ワイルドな淑女はカッケーですわ!Ⅵ

 時間は少し遡り、真と篝が喫茶店から飛び出して暫く経った頃。


 変身を終え、ビルからビルへと飛び移りながら走っているフォーゼス。フォシスからデータが送られ、マスク裏のモニターに映る地図情報を頼りに駆ける。

 人工島から出るのは何気に初めてだなぁと思っていると、目的の山荷ビルが見えてきた。 その時、ドクンと体の奥から……魂からの鼓動を感じたような気がするが、ビルの最上階で遥が見えて意識を切り替える。


「って、誰か撃たれそうだッ!」

『――任せてッ、踏鳴ふみなり!』


 初めての動きは篝に体の主導権を全て託す必要があるため、力を抜く。すると、ビル屋上のコンクリートが抉れるほどの踏み込み動作に入った。武術で震脚しんきやくと呼ばれる踏み込みの技術で、真の脚は更に加速した。もっとも、そのビルに地震のような揺れを発生させたが、緊急事態だと割り切り、内心で誠心誠意謝罪して先に進む。

「これも人命救助のため、勘弁してください!」


 山荷ビルまであと五十メートルを切った所で最後のビルから跳躍し、一回転して片足を伸ばした。

 そのままの勢いで山荷ビル上層、遥が見えた階に向かって蹴りを放つ。

 そして、ガラスを破り、遥の父に迫る弾丸もろとも蹴り飛ばした。


「おっと、いきなりのご登場かい」

 端末を持ったまま大きく下がったガンマンは、ニヒルに笑う。

『……チッ。またも邪魔をするか、下等生物』

「お前、アルコーンかッ」

『気安く呼ぶな汚らわしい! ……ガンマン、しくじるなよ』

 アルコーンは唾を吐き捨てるような態度で叫び、映像は消え去った。


 やれやれ、と肩を竦めたガンマンは端末をしまい、銃を向けてくる。真は後ろにいる親子に流れ弾が当たらないよう、そしていつでも守れる位置につく。


「き、きみはなんだッ?」

 いきなり現れた真に対し、遥の父は警戒を表す。だがそれを安心させるように、遥が父の手を握った。

「大丈夫ですわ、お父様。あの方は、わたくし達を守ってくれるみたいです」


 真は同意するように、グッと親指を立てた。それをみて、父は一先ず安心したのか、安堵の息をはいた。


「おいおい。なーに安心してくれちゃってんの。お前ら全員ここから逃げられず、オレ様に撃ち殺されるっていうのによぉッ!」


 言い終わると同時に発砲された。二発、三発、と立て続けに撃たれる。それをナックルダスターが装備された拳で殴り、弾き飛ばすが、

「はっやいなぁッ、ギリだぞ!」

 一度防いだ瞬間、次弾が来る。フォーゼスの動体視力でも残像がギリギリ見えるレベルで、ほとんど感を頼りにガードしていた。そしてハジいた時に違和感があった。一瞬だけ金属のような手応えがあったのだが、同時に靄を殴ったような、空振りの感覚もあった。それに、弾いたはずの弾が何処にも落ちていない。


 弾を見逃さないよう、神経を尖らせていると、やや斜め後方にいる遥が声援を飛ばしてくる。


「頑張ってくださいましッ。その銃はリボルバーと呼ばれる種類で、極めれば早撃ち最強ですが、弾を込めるのに手間がかかるのが弱点ですわッ。そして見たところあの銃の装填数は六発です。とにかくリロードの瞬間がチャンスですわ!」

「よ、遥? どうしたんだ、いったい」

 父親もびっくりな銃知識。真が、やっぱり銃オタだなぁ、とか。二人きりの教室で話してた時よりもテンション高いなぁ、なんて思っていたら。


『――真。知り合いなの? 二人きりってどうゆう事? この戦いが終わったらゆっくりと話を聞かせてね』


 フォーゼスとして融合している今、真は篝であり篝は真である。つまり、真の心情は筒抜けということ。真は逃げるように、ガンマンを睨んで攻撃のチャンスを待つ。

 四発目、五発目、防ぐ。そして、


「六発ッ、今だ!」


 発砲されたと同時に駆け出し、ガンマンとの距離を詰める。向かってくる弾を拳と腕を使って逸らし、受け流す。振り切った右拳をそのまま――


「ざぁねん」


 右拳が撃たれ、上に弾かれた。がら空きとなった場所を続けざまに撃ち込まれる。真はよろめきながらもバックステップで距離をとる。脇腹あたりと右肩に一発ずつ食らい、スーツが割れて血が流れ出た。


