ワイルドな淑女はカッケーですわ!Ⅱ
「うぅ、フォシスちゃんが悪いのにぃ」
「店で騒いでたらそりゃ怒られるって」
とぼとぼと学校まで登校してきた二人は下駄箱で別れそれぞれのクラスに向かおうとしたが、篝が呼び止めてきた。
「そういえば今日だよね。転校生」
「あーそうだっけ。でも噂だろ」
昨日から学校内で持ちきりの噂。とんでもない転校生がやってくると囁かれているが、何がとんでもないのだろうかと考える。不良なのか、天才なのか、はたまた容姿なのか。
自分のクラスに来るらしいので少し予想するが、どれであっても自分と関わる事はあまりないだろうと楽観的に捉える。
篝はそんな真にジト目を送った。
「真はどっちがいいの?」
「何がだよ」
「性別」
ぶっちゃけどうでもいいが、とりあえず無難に答えることにした。
「そうだなー。男としては、やっぱり美少女転校生ってのは嬉しいもんかもなー」
「へぇ、そう。ふぅん」
ワンオクターブ低くなった彼女の声に、マズいものを感じた真は必死に手振り身振りをしながら弁解する。
「いやほら、あくまでも定番というか定石というか。俺にとっては転校生がどうであれ、関係ないっていうか、とにかく仮に美少女であろうと俺は篝が一番だと思ってるぞ」
付き合っている訳ではないのに、まるで浮気が見つかったような態度で言い訳をしている真。だが、篝は最後の言葉で満足したのか、不機嫌な様子は消え去り、ニコニコしていた。
「そっかー。もー、真は仕方ないなぁ。あ、そろそろ行かないとね」
なんとかご機嫌取りに成功したようでホッと息を吐いた。去って行く篝の背中に弱々しく手を振って見送る。
「忘れてたけど、今日の放課後は田中さんと約束があるから待たなくていいよー」
あのギャルと良好な関係を築けてなにより、と真はもう一度手を振った。
教室に入ると、男子女子問わずガヤガヤと騒いでいた。席に向かう途中で拾った話題は、転校生についてだった。
窓際の一番後ろの席、日当たりは悪いが静かにゆったりと過ごせるお気に入りの自席に座ると、近くの席からも噂が聞こえてくる。
「ね、職員室でチラッと見えたんだけどさ。女の子だったよ」
「マジかよ、可愛かった?」
「めちゃ美人。というか気品が凄かった」
どうやら転校生は、定番である美少女のようだ。それにしてもと、真は聞き耳を立てながら少し前の事を思い出す。
「……人の噂も七五日って言うけど、すぐ消えたなぁ」
こっそりと周りに聞こえない独り言を呟いた。
今でこそ美少女転校生が噂の中心だが、少し前までは違う噂が立っていた。ニュースで報道され、記事の一面にもなったほど。
そのタイトルは【人工島に現れた宇宙人!? それに対峙するは何者か】。そう、オーネの一件が露見したのだ。といっても、全てではなく、オーネの登場から真の最初の変身まで。
オーネ以外の顔は遠目のお陰でバレず、また篝と融合した後の戦いでカメラが吹っ飛ばされ保存データが破損したと悔しそうにカメラマンがインタビューで答えていた。
今もスマホのニュースアプリを開けばトップに出てくる情報だが、この学校の生徒にとっては正体不明の宇宙人より、身近な美少女転校生の方が気になるようだ。
「正体バレは回避できたけど、こうも興味なさげにされると複雑だなぁ」
窓の外、校庭を眺めていると担任が「席につけー」と女性らしくありながらも酒焼けしたようなハスキーボイスで出席表を叩いて注目を集めた。
「ったく。野獣どもが騒がしいな。女子ー、この子を私と一緒に飢えた野獣どもから守ろうなー。じゃ、入れ」
呆れた目で男子を流しみた担任は、入り口の方へ顔を向けて入室を促した。
「――はい」
鈴の音のような心地よい声に、興味が薄かった真も思わず目を向けた。
ガラリと控えめに扉を開け、一人の少女が教室に入ってくる。
しゃなり、しゃなり、と優雅な足取りで担任の横まで歩き、それに伴い肩にかかっている金色の髪の毛がほわっと揺れ動く。
「自己紹介よろしくー」
気怠そうに髪をボリボリと掻く担任に言われ、少女はコクリと頷いた。
「ごきげんよう。わたくし、
その名前に、生徒が一人、また一人と驚愕の声を出した。
「さ、さんか、山荷ってあのッ!?」
「いや、でもよ……流石にそれはありえないって」
期待、羨望、疑い。様々な感情がこもった複数の目線に指されても、遥は毅然とした態度で背筋を伸ばしたまま。そして、ふんわりと笑った。
「その山荷で間違いありません。わたくしは、山荷コーポレーションの一人娘です」
生徒たちは一瞬静まった後、爆発したように騒ぎ出した。
「マジでッ。激やばじゃない」
「モノホンのご令嬢かよ。やべぇなおい」
「金持ちで美人のお嬢様。噂だと文武両道らしいし、天は何物あたえたもう!?」
真も少なからず驚愕していた。その理由は彼女が山荷の娘であることに関係している。
山荷コーポレーションとは、世界で有数の大企業。海外にも進出しており、数多ある富豪に名を連ねている。この数十年でいきなり大きくなり、一代の成り上がりと揶揄されているが日本と言えば、山荷。ジャパンナンバーワンコーポレーションと世界中から注目を集めている。
代表的には、真たちが普段使っているSNSの【ヤマッター】、そしてアパレルブランドの【ヤマクロ】などがある。
