強くてカワイイは最強で最カワⅥ
「――ハッ!?」
真は意識を取り戻す。少し離れた所でオーネがつまらなそうに爪を磨いている。真の腕の中では、篝が意識を失ってぐったりとしていた。彼女の口元に手を当てると、ほんのり息を感じてホッとした。
『マコトッ、何があったのじゃ! 急に叫んだと思えば黙りおってッ、心配したじゃろ』
「あ、あぁ。いや、なんか篝の記憶みたいなものが頭の中に流れ込んできて……」
まるで走馬灯のように頭の中を駆け巡った、篝視点の映像。長い時間視ていた感覚だったが、どうやら一瞬の事だったらしい。
『他者の記憶を……? 間違いない、そこにヒロイックアームの鍵があるはずじゃッ』
光明差されたり、とフォシスは声を上げて言った。
『マコトが今視た中に想いが、変身願望があったはずじゃッ。それを受け入れ、融合するんじゃ!』
「今の中に……?」
なぞるように思い出す。たった一つ、明確な想いはあった。
「強くなって俺を守る、か」
篝が強くなった理由。背負う必要のない責任と罪悪感。幼馴染みが勝手に抱いているモノを知り、真は表情を暗くした。
「お前が自分のせいだと思い込んだのと同じように――お前をそうさせたのは俺なんだなって勝手に思っちまうよ」
篝の瞼がピクリと動き、うっすらと開いた。彼女が意識を取り戻しつつある事に気付かず、真は続ける。
「俺のために強くあろうとしてくれたのは純粋に嬉しい。でも、俺のために強さ以外を捨てるような真似、してほしくない」
「……元から、ボクに可愛さなんてなかった。捨てようが捨てまいが、変わらないよ」
意識を取り戻した篝に驚くが、すぐに彼女の言葉を否定する。
「そんな事ない。篝は、俺が知ってる誰よりも強くて、可愛らしい女の子だよ」
真は制服の裏ポケットから、手に収まるくらいの袋を取り出した。
「それ……」
中にはピンク色の花、シクラメンをモチーフにしたヘアピンが入っている。それを彼女の解けた髪に付けた。
「うん、やっぱり似合うな。可愛いよ、篝」
「――ボクが、可愛い?」
「うん、とても」
「強くても、可愛いの?」
「あぁ」
その時、見つめ合っている二人の間に真っ白な光の玉が現れた。そして弾け、煌めいた。
眩しさのあまり真は目を閉じ、光が収まったところで瞼を開く。
「あ、あれ。痛くない」
負傷が治り、ピンピンとした様子を見せている篝。二人してキョトンとしていると、タイミングを計ったようにオーネが割り込んできた。
「熱いラブロマンスを繰り広げているとこごめんなさいね。そろそろいいかしら」
やれやれと肩を竦めているオーネに気づき、二人はハッとして立ち上がった。
「さっさと殺してあげようかと思ってたけど、面白い事になったわね。それと」
オーネが篝の方へ向き、ウィンクした。背筋にひんやりとしたモノが這い回り、篝は真の後ろへ隠れた。
「さっきは好みじゃないって言ってごめんなさい。今のアナタは、可愛さと強さを両立した最強の乙女よ。そう、このアタシのように!」
ツッコミたいところだが、真はぐっと堪えて篝へ振り向いた。
「篝。一緒に戦ってくれるか」
篝は強く頷いた。
「もちろんっ。真はボクが守るよ!」
「あぁ。俺も篝を守るよ」
二人は肩を並べ、オーネと向き合う。
二人は手を繋ぐと、不思議と互いの想いが分かる感覚があった。手を離し、同時に構える。
「ちゃんと着いてきてね、真」
「応!」
腰を深く落とし、前に出した両腕を引き、右腕を思いきり突き出す。
正拳突きの動作を、二人は寸分の狂いなく合わせた。そして真は叫ぶ。
「――
白い光が生まれ、真の四肢へと装備されていく。ここまでは過去二回の変身と同じだが、違いが生まれた。
篝が光の球体となり、真のペンダントへ吸い込まれるように消えて行く。
そして、白い装備には、存在を激しく主張するようにショッキングピンクのラインがひび割れるように這っていく。
光が収まり、姿がハッキリと現れた。明らかな変化が、マスクと拳にあった。
「感じる。篝の想いを、強さをッ」
燃えるような、また激しく散る花弁を表すかのように、後頭部が逆立っているマスク。そして拳には敵を砕くため、先端が尖っているナックルダスターが装備されていた。
『マコト、叫ぶのじゃ! 己が誰なのか、声高らかに示すんじゃッ』
ペンダント、いや、篝が〝いる〟胸に手を当て、グッと握り締める。
「弱い意志など殴って粉砕ッ。想い焦がれる戦士――メタモル・フォーゼス!」
感情のままに叫ぶ。これこそが自分だと名乗りを上げる。
そんな戦士に、オーネが面白そうに笑って拍手を送った。
「まさか、伝説の戦士と同じ名前を使うなんてね。……相応の強さはあるのかしら?」
一拍の間を置いて、オーネは体勢そのままに接近してきた。瞬間移動を使ったのかと見間違える速度で、静かに目の前までやってくる。