「んなぁッ、何故ですの!? そのサイズのリボルバーでそんなバンバン撃てるはずありませんわ!」


 そんな遥の訴えをガンマンは嘲笑う。

「おいおい、この銃を嬢ちゃんの星と同じにしてくれるなよ。これはオレ様専用にメタモリアンの技術部が必死こいて造ってくれた特別な愛銃アイガンだぜ? ま、ネタバラしをしてやると……空気中のエネルギーを使って弾を生成する機能があるんだよ。だからリロードなんて要らねぇってワケ」

「卑怯ですのッ、とんだ改造銃ですのッ、違法テクノロジーですの!」

「よ、遥。敵を挑発してはいけないよ」


 エネルギーで出来ている弾。どうりで手応えを感じないわけだ。

 痛む傷口に手を当てながら、どうやって攻めるか思考していると、フォシスの声が聞こえた。


『マコト。銃を扱うメタモリアンで思い出したのじゃッ。奴の名はメタモル・ガンマン。無限の弾を撃ち出し、蹂躙する戦闘部隊の隊長じゃ!』

『――いたた。ねぇ、フォシスちゃん。名前も能力も既に分かってる事だよ。つまりその情報は遅いんだよ。他にないの? 攻略法とか』


 痛みも同調しているため、篝が呻きながら文句を言うと、フォシスは慌てる。

『そんな事を言われても、隊長格のメタモリアンとは面識はないしあまり知らん! えぇいッ、待ってろ。今、ヤマッターで調べるのじゃ!』

『――出るわけないでしょ』

『まじかの!? じゃあ、オッケー・ムームル。ガンマンの倒し方』

『――出るわけないでしょ!?』


 ギャーギャーと脳内で喚く漫才にウンザリしながら、ガンマンを睨む。そこで真はボソリと呟いた。


「本当に、弾は無限なのか?」


 そんな都合の良い武器はあるものかと考えるが、相手は宇宙に住まうメタモリアン。技術は正しく人外だろう。


「絶対どこかに穴があるはずだ!」

「何度やってもテメエが穴だらけになるだけだぜッ」


 真っ直ぐ突進する真に対し、ガンマンはすぐに撃って迎える。囮の一発だったのか、真が弾を逸らすと二発目が額に迫っていた。それを右拳の突き上げで壊した瞬間、左肩に穴が空いた。


 痛みで一瞬動きを止められ、マズいと咄嗟に両腕を構えて防御姿勢をとった。そこへ撃たれた弾丸は、カンカンッと甲高い音で弾かれていった。


「ふぅー。伝説の戦士を名乗ってるのは伊達じゃないってか?」

 煙が出ていない銃口へ、格好つけるように息を吹きかけるガンマン。西部劇に出てくるキャラのようで様になっているが、真はそんな事よりも別の事が気になっていた。


 明らかな隙を晒してしまった筈なのに、攻撃が一瞬遅れていた。そのお陰で防御が間に合ったが、ガンマンのような手練れが隙を見逃すのか?

