不完全な変身願望Ⅱ

「にんじん、じゃがいも、バター。明日のオススメはカレーか?」


 曇ってきた空の下、まことはメモを片手にモールエリアを目指していた。

 この時間帯になると、喫茶店から近い商店エリアは既に閉店準備に入るので、少し遠いが深夜近くまでやっている巨大ショッピングモールに行く必要があった。


 まともに歩いては片道で二十分も掛かるので、ショートカットに公園エリアを横切る。

 いつもは観光客や学校帰りの生徒で賑わっている公園だが、今日は珍しく一人も居ない。真は少し不気味に思うが、駆け足でさっさと移動することにした。


 その時、公園の横にある森林エリアから人が走ってきた。

「女の子? 迷子か?」

 中学生くらいの体格で、遠目からでも分かる綺麗な銀髪。外国人の観光客は珍しくもないため大して驚かず、恐らく親とはぐれた子供と考える。


 だが、

「のじゃ!? ――おぬし、妾を匿え!」

「……は?」


 少女の表情が見えてきたあたりで真は焦り、立ち竦んだ。人間離れした容姿だとか、いきなり見知らぬ少女に匿えと叫ばれた事とか、自分に向かって走ってくる事とか。

 それ以上に、少女の後方からゆっくりと現れた存在に危機感を覚えたのだ。


「コスプレ、か? いや、でも何か雰囲気が、やべぇ感じする」

 ゆっくりと、だが着実に少女との距離を詰めるよう進んで行く鎧の騎士。そんな現実に直面し、口元がヒクつく。


 少女はそれが見えていないのか、真の元に辿り着くと隠れるように背中へとまわってきた。


「それで隠れられたとお思いか」


 まだ数十メートルは離れているというのに、鎧の騎士はノイズ交じりで性別の分からない声をはっきりと真たちに聞き取らせた。

 まるで耳元で話されている感覚をよそに、自分を避難所にした少女へ振り向く。


「一体なんだ、あれッ。そんでキミもなんなんだ!」

「えぇいッ。今は説明出来る状況ではないッ。さっさと妾を連れて逃げよ! それか貴様が囮となり切り伏せられよッ」

「キミが追われている状況なのは分かったッ。でもとにかく離れてくれ!」

「んなッ、貴様、妾を見捨てて逃げるというのか!?」


 決して逃がさないという意思を表し、少女は腰に引っ付いてきて離れない。引き剥がそうと顔を押しのけても動かない。少女の端正な顔が歪もうとも、構わずピッタリとくっついてくる。


「妾はまだ死にとうないッ、助けてくれ!」


 少女の叫びに、真の抵抗が弱まった。

「…………身近な誰かを助ける、か」

 自らを助け、育ててくれたショーンのようになりたい。ならば、その一歩として今、目の前で困っている女の子を助ける。それが出来ないのならば、夢を叶えるなんて到底無理な事。


「すぅ、ふー……、分かった。あの鎧野郎からキミを守ればいいんだな」

 深呼吸し、覚悟を決める。少女は驚いたように顔を上げて言う。

「うぇ!? 妾が言うのもなんだが、それは無茶じゃぞッ」

「キミは助けてほしいのか、ほしくないのかどっちなんだよ。まぁいいや、後ろにいて」

 今度は明確な意思を持って、少女を背に隠す。鎧の騎士は既に、十メートルも無い位置に居た。


 身長一七八の真と変わらない背丈だが、その二倍はありそうな大剣を構える騎士に、固唾を呑み込んで睨み付ける。だが、宇宙服のヘルメットのような仮面のせいで相手の表情は隠れて分からず、そこに真自身の姿が反射されるだけだった。


