ワイルドな淑女はカッケーですわ!Ⅲ
けたたましいアラームが鳴り、数十メートル先にある動く的が止まった。
遥は手に持ったライフルを置き、安全ゴーグルを取って息を吐いた。
「ふぅ。こんなものですわね――やっぱり、この感覚は、んぅっ」
満足そうに頬を染め鼻息をむふぅと漏らし、腰を少しくねらせた遥。射撃部の部員たちが驚きと賞賛の声を上げた。最後の恍惚らしき声音は真以外に聞こえていなかったのか、射撃部員は賛辞の声だけ送っていた。
「ぜ、全弾命中、満点パーフェクト……? えぇッ!?」
「ちょ、この子逸材ですよッ」
現在、遥は見学と体験を行っていた。まずは気軽にと、実際に弾は出ない光を当てるビームライフルを勧められてやったところ、この状況になった。遥に注目が集まったお陰で、真は入部希望二人目という立場を自然と回避した。
そんな光る原石、いやもうダイヤモンドそのものである遥に対し、離れて見ていた顧問が歩み寄ってくる。
「確か、今日転校してきた山荷だったな。経験があるのか?」
この部室に来るまでは粛々としていた遥だが、ここで少し高飛車な表情を見せた。腰に右手を置き、左手で髪をフワリとはらう。そんな姿を見て、真は初めて彼女を令嬢だと認識した。
「海外に居たので。クレー射撃を始めたとした射撃競技は経験済みです。もちろん、必要な資格はあるのでエアーライフルもやれますわ」
免許が要らないビームと違って、実際に弾を撃つ競技も可能、そう聞いた顧問は懐から紙を取り出し、遥へ差し出した。
「期待の新人だな。これは入部届だ」
「え、あ、はい……」
ここまでノリノリな遥なら即入部と思っていたが、急に歯切れが悪くなってしまった。 真を含めた全員が首を傾げる。
「どうしたんだ、山荷」
受け取るかどうかで彷徨っていた遥の指先が、真に問いかけられてピクリと止まる。だが結局受け取る事にしたようだ。
「あの、提出するのは少し待って貰えませんか?」
入部届を胸に抱いた遥は、か細い声で顧問に聞いた。
「ふむ、いいだろう。山荷、お前の入部を私達はいつでも待っているよ」
「そーそー!」「じっくり考えなー」「出来れば早くね!」「部長、急かしちゃダメですよ」
何か事情があると考えたのか、射撃部は温かい声を返した。
「ッ、ありがとうございます」
決意を秘めたような遥の瞳をみて、真は何か力になれることがあるなら手伝おうと思い、射撃部から離れた。
あらかた学校案内が終わり、教室に戻った二人。完全下校の時間が迫り、すでに生徒は残っていなかった。
「今日はありがとうございました、阿片さん」
「いいよ。山荷がこの学校に来たかった理由を知れたしね」
遥は恥ずかしそうに口を上品に隠した。目線が明後日の方へ向き、頬が紅色に染まっている。
「そのぉ、やっぱり気付いちゃいますよね。――はい、日本で銃を扱える学校はここしかないもので……」
「あんな興奮してたら分かるよ」
射撃部員たちは遥の出した実力に釘付けで見ていなかったらしいが、真は偶然見えてしまった。撃ちきった後の表情を。アレは官能的を越えて、もはや女子がしてはいけない類いの顔だった。
「お恥ずかしいですわ。あの、今日の事は内緒にしていただけると幸いなのですが」
射撃が趣味で大好きな事を隠す必要があるのかと一瞬考えるが、元より言いふらすつもりはないので頷く。射撃部たちも、あの雰囲気をみるに大丈夫だろう。
「あぁ、分かった。にしても、あんなに射撃が上手いなんて凄いな」
「ふふっ。腕前を披露する度に言われますわ。それに、わたくしは射撃……というよりも銃が好きなのです。今回はレーザライフルでしたので弾は出ず、反動はありませんでした。しかし本来は銃ごとに違う飛距離、弾、構え方。それらの適性を考える必要があるのです。そうして色んな研究をし、試した結果、自然と射撃の実力が――」
