希望を求めて切り裂いてⅠ
フォシスと出会った梅雨の時期から数ヶ月が経ち、季節は夏になった。
喫茶店アスピラシオンの店内ではクーラーのお陰で快適に過ごせるが、店員であるフォシスは忙しく働いて汗を流していた。
そんな様子を真と篝そして遥が、端のテーブル席で眺めていた。
「最近さ、宇宙人ってこと忘れちゃうよね。フォシスちゃん」
「メタモリアンの襲撃もここんとこ無いし、完全にアスピラシオンの住人だな」
「ふむ。実家で雇っているメイドとなんら変わりない動きですわね。逸材ですわ」
「だからってスカウトしないでくれよ。家の貴重な戦力なんだから」
時刻は十二時を過ぎた頃。夏休みを迎えた真たちは、こうして集まる事が多い。メタモリアンの襲撃に備えたり、情報収集をしたりが目的だが、ガンマンを倒して久しく何も起きていないので、ただ駄弁ったり遊んだりが最近の動きだった。
「のじゃぁ~」
「お疲れ、フォシス」
真たち以外の客がいなくなった所でショーンがカウンターに入り、フォシスは昼休憩となった。真の隣に座っていた篝を尻で押し出して、フォシスは無理矢理割り込み座る。
「ちょっと」
「ふー、働いたあとのサイダーは格別じゃのぉ」
炭酸の刺激で涙目になりながら、フォシスはグラスを掲げて恍惚としていた。端に押し出された篝は「ふんっ」と鼻を鳴らして自分が飲んでいたコップを優雅に揺らす。
「動いた後はタンパク質を採らなきゃ。そんな甘い人工甘味料よりも、プロテインこそ――」
「確かにこの季節のサイダーは美味いな。ま、俺はいつも通りのコーヒーだけど」
「わたくしはやっぱり紅茶ですわね。にしても、ここは格別ですわ。実家と遜色ない味が出てくるんですもの」
「ショーンさんは何でも出来るからなぁ。ま、コーヒーが一番なんだけど」
「ちょっと! ボクの話聞いてよッ」
『プロテインは一番無い(のじゃ)(ですわ)』
三人同時に言われて、篝はショックな表情でソファに倒れ込んだ。
「まったく。普段は可愛いなどを求めるくせに、そこが脳筋でどうするのじゃ」
「ぷろていん……ひらがなにすると、可愛い……」
呻くように訳の分からない独り言を漏らす篝を無視して、フォシスは真へと顔を向ける。
「さて、本題じゃが。最近はあまりにも平和すぎる。いやまぁ、このまま何も起きないのならそれでよいのじゃ。しかし、これは嵐の前の静けさと考えた方が良いじゃろう」
気を引き締めるような言葉に、真たちは表情を固くする。
「前にも言ったが、アルコーンは慎重に慎重を重ねて策を張り巡らせる。ここまで動きが無いのならば、次は何か大きな事が起こるんじゃろう」
不安が一層掻き立てられるが、フォシスは安心させるような面持ちで言う。
「今のマコトならば心配は要らぬ。ゴリラとヨウ、二人のヒロイックアームが居るのじゃ。伝説のフォーゼスは三人居たようじゃが、一人くらい変わらんじゃろう。伝説に近しい今、万が一にも負けるなんて事はありえんの!」
「そうですわ! わたくしが傍に居る限り、真さんの敵は漏らさず撃ち落としてみせますわ」
二人の励ましに一瞬呆け、微笑んだ。フォーゼスとなり、凄まじい力を手に入れても、助けてくれる仲間あってこそだと。真は改めて感謝を伝えた。
「ありがとう」
そんな言葉に、二人は照れくさそうに笑った。
「いい話してるとこ悪いんだけど、さ」
「のじゃッ!?」
ほんわかとした雰囲気を壊すように、気力を取り戻した篝がフォシスの頭を掴み上げる。
「だ・れ・がッ、ゴリラだ! なんで遥は普通に呼んでるのに、ボクはまだゴリラなんだよ!」
「こ、こういう……とこ、じゃぁーッ」
もはやオチ担当となった篝、そして締め上げられているフォシスを無視し、遥は注文したケーキにフォークを刺した。
「真さん、はいあーん」
「うぇッ!?」
「はいそこッ、破廉恥はダメだよ!」
「のじゃらッ!」
隙あらば真にアピールする遥を警戒し、篝はフォシスを投げ捨てて真を守るように引っ張って胸に抱く。
「良いではありませんの。いずれわたくしのおっ――とこれ以上は言えませんわね」
「ほとんど言ってるッ! 絶対渡さないから!」
「のじょわぁ……」
これが真たちの、騒がしい日常。ありふれた少年少女の毎日。
真はふと、逃げるようにショーンの方へ視線を向けた。目があった。どうやら修羅場に陥っていることに笑っているようだ。
真は恥ずかしくなって目を背けた。けれど確かに、昔とは違って友人が増え、こうしてくだらない事で騒ぐ。それはなんとも、笑ってしまう幸せな日々だろうか。
カラン、と。来店のベルが鳴った。
「のじゃっ、休憩おわり! やいゴリラ、これ以上騒がしくするなら店員として追い出し、追いだ、し――」
篝へ指さして注意するフォシスだったが、段々と言葉が尻すぼみになっていく。
怪訝に思った真たちはフォシスの視線を追う。彼女は店の入り口を見ていた。
三人は首を傾げる。入ってきたのは一人の女性。客が来たのに固まったままのフォシスに、どうしたのかと問うても口をパクパクとさせるだけ。
流石に様子がおかしいフォシスを心配し、真は女性客を観察する。
シンプルな黒い半袖シャツとホットパンツ。シャツの裾は結ばれており、ヘソが見えている。
全体的に露出が激しい格好だが、切れ長でクールな面持ち、そして黒髪ポニーテールのおかげで下品な印象は無い。
近くのテレビ局から来た有名モデルか何かで、フォシスは見た事あるから驚いている、訳でもなさそうだ。
考えている間にも、女性客とフォシスは見つめ合っている。
やがて、フォシスが絞り出すように声を漏らした。
「――ミメシス……ッ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます