「そうか。葉ではなく、豆から……珍しい飲み方をするな。では」


 以前フォシスとの雑談で、葉を煮詰めて飲むハーブティーみたいなモノは宇宙にもあると聞いたので驚きはなく、コーヒーを啜るミメシスの横顔をチラッとみた。


「……にがい」

「ぷっ、あぁいや、ごめん」


 さっきまで表情筋が無いのかと思うほど無表情だったミメシス。それが今や、顔を顰めて舌を出している。あまりのギャップに、真は思わず笑ってしまった。

 非難するよう見てくる彼女に、慌てて手を振りながら謝った。


「反応がフォシスと同じだったからさ」

「……そうか。まぁ、われも姫様も苦味があるモノは苦手だからな」


 意外な言葉に、真は眉を上げた。

「姫様もって、ミメシスはフォシスの好物とか知ってるほど……その、親しいのか?」

「親しいもなにも、普段は吾が姫様の面倒を見ていた」


 そこで、今まで猫のように警戒していたフォシスが出てきた。

「おぬしはただの護衛じゃったろッ! 面倒なんか見て貰った覚えはないのじゃ!」

 こんどは犬のように「ぐるるっ」と威嚇している。真はミメシスに「どうなんだ?」と伺う目線を向けた。


「退屈だ、と部屋を抜け出す姫様を吾が探し。寝坊で王の謁見に来ぬ姫様を吾が起こして連れ出し。野菜は嫌いだからと残した食事……主に苦いものを吾に押し付ける。他に諸々とありますが、姫様はコレをただの護衛と言い切りますか」

「護衛じゃの!」

『うわぁ』

 あまりの言い切りっぷりに、真たちはドン引いた。


「今更、姫様に諫言はしませぬ。吾が今受けている命は護衛ではなく、連れ戻す事。そのただ一点でございます」


 少し空気が和らいだ所だったが、ミメシスの目的はやはりフォシスだと聞き、気を引き締め直す一同。

 フォシスの表情も多少の怯えが混じり、真の隣へ隠れるように座った。


「それこそ今更じゃろ。アル――父上は、妾をまだ諦めておらんのか? 逃げだしたあの日から、随分と時が経っている。あの慎重で合理的な父上じゃ、妾でなく、また新しく――」

「それ以上に、執念深い。アルコーン様の〝娘〟なら、お分かりでしょう?」

「――ッ」

 そこでフォシスは歯噛みするよう俯いて黙ってしまう。


 震える彼女の姿を見た篝、そして遥は顔を険しくしてミメシスの真後ろへ立った。

「ちょっと。あまりフォシスちゃんを虐めないでくれるかな」

「そうですわ。もし泣かせようものなら、その澄ました顔に風穴を開けてやりますわよ」

「……ヨウ、カガリ」

 顔を上げて湿っぽい声を出したフォシスに気付かず、篝と遥はミメシスをキッと睨む。

 そんな二人の姿を見て、フォシスは決心したような面持ちに変わり、立ち上がった。


「ミメシス。ここ数ヶ月、メタモリアンは何をしている。静かすぎて不気味じゃぞ」


 もう怯えず、敵から直接情報収集をしようとしている彼女を、真たちは心配そうにするが、大丈夫だという力強い頷きを返され、とりあえず様子を見守る事にした。


「現在敵であり、任務対象である姫様に教える義理はありませんが?」

「なら、なぜ来た。ミメシス、お主の事じゃ。どうせまた悪癖が出ているんじゃろ」

「ふんっ」と鼻を鳴らし顔を顰めるフォシス。対し、ミメシスは一瞬だけ口角を上げて答えた。


「……やはり、姫様に誤魔化しは効きませぬか」


 真は、以前ミメシスと初めて相対した時にフォシスから『悪癖が出てるなら逃げられる』と聞いていたが、どういう事なのか未だに分からない。


「なぁ、前も言ってたけど、その悪癖ってなんだ?」

 フォシスは疲れたように息を吐き、肩を竦めた。

「以前言ったじゃろ、ミメシスはメタモリアン最強の騎士。今まで敵う者など居なかった。故にじゃろうな……こやつは、あえて敵を強くするのじゃ」

「……えっと?」

 要領が掴めず首を傾げると、ミメシスが手持ちのコーヒーカップを揺らしながら言う。

「手負いの獣は、時として捕食者を圧倒する。フォーゼス、貴様もそうであったろう」

 真はハッとし、気付いた。最強の騎士なら相手をすぐに殺すのも容易い。だが、あの時、自分は殺されず、焦らされるように、生き延びた。

 結果、窮地でフォーゼスに変身した。


「こやつは妾の護衛をしている時からそうであった。そして、ミメシスに立ち向かった者は皆、肉体ではなく精神を破壊されたのじゃ。わざと有利を掴ませ、そのたびに返り討ちにする。もはや殺した方が救いになるほどにの。まったく質が悪い」