 そんな疑いと同時に思う。本当に無限なら……ばらまくように銃弾の雨を撃てば良い。それこそマシンガンみたいに。だが、それはしてこない。

 真は確かめてみようと、再び駆ける。代わり映えのない行動に、ガンマンは呆れた表情で銃口を向けてきた。


「ったく、しぶとく動く的ってのは面倒なもんだ」


 怠そうに撃つガンマンに対し、真は変わらず真っ直ぐ飛び込んでいく。

「三、四、五発……」

 弾丸を弾き、カウントするように呟く。

「六ッ!」


 そこで真は一気に加速した。まだその六発目が発砲されていないのに、グンッと瞬間移動に迫る速度でガンマンの目前まで来た。


「――ッ!」


 六発目の弾丸。それは真のどてっ腹をぶち抜いた。

 だが構わず、真は脚を蹴り上げ、ガンマンの銃を飛ばした。銃は回転しながら真の後方へ消えた。そして攻撃手段を失ったガンマンへ、怒濤のラッシュが開始される。


『――なぐってなぐってなぐるッ!』


 凶戦士のように顔を歪めた篝の動きとリンクする。

「『これでッ、トドメだ!』」


 意識がトンだのか、ガンマンは白目を剥いて大口を開けている。

 最後の一発を振りかぶり、


 ――タンッ。


 真の動きが止まった。


「へへっ。あ、ぶねー、あぶねー」

 無様に鼻血を垂らしながら力無く笑うガンマン。その手には、銃が握られていた。

 思わぬ反撃を受け、フォーゼスは膝をつく。同時に、変身が解けてしまった。


「――え? 真さん、ですの?」


 体中に穴を空け、制服を血で重くしている真の後ろ姿をみて、遥は呆然とした様子で呟いた。

 真は彼女の声に答える余裕はなく、まだペンダントの中に居る篝の無事を確かめた。


 ……返事は無い。だが繋がりを感じる。どうやら痛みで気絶しているだけだと安堵し、ゆっくりと顔を上げた。


「……やっぱり、リロードが必要ないなんて嘘だったな」

「ま、バレちゃ仕方ねぇ」

 銃をクルクルと回しながら、ガンマンは生身の真を見下す。


「冥土の土産に教えてやる。お気づきの通り、この銃の装填数は六発で、リロードの必要がある。だが、言った通り弾丸はエネルギーで出来ている。生成されるタイミングは、最後の弾丸を吐き出した後だ」


 だから六発目の時点で飛び出し、生成の瞬間を狙ったのだが。

「一瞬でリロード出来るとはいえ、そんな隙を作ったままのオレ様じゃないってことよ」

 カツカツと歩いてきたガンマンは、真の額に銃口を当てた。


「だからオレ様は、二丁持ちにしたんだ。お前みたいに隙だと勘違いし、油断した獲物を狩るために、最初は一丁で相手してあげるってわけ。単純だけど効く作戦だろ?」


 ギチリ、と引き金を引こうとしている音が聞こえる。この距離だと防ぎようもない。真はなんとか篝だけでも逃がそうと考えて、ペンダントを握った。


「じゃあな、フォーゼス」

 皮肉げに笑ったガンマン。


 ――タンッ!


