強くてカワイイは最強で最カワⅡ

 次の日の朝。

 真はテレビを観ながら朝食のカレーを食べていた。後ろでドッタンバッタン大騒ぎの掃除をしているフォシスを無視して。


「フォシス君。それだと床がビチャビチャだよ。ちゃんとモップを絞らないとダメ」

「ひぃん。なぜ妾が庶民の真似事をしないとなんじゃぁ」

「働かざる者食うべからず、さ。ほら、拭きなさい」

「お主、温厚そうな顔して意外とスパルタじゃの」

「当然の事を言っているだけ。ほら、口答えしてる暇はないよ。あと一時間で開店だ」


 フォシスはモップを投げ出し、食事している真の腰に抱きついた。

「マコトー、あやつ容赦ないぞ。妾を守ると言っていたじゃろー? なんとか言ってくれんかのー」

 真は口に含んでいたパンをコーヒーで流し、首だけ動かして振り向いた。


「俺がしてやれるのは、戦いの中でフォシスを守る事。それ以外は……すまない」

「ふぐぅッ。……あ、戦いで思い出したぞ」

 涙目で睨むフォシスだったが、ふと腰から離れて、考え込むように腕を組んだ。


「今のマコトではミメシスどころか、これから送られてくる刺客にも勝てんぞ」

 不穏な言葉を聞いて、コーヒーを飲む手が止まった。


「えっと、刺客って? 敵はあのミメシスって鎧じゃないの?」

 やれやれ、と手を広げて首を振るフォシス。そんな彼女にイラッときたが、グッと噛みしめ堪えた。


「父上――あの王は慎重での、一度妾たちに逃げられた以上、おいそれとミメシスを動かさん。まずは偵察がてら、メタモリアンの幹部あたりが妾を取り戻しに来るじゃろう」


 戦いは長くなりそうだと考え、真は憂鬱そうにコーヒーカップを置いた。

「それで、今の俺だと勝てないってのは?」

「うむ。昨日も言ったが、フォーゼスは他者と想いを共有して初めて戦える。その他者というのは、誰でもという訳じゃない。条件があるのじゃ」

 気付けば、指導途中のフォシスを掃除に戻らせようとしていたショーンも後ろで聞いている。


「強い変身願望を抱いている者じゃ。その想いが具現化し、フォーゼスと混ざり合い、融合する。お伽噺では全て女子(おなご)のようでな、じゃから妾は勝手ながらこれを『ヒロイックアーム』と名付けた!」

「強い変身願望を持ってる女の子かぁ。ん、そういやフォシスは?」

「わ、妾は……アレがコレでこうなんでの、とりあえず無理じゃ。他に、マコトの周りに女子はおらんのか?」

「飲みを断るおっさんみたいな言い訳するなよ。うーん、それらしい子はいないな」

 該当なしの答えにフォシスはショックを受け、喚きながら腰に再び抱きついてきた。


「なんじゃとッ、このままではマコトは負けて妾は酷い目にあってしまうッ、どうするんじゃッ、妾を守ると言ったくせに! そうじゃ、そこら辺にいる女子を適当に引っかければよい」

「そんな事できるかッ!」

「ヘタレ! 昨日あんな熱烈に妾の事を抱きしめ、耳元で「守るから」と甘い声で囁いておきながら何を今更ッ」

「ちょっ、言い方――」

「そんな事を言ったんだ、真」

「ちが、ショーンさん聞いて――え、今のショーンさん?」


 ショーンに勘違いされたと思った真は体全体を使って振り向いた。

 視界に入ったのは、自分と同じ制服。違いは女子仕様であるスカート。普段はパッチリとしている大きな目は、真を睨むように細められていた。


「か、篝……なんで居るの」

「なんでって、いつも迎えに来てるでしょ」

 そうだった。昨日も篝と別れるときに「また明日」と言ったはずなのに、大変な事に巻き込まれ、すっかり忘れていた。


「のじゃ? なんじゃ、こやつ」

 真の腰に引っ付いたまま、フォシスはひょっこりと顔を出した。その時、篝の額に血管が浮かんだように見えて、真は冷や汗を流した。


「アナタこそ誰なのかな? 真と、どういう、関係、なのかなっ?」

 篝が自慢の拳をボキリ、と鳴らしながら威嚇、もとい質問を返す。「ぴぃっ」と怯んだフォシスは隠れるように深く抱きついた。真の腰に。


「わ、妾はフォシス。メタモ――ふがっ」

 機嫌を伺うように篝へ目線を向け、ビビりながらも答えようとしたフォシス。だが、真はフォシスの頭を自らの体へ押し付けて無理矢理言葉を遮った。

「そうそうっ。こいつフォシスっていって、ショーンさんの知り合いなんだ。海外から来たらしくて、ホームステイというか職場体験というか、とにかくここで面倒をみる事になったというか」


 アタフタと手を動かしながら矢継ぎ早に喋る真に、篝は訝しんでいる。が、ショーンの知り合いと聞いて一先ず納得したようだ。


「ふーん。ま、小さい子供が遠くからってのは大変そうだね。ボクに何か手伝える事があったら言ってよ、フォシスちゃん」

 篝はニコリと笑い、フォシスの緊張を和らげようとしたが、当の本人はすっかり怯えていた。


「マ、マコト。この女子めちゃくちゃ怖いぞ」

「いいか、篝を怒らせるような事はするなよ。ボコボコにされるぞ」

「ひぃん……ん? そんな強いならヒロイックアームになれるのではないか?」

 ヒソヒソと聞こえないように話して、ふと篝を盗み見る真。確かに篝なら、もっと強くなりたいなどの願望があるかもしれない。しかし、真は首を振って否定した。


「篝は、巻き込みたくない」

「むぅ」

 あまりにも強く、真剣な表情で言われたフォシスは唸ることしか出来なかった。


「そ、れ、で。いつまでフォシスちゃんと仲良くお話してるのかな? 遅刻するよ、真」

「お、おうっ。カバン持ってくるからちょい待ってて」

 ドタドタと階段を上って支度をする。急いで戻って来た真に、フォシスは首を傾げながら聞いた。


「マコト、どこに行くんじゃ?」

「どこって学校だよ」

「ガッコー。ふむ、うん? いや妾は? まさか置いてくの?」


 先に外へ出た篝を追いかけ、扉に手を掛けた真は一度足を止めて振り返った。


「置いてくも何も、フォシスはここでバイトだろ。じゃ、夕方には帰ってくるから。いってきまーす」

「いやいやいやっ、マコトがおらん時に刺客来たらどうするんじゃ! 妾あっけなく連れてかれるぞ!? 待ってッ、妾もそのガッコーとやらに行くッ、連れてけ!」

「さぁ、フォシス君。掃除に戻る時間だ」


 無情にもバタンと閉じられた扉。喫茶店アスピラシオンの中から、少女の悲鳴が轟いた。

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