「……あら」
容易く拳を受け止められ、オーネは間抜けな顔を晒した。そして、その表情に真の拳がめり込み、大きく後ろへ吹っ飛んだ。
勢いは殺さず、流れのままに一回転してから着地したオーネ。舌舐めずりして、切れた口から流れる血を飲んでいる。
「瞬発力も攻撃力も、さっきのあなたと大違いね。まるで別人、というかその力はあなた自身のモノ? それとも、他人の力でイきがってるだけかしら」
『――これはボクと真の力だ!』
真の胸から、訴えるような怒鳴り声が響いた。
目を閉じるとハッキリ感じ取れる。篝が同じ構えでいる姿を。
篝が右で殴れば真もそのように動き、蹴りを放てば同じく足が動く。
呼吸を合わせて、一緒に戦っている。互いが混ざり合い、一つの存在――フォーゼスとなっている。
「そう。ホントにあのフォーゼスと同じ、複数存在の融合体なのね。いいわ、これでアタシも全力が……出せるってことだッ!」
下半身の筋肉を大きく膨らましたオーネは、地面を蹴った。強い脚力で土を抉りながら走ってくる。
真も走り、腕を振りかぶった。
互いの繰り出した拳がぶつかる。肉体同士がぶつかったと思えない衝撃音と風圧が発生し、公園の芝生が激しく揺らめいた。
遠くの方ではテレビカメラを構えた複数人が吹っ飛び、正真正銘、この場にはオーネとフォーゼスのみになった。
互いに顔を狙って殴りに掛かるが、それを防ぐの繰り返し。そんな拳の応酬に飽きてきたのか、オーネは一旦退いて大きく息を吸った。
「じれったいわぁ。すぅ、ふぅー。オラァッ!」
怒号と共に息を吐くと、今度はオーネの全身が膨れ上がり、およそ二倍の体格となった。
「究極の肉体美を追求したアタシのビューティーアタック、くらいなさい!」
見た目の重さを感じさせない軽々とした跳躍。真の遙か上空に陣取ったオーネは、そのまま腕をクロスし――
「ビューティホーッ!」
「マジかよッ――っぶな!」
重力のまま振ってくる巨体を仰ぎ見て、真は後ろに大きく跳んだ。
核弾頭が着弾したかのような轟音が響き、思わず耳の辺りに手を当てる。オーネが着地した周辺は、大きなクレーターが出来上がっていた。
隙は大きいが、威力も大きい。どうやって攻めようかと考えていると、またもや相手は空へと跳んだ。
『――真。ボクを信じて』
もう一回避けようと一歩下がった所で、篝の声が聞こえた。
「あぁ、もちろんだ」
今も巨体が空から真目掛けて降ってくるというのに、不安を捨てて目を閉じた。
篝と呼吸を合わせ、意識を接続させる。
「諦めたのかしらーッ? いいわ。アタシの美しさを、ドンッ、と受け止めてェッ!」
オーネはジェット噴射のように勢いを増加させる。
『――強いボク。そんなボクを可愛いって言ってくれた真。今のボクは、ボク達は』
「『最強で可愛い、最カワな存在だッ!』」
オーネのクロスチョップが頭上僅か数センチに迫ったところで、カッと瞼を開いた。
腰を落としながら、片足を滑らして攻撃をギリギリで避ける。
逆さまで驚愕に満ちているオーネの目と合った。フォーゼスは、オーネの腹部にピッタリと拳を密着させた。そして、膝から腰、肩から肘へとねじ込むように体を捻り、鋭く息を吐いた。
「シィッ!」「おヴァがッ!?」
巨体で頑強、鎧のような筋肉を持っているオーネだが、その自慢の腹筋は防御を成していなかった。
武術の世界では奥義と呼ばれる
衝撃で〝く〟の字に曲げられ吹っ飛ばされるオーネ。三度ほど地面をバウンドしたところで止まり、呻きながらも膝で立っている。
「はぁッ、はぁ。アタシのビュー、ティー――あ、あらら」
まだ瞳に僅かの闘志を宿しているオーネはフラフラと立ち上がるが、体が徐々に萎んでいっている。
「もう、時間切れ、ね。それに、アタシはほんの少しでも〝ここまで〟と想ってしまった」
空気が抜けるような音が小さくなっていく。萎んだ風船のように筋肉も痩せ細くなり、最初に登場した巨漢は既に消え、オーネは骨と皮だけの姿になった。
ミイラのような姿になっても真は警戒を解かず、構えたまま。そんな真にオーネは戦意喪失したような、乾いた笑い声を上げた。
「ふ、ふふ。アタシの美は、これ以上ないほど、磨きあげ、た、わ。もう、まんぞ――」
最後まで言葉を出せず、ぱらぱらと体が崩れ、灰となり消えて行くオーネ。
それは戦いが終わった事を示し、真は変身を解いて元の姿に戻った。
「お疲れ。あと、力を貸してくれてありがとう。篝」
「真もお疲れ様。ボクの力が役立ってなによりだよ」
変身解除と共に、隣に現れた篝。互いに声を掛け、軽く手を挙げた。
平和が戻った公園で、勝利のハイタッチが響き渡る。
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