 引き金が引かれ、発砲音が鳴った。血が流れた。

 真は――生きている。流れている血は真のものではなく、ガンマンのモノだった。


「アァん?」

 撃ち抜かれた自身の手を、疑問の目で眺めているガンマン。


「そこまでですわ!」


 振り向き見えた光景は、奪い取った銃をガンマンに向けている遥。そしてそれを驚いた様子でみつめる遥の父。


「――なんのつもりだ、嬢ちゃん」

 血が滴る手から銃を持ち替え、ガンマンは遥に標準を定めた。彼女は臆さずしっかり構えており、互いの眉間を狙っている状況になった。


「今日になって、ようやくお父様の気持ちが分かりました。ですが、言わせてもらいます」


 銃口から目を離さず、隣の父に意識を向ける遥。

「大切に想われるのは嬉しいです。けれど、過度な保護は小鳥を退屈で殺してしまうだけですのよ」

 遥は一瞬だけ父に視線を投げ、ニヤリと口角を上げた。


「今日をもって、わたくしはこの籠から羽ばたかせてもらいますわ!」


 声高らかに叫ぶ遥。それと呼応するように、真のペンダントが点滅する。

 異変を感じ取ったガンマンは引き金を引く素振りを見せた。だが、真と遥。どちらを狙うかで迷っているのか、銃口が揺れている。


「真さんッ、わたくしも一緒に戦います!」

 瞬間、真と遥の体が発光した。

 真は歯を食いしばって立ち上がり、後ろに飛び退く。ガンマンはそんな真を狙い撃ったが、遥のアシストで弾が逸らされた。


 銃弾で銃弾をハジくという神業に驚きながら、真は遥の隣まで来た。


「遥の力、貸してくれ」

「ったりまえですわ!」


 遥は構えている銃を、真は銃を模した手を、ガンマンに向けた。

 敵はマズい状況だと理解したのか、舌打ちをして何発も発砲してくる。


「――変身願望メタモルフォーゼッ!」


 真と遥の周りに突風が吹いて、発生した風の障壁で弾丸が弾かれた。

 遥の姿が光の粒子に変わり、真のペンダントに吸い込まれていく。


 ペンダントから漏れ出る光がグルグルと渦のようになり、やがて光の柱となって真の姿を覆い隠した。刹那、中から人影が出てくる。


 白をベースにしたアーマーは変わらないが、高貴なロイヤルブルーの線がグネグネと体のあちこちへ蛇のように伸びていく。

 後ろへ流れるさざ波のマスクを撫で、真は片手に持った蒼いリボルバーを正面へ向けた。


「囚われの意思など撃ち破るッ、自由焦がれる戦士――メタモル・フォーゼス!」


『――な、何ですのッ? ここ何処ですの!? アナタ誰ですのッ!』

『――う、うぅん。ん? って何でキミが此処にいるのッ!?』


 意気揚々と名乗りを挙げた真だが、中で騒いでいるヒロイックアームのお二人のせいで思わずため息をついてしまった。


 真の中――深層域では透明な部屋のようなモノがあるのだが、彼女たちはそこで全裸に近い姿のまま向き合っていた。見えない壁で仕切られ、隣の部屋同士でワチャワチャとやっている。


「と、とにかく。遥にはあとで説明する。今は力を貸してくれ」

『――分かりましたの。ふむ、どうやらわたくしの意思で射撃出来るようですね。お任せを』

『――ぐぬぬ。ふんっ、今回は近接と遠距離で相性が悪かっただけだもんねっ』

 篝とも一応融合状態のため、一緒に戦うのが自分じゃない事に悔しさを感じている想いが流れこむ。それに真は苦笑いしてしまうが、飛んできた銃弾で気持ちを切り替えた。


「ったくよぉ。オレ様の銃を一丁取られちまうし、新しい変身を許しちまうし、とんだ失態だなぁ。ボスに怒られないために、キッチリ殺さねーといけねぇなぁッ」


 ガンマンは本領発揮といくのか、桁違いの射撃スピードで連射してくる。

『――大人しいお嬢様、なんてクソくらえですのッ。どんどんブッパしますわよ!』

 劣らず撃ち返し、弾が飛び交う。弾同士をぶつけ、迫りくる弾丸を紙一重で避ける。

「ちッ、パクリやがって。テメェのそれもエネルギー弾みてぇだな。リロード速度は同じ、埒が明かねぇよ」


 同じ性能を持つなら、勝負は純粋な射撃の腕。ならばと、フォーゼスは銃を一旦腰へぶら下げた。


「早撃ち勝負だ。遥、キミを信じていいか」

『――万事オーケーですのッ! わたくしにかかれば、光速の銃弾で針の穴を通すなぞメチャ簡単ですことよ』

『――穴の大きさ的に考えて無理でしょ。なんなの、この脳筋お嬢様』

『――殴るしか能が無い脳筋に言われたかないですわ』

 再び始まるキャットファイト。脳内で声が響くので、比喩ではなく物理的に頭痛が発生するが、油断なく敵を見据える。


「ほぉ? 面白れぇ、クイックドロウで決着つけようってか。いいねぇ、そういうの好きだぜ」

 ガンマンもニヤリと口元を歪め、ホルスターへ銃を収める。


 ジリジリと互いの様子を睨み、ゆっくりと円を描くように移動する。その際、真は遥の父へ忠告した。


「少し離れてください」


 慌てて頷いた遥の父は、部屋の壁際あたりへ避難し、机の下へ潜った。

 やがて真とガンマンは位置を交代したように反対まで来た。互いの動きは、相手の一挙一動に注目しながらも、手を銃の近くで彷徨わせている。



 秒か、分か。時間の流れも曖昧になる程、なにも起きない静寂の時間。相手が銃を取ろうとした瞬間、どちらかの眉間に風穴が空くだろう。


 真が固唾を呑み込んだ。


 その時、ガラスの破片が光った。真が乗り込んできた際に破ったガラスの残片、それは現在ガンマンの足下で散らばっていた。


 結果、破片の反射で目を細めてしまった――ガンマン。


 ――タンッ!


 銃声は一発分。フォーゼスが発砲した音。

「…………はぁ。オレ様とした事が、眩しくて、目を、こんなあっさ、り?」


 眉間から血を流し、目が虚ろになっていくガンマン。真は向けていた銃を下ろした。


「あー、あ。こんな決着だと、ガンマンじゃ、いられねー、よな」


 無表情から一転、自虐のような笑みを浮かべたガンマンは力なく後ろへ倒れる。

 破られたガラスの向こう、高層ビルの最上階から落ちていく。


 念のために下を覗き込むと、ガンマンは緩やかに灰となっていた。そして、地面へと落ちきる前に、風に運ばれて消え去った。

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