スイッチが入ったのか、怒濤の早口でペラペラと一方的な会話を始める遥。上気したように赤く染まる頬。はぁはぁ、と荒い息を吐いては吸っていく。
好きなモノを語るときはオタクに限らず人類みんなこうなるのか。いや、これはもうれっきとした銃オタクだな、なんだの考えながら「おう。へぇ、それで」と空返事をしていく真。
「そして体全体に返ってくる、あのズドンッ、とした重みは……あ」
体感では五分ほど。ようやっと正気に戻ったらしい遥は喋っていた時よりも更に顔を赤くし、誤魔化すように咳き込んだ。
「んんっ、失礼しました。ふぅ、あれですわね。今日は阿片さんにお恥ずかしい所ばかり見せてしまっていますわ。もしかして誘導尋問ですの?」
「え、いや別に」
思い返してみるが、どれも山荷が自爆したような形じゃないかと口に出しそうになるが、ぐっと我慢した。
「ここまで話してしまいましたし、わたくし達はもう親しい間柄といっても過言では無いのでしょうか。所謂、親友」
「さすがにそれは言い過ぎだと思う」
「そこで提案があります」
そんな条件だと人類誰もがマイフレンドでベストフレンドとなってしまうし、彼女の親友判定が甘いことに真は心配してしまう。だがそんな事は知ったことかと、遥は続ける。
「名前で呼び合いませんか? 海外ではずっと同年代にヨウと呼ばれていましたし、わたくしは元々……名字で呼ばれるのはあまり好きではありませんの」
そう言う彼女の表情は暗かった。大企業の娘という立場があり、事情があるのだろうと察した真は、あっさりとした声で返事した。
「そうだな。俺も
呼ばれ慣れていないというより、篝以外の友人が居なくて呼ばれないの間違いだが。
手を伸ばし、握手を求めると遥は飛びつくように握った。
「はいっ、よろしくですわ真さんっ。やりましたっ、日本に来てから初めての友人ができましたわ!」
手を握ったままで嬉しそうにピョンピョンと跳ねている。そんな遥を見て、もしかしたらお淑やかなのは見た目だけかもしれないと思い、苦笑した。
夕日さす廊下を歩き、下駄箱から出た所で完全下校のベルが鳴った。
「やべ。急いで校門出ないと鍵閉められる」
「まぁ大変。走りましょう」
タタッ、と控えめに駆け足で校門へ向かう真と遥。
「もうそろ暗くなるけど、家近いの? よかったら送っていこうか」
この提案を下心として捉えられないか心配したが、それよりも令嬢を一人で帰らせる方がよっぽど心配だった。
速度が落ち、ふいに止まった遥は遠慮するように首をふった。彼女の友達認定は甘いようだが、やはり今日出会ったばかりの男に送られるのは気持ち悪かったか、と不安になるが、遥はニコリと笑って振り向いてきた。
「いえ。迎えの車が来てますので。……それでは真さん、ごきげんよう」
彼女はぺこりと一礼し、今度は走らずゆっくりと歩いていった。
目を凝らして校門の先を見ると、黒塗りの長い車が停まっていた。
「あー、あんな金持ちならリムジンで通学は普通だよな」
要らぬ心配だったかと、頭を掻いた。
視線の先で、遥がリムジンに乗り込み去って行くのが見えた。車内は運転席の男性と遥の二人。運転手の男性には見覚えがあり、すぐに思い出した。偶にニュースで見る山荷の社長、つまりあの人は遥の父なのだろう。
「俺もさっさと帰るかぁ」
最後の別れの挨拶、車に乗り込む時の遥の表情。それが、射撃部の誘いをすぐに承諾しなかった時の姿と被ったように見えて、なんだか胸のあたりがモヤついたの感じた。
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