 吐き捨てたように言ったフォシスは、椅子にどっかりと座って飲みかけのサイダーに口を付けた。


「それで……その悪癖と此処へ来たのに、何か関係が?」

 真は固唾を呑み込み、ミメシスを見つめた。

 彼女はコーヒーを一気に飲み干して、真と視線を合わせる。そして、鼻先がくっつく程に顔を近づけてきた。


「フォーゼス。吾は、貴様と戦いたいのだ。伝説の戦士と同じ名、同じ力を持つ貴様と」

「お、おう?」


 まるで告白かと思う気迫に顔を背けたくなる。そこには決して甘い空気はなく、むしろ血なまぐさい雰囲気なのだが、ミメシスの風貌が相まって勘違いしそうになる。

 それには、黙って見守っていた篝と遥も反応し、ミメシスを威嚇するように睨んだ。

 だが彼女は意に介さず、真を熱烈に見つめたまま。


「これまで長い戦をしてきた。それでも、貴様と等しい力を持つ者は居なかった。だからあの時、吾はッ、貴様の……フォーゼスの姿を見た時ッ、昂ぶりを感じた! この胸にッ!」


 ついそこに視線をやってしまう真。なんとも豊満な――と、思い浮かべてしまった所で突き刺さる三つの視線に気付き、無理矢理意識を戻した。


「戦いたいって……俺は、フォシスが狙われている限り、戦いを止めない。だから言われなくたって、俺たちはいずれ戦うだろ?」

「いずれ、ではなく。もうその時が迫っているのだ」

「は?」

 ミメシスは少しだけ残念そうに目を伏せ、改めて力強い視線を飛ばしてくる。


「――一週間後。王、アルコーン様は動く。今までのように偵察や勧誘を含め……などはない。本気で貴様たちを潰せとな」


 あまりにも突然の事に真たちは呆然とするが、ミメシスは続ける。

「最初に吾から逃げ果せ、そしてオーネ、ガンマンと立ち続けにメタモリアン屈指の戦士を退けたのだ。王も本気になろう。故に、次が決着と知れ」


 この数ヶ月間続いた戦いが、あと一週間で終わる。そう考えると、少しの恐怖そして安堵が真たちに訪れる。

 拳を握り締め、ミメシスへ向けた。


「俺たちは絶対負けない。フォシスを助けて、お前らを地球から追い出してやる」


 そんな啖呵をきってみせたが、

「ふむ、無理であろう。絶対に」

「そ、そんな断言しなくても」


 真はそう噛みついたが、あまりの言い切りによって弱気になってしまう。ミメシスを見ると、そこに嘲りや慢心はなく、ただ純粋に心の底から思っているらしい。


「今日ここへ来たのは、王が動く日を貴様らに伝えるというのもあるが、それ以上に……フォーゼス、貴様にもっと力をつけてほしいと言いたくてな」

「力を?」


 そこでミメシスは立ち上がった。真はつい身構えるが、彼女は腕を組んで見下ろしてくるだけだった。


「王には〝最終手段〟があるとはいえ、その前に吾を戦場に出す。そこで貴様と死力を尽くし戦いたいのだが、今のままだと吾が圧倒して終わる。貴様が如何に形態を変化させようがな」


 形態の変化。つまり篝と遥、そしてもし新たなヒロイックアームと融合したとしても、今のままだと勝てない、ミメシスはそう言った。


「つっても、あと一週間しかないんだろ。特訓してる暇は――」

「単純な『力』ではない」

 考え込む真に対し、ミメシスはバッサリ切り捨てた。


「貴様は何だ?」

「な、なんだって言われても。えっと、俺は阿片真で……フォーゼス?」

「そう、貴様はフォーゼスだ。だが、なぜフォーゼスなんだ?」

「お前は一体何を言っているんだ?」

 疑問に疑問を返し、更に訳が分からなくなる。


「強くなりたいのなら己を知れ。そして知った時、貴様は吾と死力を尽くし戦わざるをえないだろう」


 そう言い、ミメシスは背を向けた。

「ふむ。吾としたことが、つい喋りすぎたか。では、ここまでとしよう。次、相まみえる時は戦場だ。楽しみにしているぞ、フォーゼス」


 扉に手を掛けたミメシス。だが、そこでフォシスが待ったの声を掛けた。


「ミメシス。おぬし、最終手段と言ったな。まさか――」

「姫様。それより先に、吾を倒す事に専念なさるのが良いかと。これが最後の諫言でございます……では」

「まて!」

 更に呼び止めるフォシス。ミメシスも律儀に聞き、足を止めた。


「ミメシス…………代金を払えなのじゃ」


「………………地球の金銭は持ち合わせておらぬ故。これを」


 一触即発だった空気が一気に気まずくなり、ミメシスは自身の胸に手を突っ込んで金塊を取りだした。


 真は震える手でそれを受け取り、慎重な手つきでテーブルに置いた。

 今度こそ去って行ったミメシス。だが、残された者たちの間に流れる空気は微妙だった。

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