ワイルドな淑女はカッケーですわ!Ⅴ

「――ぅ、うぅん。ハッ!?」


 最初に視界に入ったのは、空。見下ろすと街があり、少し遠くに人工島がみえた。その景色は強化ガラスの向こう側。この見覚えのある部屋は高層ビルの頂上階にある社長室。目が覚めた少女――山荷遥はそう推察した。


「んっ、動けませんわ」

 腕が縄か何かで縛られて、転がされている。なぜこの状況になったのか思い出そうとしていると。


「起きたか、嬢ちゃん」

「ッ、誰ですの!」


 いきなりの声に驚き、勢いよく顔を上げる。するとそこには、銃を片手にテンガロンハットを被った男が居た。男は肩から羽織っている汚いローブをはためかせると、得意げにハットのフチを人差し指でピンッ、と弾いた。


「オレ様の事を、お忘れかい?」


 遥は思い出した。帰りの車内で校門にいた真を目撃され、彼とはどんな関係かと、庶民と仲良くなるなと父に言われ、つい激昂し口論となりかけた時。いきなりこの男が現れたのだ。


「そう、ですわ。あのあと車が急にスリップして……あ、お、お父様は何処ですのッ」

「あー? 社長さんならそこで寝てんだろ」

 男が顎で示すと、父が同じように縛られて寝かされているのが見えた。

「お父様ッ!」

 叫ぶと、父は呻き、目をうっすらと開いた。


「ぐぅッ、一体、何が……ッ、遥、無事かッ!」

「は、はい」


 父が心配そうな表情で叫んできたのに対し、遥は驚き返事した。

 傷一つ無い娘を確認した父は安堵し、遥に近付こうとする。だが、それを拒むように、二人の間に弾丸が撃ち出された。


「ッ、貴様! 遥に当たったらぶち殺してやるからなッ」

「おーおー、こえー。だが動くなよ、次は当てるからなぁ」

 ここまで感情を剥き出しにしている父に戸惑い、俯く。

 遥は自分の知っている父親と重ねてみるが、まったく重ならない。


 

 いつも眉間にシワを寄せ、厳しい事しか言わなかった父親。やることなすこと全てを決められ、あげくの果てには友人関係にも口を挟んできた。


小学生の時は、

『おとーたまっ、てすとでまんてんをとりましたわ!』

『満点で喜ぶな。山荷の者なら当たり前の事だ』


 中学生の時は、

『おとうさまっ、今日の習い事が早く終わりましたの。遊びに行ってもよろしくて?』

『ダメだ。余裕があるなら別の習い事を増やすか』


 初めて異性の友人が出来た時は、

『……お父様。やっと出来た友人が、わたくしと距離を置きましたの。お前の父親が怖いから、と。一体何をしたんですの』

『アレはダメだ。お前に悪影響を及ぼす。だいたい、男の友人は作るなと言ったはず』


 遥はそれが窮屈で、まるで鳥籠(とりかご)に入れられ、狭い世界で飼われ、囚われているような感覚だった。使用人たちは申し訳なさそうにしてるだけで、助けを求めようとも意味がないだろう。ならば母親に、となるが、自分の母のことは部屋に飾られている写真でしか見たことがない。父と二人で並び、自分と同じ金髪を靡かせている海外の美人。そんな母は、遥を産んだ時に死亡したと、小学生の時に父から聞かされた。


 もうこのまま飼い殺しの日々が続く。それが運命だと、徐々に諦め受け入れていった。


 そんな遥の転機は、海外でのクレー射撃体験。中学一年生の時だった。


 父の接待に付き合わされ、渋々着いていっただけだが、実際に発砲し、反動を受け止めた時、体の芯に深く響き、世界の広がりを感じた。

 昏く淀み、虚ろだった瞳に光が宿り、輝き出す。自分に翼が生えて、このまま飛んでいけそうな気分でもあった。


 その日から、父に内緒で色々なモデルガンを買って集めたりした。だが玩具では物足りず、護身のためにと父を説得し、実銃を触るために免許を取って、休みの日は一日中射撃場に入り浸る。それが遥にとって、生きているという羽ばたきの実感だった。


 同時に、不安にも思う。父にこの趣味がバレた時、もう辞めろと言われたら。自分はどうなるのだろうか。今度は完全に、この世界が閉じられるのだろうか。


『――もしも、引き金を引けたのなら。この籠から完全に飛び出せるのかしら?』

 弾が込められた銃を、自身の側頭部に向けた。



「断るッ!」


 遥が俯いて過去を思い出していると、父が男に怒号を飛ばしていた。


「ったーく。頭が固いねぇ。つぅか、オレ様に交渉なんてハナから無理だっての」

 男はそう言うと、懐をまさぐって端末を取り出した。そして画面を上に向けると、誰かのホログラムが浮かび上がった。


『進捗はどうだ、ガンマン』

「ボス。オレ様は交渉よりもぶっ放すほうが得意なんですよ」

『ふん。仕方あるまい、私が直にやろう。よく聞け、そこの下等生物。私はアルコーン。この星、いや存在する世界すべてを支配するメタモリアンの王だ。その未発達な脳に刻み、ひれ伏せ』

