強くてカワイイは最強で最カワⅤ

 かがりは七歳の頃に人工島へ引っ越してきた。

 今まで住んでいた新潟とは違って、自然があまり無い場所。これが都会かと、篝は子供らしくワクワクしていた。

 抑えきれないその感情を爆発させ、引っ越し作業の途中にもかかわらず、彼女は近場を探検をする事にした。


 目新しい遊具がいっぱいあるアトラクションエリア。海が見渡せる展望台エリア。人工的だが篝にとって馴染み深い自然がある森林エリア。

 歩く度に景色が変わる。まるで世界旅行でもしているかのような気分になり、スキップしながら鼻歌を奏でていた。


「あれ、ここどこ」

 そろそろ帰ろうかと辺りを見渡す。家の近くまで来ているはずだが、引っ越し初日の子供がすんなり道を覚えて帰れるはずもなく、迷子になった。


「ふみゅぅ」

 もう家に帰れない、そんな事を考えた篝の目に涙が浮かぶ。


「どーしたの?」

「ふぇ?」

 見知らぬ声。振り向くと、篝と同じくらいの男の子が立っていた。


「なんでないてるの」

「かえれない。おうちかえりたい」

「おうち、どこらへん」

「えっと。きょじゅーく? までいったらもうわかるん、だけど」

 迷子になっている事を伝えると、男の子は「ちょっとまってて」と言って道脇に飛び込んで消えた。そしてすぐに戻ってくる。


「よし、ショーンさんに居住区までいくこと言ったから、いっしょにいこ」

「つれてってくれるの?」

 男の子は強く頷き、手を差し伸べる。

「もう、だいじょーぶだよ!」


 それが、真と篝の出会いだった。


 後に、無事家へと帰れた篝。篝の両親からどうしても礼をしたいと言われ、困った真は喫茶店アスピラシオンを宣伝し、それから先も篝家と交流が続いていった。


 そんなある日の事。

 夕方は真と遊ぶのが日課になった。今日は何して遊ぼうかと、待ち合わせ場所であるショッピングエリアの広場へ向かっていく。


 早く真に会いたい。感情のままに走りだし、

「ってぇな。おいガキこら」

 角を曲がった所で、男性とぶつかってしまった。見上げると、年上で制服を着た少年。その後ろから、わらわらと数人やってくる。


「どしたん?」

「ガキがぶつかってきた。あーあー、一張羅に涎でもついてたらどうしてくれんの。クリーニング代をよこしな」

「ぷっ。こんなガキが金持ってる訳ねーだろ」

 幼い少女を囲むようにして、少年たちは嘲笑う。


「ご、ごめん、なさい」

 すっかり怯え、縮こまった篝はどうにか許してもらおうと小声で謝罪する。だが少年たちは嘲笑を浮かべたままで、解放する様子はなかった。


「だーめ。お嬢ちゃん、お父さんとお母さんは何処かな? お兄さんの服を汚した事、ちゃんと言ってお金を貰ってきな」

「おいおい、マジでガキからむしり取るのか? ま、遊びすぎて金尽きたし丁度良いか」

 恐怖で震え、声も出せない篝。少年は痺れを切らし、手を伸ばしてくる。


「――やめろッ!」


「ぐぇッ」

 突然、手を伸ばした少年が何かに追突されたように吹っ飛んだ。


「ふぇっ、まこと!?」

 篝を守るように手を広げ、現れた真。

 吹っ飛ばされた少年が腰をさすり立ち上がった。明らかに苛立ちの表情を浮かべ、舌打ちする。


「ちっ。クソガキが。年上に喧嘩売るって事を分からせてやる」

「ぷぷっ、だっせー。ガキにやられてやんの」

 少年は仲間に煽られ顔を赤くするが、深呼吸した後に無表情へと変わり、真たちへ拳を向けた。


「先に手を出したのはテメェだからな」

「ッ、ぅがッ」

「ま、まこと! ……や、やめて、くださいッ」

 少年の蹴りで吹っ飛び、路地裏の壁に叩きつけられた真。今度は篝が庇うように前へ出るが、少年は無視して真の方へ歩く。


「弱いくせにッ、ガキがッ、いっちょまえにッ、しゃしゃり、出んなッ」


 少年はイラつきの言葉を吐きながら、真をサッカーボールのように何度も、何度も蹴り上げる。

 徐々に呻き声さえ上げなくなった真をみて、篝は少年を止めるように足へ抱きつき、大声をあげる。


「や、やだ。誰かっ、誰か助けて!」

「なぁ、そろそろヤバくね。てかコイツ死なね?」

「ふぅっ、ふぅ。はぁ、チッ。殺人犯になりたくねーし、もう止めてやるか」

 遠くから駆けつける複数の足音が聞こえ、少年たちは退散していく。

「ふん。守ろうとしたガキに守られる。かっこわりークソガキだな」


 少年は篝を振り離して去って行った。そんな様子を、真は朦朧とした意識で見つめていた。


 程なくしてやってきた警備員に保護された篝と真。真は幸い骨折などしておらず、擦り傷や打撲で済んだ。

 しかし、その日を境に、真は些細な事で体調を崩したり、体力や筋肉がつきにくい虚弱体質へと変わってしまった。


「真、大丈夫?」

「おう、ちょっと風邪引いただけだよ。でも今日遊ぶ予定だったのに、ごめんな」

「ばか。そんなの気にしなくていい」


 篝は十歳の誕生日を迎え、一つの決意を固めた。


「ボク、これやろうと思うんだ」

 真へ渡したのは、一枚の紙。内容には『入門は十歳から』と書かれていた。


「あー、スポーツセンターでやってる道場か。でもなんで急に?」

 疑問を浮かべている真を、しっかりと見つめ返す篝。

「ボク、守るから」

「守るって何を?」


 更に疑問を深めた真。篝は微笑み、答える。

「日常、かな?」

「なんだそれ」


 初めて出会った時、自分を助けてくれた真。そんな頼りになる男の子を、自分のせいで弱くしてしまった。

 責任を感じ、篝は強さ以外を捨てる勢いで武道にのめり込む。またあの頃のように、気兼ねなく遊べていた時間を取り戻すために、強くなる。


『――ボクに女の子らしさなんていらない。強くなれるなら可愛さなんて、いらない』

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