ともかく、衣食住すべてに関わり手広く展開している大企業だ。そんな企業の令嬢が我がクラスに来たとなれば驚いてしまう。
そして、嫌な予感がヒシヒシと真の胸を貫いていた。
「うるせー黙れー。えっとー山荷の席は――」
逃げるように視線を校庭へ向ける。廊下側、真の隣の席が空席なのは欠席が出たからと強く思い込む。が、そもそもクラス替えの頃から空席だったな。なんて現実と向かい合った時、
「おー、
今まで目立たず過ごしてきた真が初めて目立った瞬間だった。
綺麗に床を滑るようにやってきた遥が、ニコリと微笑んできた。近くまでくると、日本人離れした綺麗な金髪は地毛だと分かるほどに輝いている。世界と関わりがあるだけに、両親のどちらかは海外の人なのだろうかと思い、つい見惚れてしまった。
「えっと、阿片さん、でしたっけ。不束者ですが、よろしくお願い致しますね」
ぺこりと頭を下げた遥。クラスの男子一同が、黒く燃えた嫉妬の炎を真へ飛ばした。
「あ、おう。よろしくー」
「はいっ。あら、どうしまして?」
再び遥が顔を上げた時には、揃って顔を黒板の方へ向けていた男子共。「なんでもない」と引きつった笑みで誤魔化し、それを見ていた担任は思いついたように手をポンと合わせた。
「そうだ。ついでだから、学校案内は阿片に任せる。お前なら変な事せずちゃんとやってくれそうだし、頼んだぞー」
再び教室のあちこちで汚らわしい炎が燃え盛るが、真は鎮火を図らずただ顔を背ける事しか出来なかった。
視線だけで殺しにかかる騒乱の授業を終え、放課後を迎えた。
最初は男子どもが真の代わりに我こそが、と名乗り出たり、色々な事を質問(キワドイ事も)したりして、担任を含む女性陣が軽蔑のこもった視線を送っていた。
そんな迫り来る猛獣たちを、山荷は聖母のような微笑みを浮かべて優しく丁寧に対応していたので、男子たちは調子づいたが、ホームルームが終わると女子たちに一人残らず成敗された。
辺りに散らばる無残な屍。曲がりなりにも自分も思春期の男子であるため、真は哀れみと少しの同情の念を送った。
「へぇー、山荷は海外の学校に通ってたんだ」
「はい。といっても、そこまで有名な所ではないんです。わたくしの立場がありますので、下手に目立って事件に巻き込まれでもしたら、という父の計らいで生徒数の少ない学校にですの」
「確かに、人質とかになったら洒落にならないもんな。んー、でもこのタイミングでこの学校を選んだのは何でだ?」
女性一同の協力で無事に教室から出られた真は、遥と仲良く談話しながら、これから先の授業で使う事になる移動教室、食堂、体育館など必要な場所を案内していた。
そして遥が目立たないようにひっそりと通学している所に真は共感を覚えたが、今この人工島では宇宙人騒動で注目されている。そんな場所にある学校へ何故来たのか聞くと、遥は毛先をクルクルとイジって恥ずかしそうにもごもごと口を動かした。
「その、今回だけは、わたくしのワガママなんですの。日本の学校だったら、ここがいいと。父にどうしてもとお願いしましたの」
リスクを背負ってまでこの学校に来たかった理由は何だろうと、首を捻る。だが明確な理由は父にも言っていないらしく、教えて貰えそうになかった。
「一度でも危険な目に遭ったら即転校という条件ですけれど。わたくしは絶対、この学校がいいのですわ」
そこまで言われると気になってくるが、次の場所にやってきたので案内に戻ることにした。
「ここは部活棟ターゲットエリア。主にアーチェリーとかダーツとか、的を狙う競技が集まってるんだ。サッカーやバスケみたいな代表的な球技は反対側の――って、どうした山荷」
お嬢様には到底興味が湧かない場所だろうと思い、さっさと次に行こうとするが、遥は一点を見つめたまま動かない。
「……射撃部。やっぱり日本では少ない部活ですわよね」
「え? まぁ、あんま聞かないな。この人工島自体、最先端を目指そうってコンセプトだし珍しいモノは積極的に取り入れてるんじゃないか?」
ジッとしたまま動かない山荷に訝しむが、このままではテコでも動かない気配がしたので提案する事にした。
「見学してく?」
「ぜひに!」
グリンッ、と首を捻らせ振り向いた遥にビビってしまった。
急にどうしたんだと恐れながらも、射撃部の扉を叩いた。
「はーい。えっと、なにかな?」
部員らしき女子生徒が出てくると、見慣れない真たちにキョトンとしていた。
「急で悪いんですけど――」
「見学させてほしいのです!」
真の言葉を待たず、遥は興奮した様子で彼女へ詰め寄った。あまりにも突然で失礼だと思い、遥の肩を掴んで下がらせようとしたが、部員の彼女にマイナスの感情はなく、むしろ歓迎しているような雰囲気だった。
「もしかして入部希望かなッ。いいよいいよ、じゃんじゃん見ていって。そんであわよくば入部しちゃってよ! 先生ーッ、入部希望の生徒が来ましたーッ」
自分までも興味ありにカウントされてると知って真は慌てて否定しようとするが、彼女は遥を連れてさっさと奥へ行ってしまう。
「……品行方正なお嬢様かと思ったけど、とんだじゃじゃ馬かもしれない」
一気に疲れた感じがする目頭をぐにぐにと抑え、真は仕方なしに着いていった。
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