強くてカワイイは最強で最カワⅠ

 本格的に降り出した雨に打たれながら、まことは喫茶店に帰ってきた。


「ただいまぁ」

「おや、遅かっ……ふむ。何から言えば良いんだろうか」

 疲れた声音を出した真を、ショーンは迎えた。濡れ鼠になる事は想定していたらしく、タオルが差し出された。そして、彼は真の後ろに居る存在に気付いて目を見開いた。


「の、のじゃ」

 背中からひょっこりと出てきたフォシス。その姿は真と同じくびしょ濡れだった。


「そうだね。まずキミは、お風呂に入ってきなさい。真はその娘が上がるまで、このタオルで体を拭いて待ってるんだ」

「あ、うん」


 何も聞いてこない事に安堵し、とりあえず頭をゴシゴシと拭いて水気をとる。

 暫くすると、風呂場までフォシスを案内したショーンが戻ってきた。


「拭いたとはいえ冷えるだろう。コーヒーを煎れてあげよう」

「……ありがとう」

 定位置であるカウンター前の丸椅子に座ると、手元にコーヒーが置かれた。

 口に運び、苦みと香りを堪能する。


「はぁ、あったけぇ」

 ゆっくりと飲み干し空になったカップを置くと、見計らったようにショーンが回収する。

「さて、何があったんだい?」

 どう答えるか悩み口籠もった真は、簡潔にまとめる事にした。


「宇宙人に追われていた宇宙人を助けた?」

「もう少し詳しく話しなさい」


 こめかみに指を置いたショーンはコーヒーのおかわりを煎れながら突っ込んだ。

 面倒くさいが、起きた事を最初から最後まで話す事にした。


「ふむ。ほう、宇宙人、いやメタモリアン。興味深いね」

「えっと、ショーンさん俺の話、信じてる?」

「もちろんさ。それで、肝心なのは真。君だよ」


 自身の変化を話した時、ショーンは額の皺を深くして聞いていた。自分を心配しているんだと、申し訳なさでいっぱいになり、慌てて無事なことを伝える。


「俺はこの通り何もないよ。あの娘、フォシスって言ったっけ。ここまで抱えて来たけど、いつもみたいに息が上がったりしてないし、疲れてもいないんだ。むしろ元気いっぱいで怖いくらいってか……」


 喫茶店の前まで来た所で自然と元の姿に戻ったが、フォシスを抱えたままで居られた。そんな変化を伝えようと思ったが、心配を煽るだけと考えて口を噤んだ。


「とにかく。危険な事に巻き込まれたという事だね?」

「待ってくれよショーンさんっ。その、確かに危ない事に足を突っ込んだって自覚はあるけど、このままさようならって訳にはいかないんだ! 助けるって、守るって言ったから。最後まで付き合うつもりだよ。まさかここで手を引けなんて言わな――」