「ほれ、ひれ伏せー」

 ターンッ! と軽い音を響かせ、床にめり込む弾丸。父は遥を盗み見て、正座のまま頭を垂れる。遥も真似をし、撃たれた場所をみつめる。


『うむ。前の下等生物と違い、扱いやすくて良いな。さて、さっそく本題だが――メタモリアンに与せよ』

「……先程それを断ったが、目的を聞いていなかったな。何故、下等生物と呼ぶ我々を仲間に引き入れようとする?」

『なにやら貴様は、この星で巨大な財を持ち、下々を支配する側らしいな。そんな貴様を取り入ればこの星全体の侵略、支配も手っ取り早くなり、また容易くなるというモノ』

 それを聞き、黙ったままの父に遥は不安になる。まさか、みすみすと明け渡すつもりなのかと横目で父を見る。


『なに、報酬はもちろんある。この星は植民地にするゆえな。その時、貴様の地位は約束しよう。下等生物たちはメタモリアンに奴隷として虐げられるだろうが、貴様だけは別にしてやる。今の肩書きのまま、私たちの命令を聞いていれば悪いようにはせん』


 虐げられる、というセリフで遥はアルコーンから視線を感じて、顔を背ける。

 社長室に飾られている時計が、一秒、二秒、と刻まれていく。カチカチと、十秒ほど経った所で、父は顔を上げ、アルコーンに言った。


「断る、と言ったはずだ」

『ほぉ?』


 面白さと不快さが混ざったような声を出すアルコーン。それに臆さず、父は続ける。

「この会社は、山荷コーポレーションは……妻と共に創り上げた大事な宝だッ! そしてこの宝を、娘に継がせる時までちゃんと守ると、妻と約束したのだ! そう易々と従うと思うかッ、侵略者め!」


 そんな啖呵に遥は父を見上げた。視線に気付いたのか、父と目が合う。


「だが、一つ条件を守れば考えんでもない」

「お父様ッ!?」

 掌返しのセリフに、遥は叫んだ。


「この会社のトップなら、身柄は保証されるのだな?」

『もちろんだとも。扱いやすい、肩書きだけの操り人形だがな。それでも、奴隷を逃れ、虐げられず生きられるのだから安いものだろう?」


 父はホログラム映像のアルコーンをハッキリと強い意思で睨んだ。

「ならば、今。娘に社長の座を渡す。そして社長――遥の無事を保証し、一切手を出すな。これが条件だ」

「な、何を言っているのッ、お父様!」

 遥の声を無視して、アルコーンは父を笑った。


『ふはっ。良いのか? 私は確かに言ったぞ、保証するのはトップだけ。貴様がそうでなくなるのなら、用済みになる』

「構わん」

 銃声が鳴った。しかし撃たれたのは体ではなく、父を縛っていた縄。


 父は縛られていた部分を撫でながら、遥へ視線をやった。初めて見る優しい微笑みの表情に、胸が締め付けられるような思いを抱いた。


「遥。お前を社長にするのは少し早いと思うが、まぁ大丈夫だろう。今まで、厳しすぎる教育をしてきたからな。なんとか、やっていけるだろう」


 父は立ち上がり、遥に背中を向けて端末を取りだす。誰かと通話するのか、耳にあてた。

「私だ。知らせがある。今、この時点で社長は娘の遥となる。なに、取り乱すな。事情あってのことだ。この日の為に、必要な書類は準備し記入してあるが――」


 一度振り返り、視線があった。


「あとの引き継ぎは、押し付ける形になってしまう。すまんな」

 最後の謝罪は通話の相手か、後ろにいる娘か。分からないまま、遥が手を伸ばした。


『ガンマン』

「はいボス」


 ガンマンと呼ばれた男が父に銃を向ける。まっすぐと、今度は頭に向けて。ガンマンに躊躇は無い。

 引き金は簡単に引かれた。訪れる結果は見たくないと、目を閉じた。


 タッ――、バッキャーンッ!


 発砲音は確かにあった。だが、そのあとすぐに後ろで何かが割れた音が銃声を上書きした。


 振り返る。強化ガラスがあった場所を。そこには、ポッカリ穴が空いていた。

 視線を前に戻す。ガラスの破片が飛んでいた。それを登場エフェクトのように魅せながら、最近テレビで見た姿が拳を構えて叫んでいた。


「参上! メタモル・フォーゼス!」

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