 それ以上の言葉は、ショーンの手で遮られた。そして恐る恐る彼を見上げると、呆れたような目付きをしていた。


「私は止めろなんて言っていないし、言うつもりもない。ただ、ね」

 ショーンは、真の頭に優しく手を置いた。


「無理はしないでくれ。そして、無事に最後までやり遂げるんだよ」

「ッ、あぁ!」


 肯定してくれたショーンに感謝を込めて返事をすると、店の奥からパタパタと足音がやってくる。


「なんじゃなんじゃこの星は。熱湯を溜めて入るのに何の意味があると思えば、メチャクチャ気持ちよいの! ポカポカじゃ!」

 ピンクのパジャマに着替え、タオルを首に巻いて体から湯気を立たせているフォシスが隣に座ってきた。

 フォシスがコーヒーに興味津々な様子をみせていると、ショーンは新たなカップを取り出して準備した。


「宇宙人って風呂に入らないのか?」

「む? 他の種族は知らんが、メタモリアンは身を清める必要はないからの。まぁ妾は水浴びをしているが」

 それはどういう事だと聞こうとしたが、フォシスはショーンが出したコーヒーを飲んで悶絶していたのでタイミングを逃した。


「なんじゃあ、これは。ニンゲンとやらは泥水を飲むのか? うへっ、苦いぃ」

 舌を出している彼女に、幼い頃の自分も最初はこうだった事を思い出して苦笑いを浮かべた。ショーンも同じなのか、穏やかな表情で眺める。

「さて、真から今日の事を聞いた。でも、改めて私たちに君の事を教えてくれないか」


 苦さを払うように舌を出していたフォシスは、咳払いして凜とした佇まいに直した。

「ふむ。妾たちの正式種族名称は『M・r(メタモル・レボリユーシヨン)戦略種族メタモリアン』まぁ、長ったらしいからメタモリアンで覚えるがよい。そして、妾はそのメタモリアンの姫じゃ」


 まさか宇宙人には数多くの種類が居るなど思っていなかったが、よく考えてみればこの地球だって多くの種族が存在している。ならば更に広大な宇宙だって同じ、いやそれ以上だろう。


「メタモリアンって、俺たち人間が住んでいる地球みたいな星で暮らしてるの?」

「いんや、メタモリアンは宇宙船で星々を巡り、旅する種族なのじゃ」


 それは人間でいう〝遊牧民族〟みたいなものだろうか。「へぇ、旅か。ちょっと良いな」と相槌を打つ真。そしていよいよ、知りたかった本題を切り出す事にした。


「それでフォシス、キミは何で地球に来たんだ?」

「それは……」

 フォシスは言い淀み、持っているカップのフチをなぞる。


「……メタモリアンの特徴は〝変幻自在〟。胸に秘めている変身願望(へんしんがんぼう)を糧にし、己に変化を齎(もたら)すのじゃ、が。妾はそうではない。同じ種族でありながら、妾は……変化がないのじゃ」


 先程の会話を思い出す。

『――む? 他の種族は知らんが、メタモリアンは身を清める必要はないからの。まぁ妾は水浴びをしているが』


 変化を齎す。ならば、汚れても能力で綺麗になれるという事だろうか。

 彼女はメタモリアンの姫でありながら、メタモリアンの能力を持っていない。だから心ない対応でもされ、それが嫌になり、地球に逃げてきたのだろうかと考える。


「フォシスは、その……なんだっけ、変身願望? を持ってないから何かされてるの?」

 カップの中で揺らめくコーヒーを眺めながら気まずそうに聞いた。フォシスは気にするなという風に首を振る。


「変身願望は多分、妾にもあるのじゃ。本来は生きとし生けるもの全てが持つ『何か、誰かになりたい』という想いの力じゃからの」

「生きとし生ける……え、それじゃあ俺たちにもあるのか?」

 返ってきたのは、肯定の頷き。


「現に、お主は変化した。いや、あれは……ただの変化ではない」

 そこで初めて、フォシスは真の瞳を真っ直ぐ見つめ返し言った。


「あれは正しく『フォーゼス』であった」

「フォー、ゼス?」

 淡々としていたフォシスの表情、声、そして目には熱気が宿り、まるで憧れの英雄を前にして握手を求めるような口ぶりに変わっていく。


「メタモリアンに伝わる、お伽噺じゃ。妾と同じく、己に変化を齎せない者。そのせいで同族に酷く扱われ、戦争の駒として使われる奴隷であった。だが、戦場で発覚したのじゃ」

 フォシスは立ち上がり、真の肩を掴んで揺らす。鼻先がくっつきそうなくらい、興奮した様子で語る彼女に照れを感じて顔を逸らした。


「フォーゼスは他者と想いを共有し、それを纏(まと)って戦う事が出来たのじゃッ。その後、戦争で活躍し英雄となり、今もなおメタモリアンの間で『伝説の戦士』と呼ばれているんじゃ!」

 顔を赤くしている真に気付かず、「むふぅー」と満足げに鼻息を吹かしたフォシス。

 ここまで静観していたショーンが見かねて、彼女を椅子に座らせ落ち着かせた。


「フォシス君。真をフォーゼスと言ったが、どういう事だい? 今の話を聞くに、フォーゼスは自分を変化させることは出来ないんだろ? だが、真は変化したと聞いたよ」


 ショーンは、ブラックコーヒーが飲めない彼女のためにミルクを注ぎながら聞いた。それを不思議そうに眺め、フォシスは答える。


「うむ。メタモリアンにとっての変化は、元の姿には戻れない。言わば〝一方通行の力〟じゃ。だがフォーゼスは戦いの間だけ変化し、終われば元に戻った。これが一つ目の共通点」

 フォシスは人差し指を立たせ、そして「二つ目」と言って中指を立たせた。


「フォーゼスの姿は、想いを共有している者の特徴が表れ、覚醒すると黒くなる。だが、目覚めたばかりの姿は、正反対の白い装備が目立つ戦士であったというのじゃ」

「白い装備……」


 そこで真は、ペンダントを引っ張って二人に見せた。

「そうだ、これ。このペンダントが俺を守って、それで光って……ショーンさん。これって俺が捨てられていた時、傍にあったんだよね?」

「……そうだよ。箱の中にいた赤ん坊の真が、大事そうに握っていた物だ」

 突然の重い話に、フォシスはアタフタとする。が、真のペンダントが気になるのか、おずおずと手を出した。

「そのぅ、手に取って見てもいいかの?」

「あぁ」


 ペンダントを外し、フォシスに手渡す。彼女は興味津々に眺め、天井から吊しているライトの光に当て、輝かせる。

「んむぅ、不思議な感覚じゃ。ドクトクして、なんじゃろ、心臓をわし掴んでいるような……」

「おいおい。変な事いうなって」

 思わず自分の胸に手を当てる真。フォシスは満足したのか、ペンダントを返した。


「何はともあれ、お主はフォーゼスに違いないじゃろ! ……お主はあの時、妾を守ると言ってくれた。とても嬉しく、そして心強い。これからも頼むぞ、フォーゼスよ!」

「俺はフォーゼスじゃないっての」


 その返答は不満なのか、フォシスは頬を膨らませて抗議した。

「なんじゃ、妾の考察が間違っていると?」

「そうじゃなくって。いや、まだ自己紹介してなかったし仕方ないか」

 真は呆れた様子で立ち上がり、手を出した。


「俺の名前は、阿片真(あがたまこと)。よろしくな、フォシス」

 ポカンとしていたフォシスだが、すぐに差し出された手を両手でぎゅっと握った。

「うむっ。よろしくなのじゃ、マコト」

 ほんわかとしていた空気だが、ショーンが咳払いをして伝えた。


「それで、これからどうするんだい? 真は考え無しにフォシス君を匿うわけじゃないだろう」

 ギクリと肩を揺らし、目線を泳がせる。ショーンの細められた目で突き刺されると、気まずそうに答えた。


「と、とりあえず、アスピラシオンで住み込みしながらってのは、どう……ですかね」

 敬語になってしまった。そんな真をジッとみつめ、やがてため息をついたショーン。

「まぁ、そうだろうと思ったよ」

 やれやれ、と顎髭を撫でるショーン。


「真の部屋の隣にある物置が開いてるから、フォシス君はそこで過ごしなさい。そして、コレだ」

 ショーンがカウンターの裏から取りだしたのは、メイド服。ふりふりで可愛いレースが施され、秋葉原で大変人気がでそうなデザインだった。


「な、なんじゃ、そのフワッとしてる装いは」

「フォシス君の制服さ」

 何でそんなの持ってるの、とか。上手いことバイトを雇ったな。など言いたい事がたくさんあったが、なんだかんだノリノリなショーンに安堵の息を漏らした。

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