「ほぅ、この星の生物は随分と勇敢なことだな。だが見たかぎり、戦闘力は無さそうに見える。肉壁となり、姫様を逃がす算段か?」

「姫?」

 今自分が庇っている存在は姫だと言われ、思わず振り向いた。

 少女の表情は怯え、くっついている体からは震えを感じる。その姿に真は、どんな存在だろうと関係無い、そう気を引き締めた。


「なんで、この子を追っていたんだ」

『娘を迎えに来ただけさ』

 質問に答えたのは、新たに出現した声。鎧の騎士が剣を背に収め、スマホのような通信端末を取り出した。


 端末の画面を上に向けると、3Dプリンターで造られていくようにホログラムが現れ、玉座に座っている誰かの姿が小さく浮かび上がる。

 貌(かお)は文字通り無くつるりとしていて、表情は分からない。だが玉座で足を組んでいる姿から、尊大さが滲みでていた。


「アンタはなんだ?」

『言葉に気をつけろよ、下等生物。本来ならば貴様のような矮小な存在を相手にしないが、特別だ。拝聴せよ』

 映像の中の人物は足を組み直し、声を響かせる。


『私はアルコーン。メタモリアンの王である』

 王、姫、騎士、そしてメタモリアン。突如現れた存在たちに混乱していたが、真はまさかと呟いた。


「宇宙人、なのか?」


 その言葉が不快なのか、アルコーンは舌打ちした。

『私たちをそんな安い括りで認識するな。いいか? メタモリアンとは、全宇宙を支配する種族。貴様の言う宇宙人を越えた存在、進化の果てだ』

「訳わかんないことをペラペラと。俺たち人間にとって、お前らは等しく宇宙人なんだよ。さっさと地球から出て行け」

『あぁ、いいとも。なれば貴様の後ろにいる娘、フォシスを渡せ。疾くな』

 ピクリと体を揺らした少女、フォシス。それを機敏に感じ取った真は、庇うように腕を広げた。


「この子は死にたくないと言っていた。アンタらの所に行ったら、碌な目に合わないって事だろ。なら、今すぐ回れ右して帰りな」

 暫し睨み合う両者。やがてアルコーンは疲れたように息を吐き、鎧の騎士へ命令する。


『やはり下等生物と対話で解決するのは無理であったか。ミメシス、片付けろ』

「承知」

 ミメシスと呼ばれた鎧の騎士は端末をしまい、大剣を真へ突き出した。


「立ち向かってきた事は称える。だが、それは蛮勇と知れ」

 剣の柄を握りしめる音が聞こえる。真はミメシスから目を離さず、フォシスへ伝える。

「真後ろに公園の出口がある。そこから走って逃げるんだ」

「お、おぬしはどうするッ。さっきは取り乱して変な事を言ったが、一緒に逃げなければ本当に斬り殺されるぞ!」


 ミメシスは動かない。だがコチラが行動を起こした瞬間、その刃が飛んで来る。そう理解しながらも、真はミメシスに背を向け走りだした。フォシスを抱えて。


「そんなの、一緒に逃げるに決まってるでしょうがぁ!」


 フォシスを横抱きにして出口へと走る。不思議と重さは感じず、いつもより速く走っているような気がした。


われからは逃げれない。決して」

 男かも女かも分からない声が後ろから聞こえる、が、構わず走り続ける。真にとって、誰かを抱えながら走るなんて事は快挙なのだが、気付かず必死に走り続ける。


「もっと速度を出さんと意味がないぞッ。彼奴あやつ、ミメシスはメタモリアン最強の騎士。あの位置から斬撃を放つなど造作も――横に跳べ!」

 真の肩越しからミメシスをひょっこりと覗いたフォシスは、咄嗟に叫ぶ。


 言葉のままに、勢いのままに、真は右へと跳んだ。フォシスを庇い、背中で着地。その際に、視えない斬撃が公園の芝生を激しく抉った。少しでも遅れていたら生きていなかった事にゾッとする。


「えほっ――やばッ」

 ミメシスが剣を振りかぶるのが視界に入り、嘔吐く隙も無くフォシスを腕の中に抱えて転がる。次々と繰り出される攻撃に、違和感を覚えた。

「最強の騎士って言ってたわりに、攻撃が当たらないな。こちとらただの人間だってのに」


 腕の中から「ぷはぁ」と顔を出したフォシスは急かすように真を揺らした。

「それは彼奴の悪い癖じゃッ。今なら逃げ切れるかもしれん」

「癖? どういう、ぐぅッ!」

 転げ避けていたが、急に痛みを感じて動きを止める。片足に目を向けると、血が滴り落ちていた。これではもう走れないと悟り、フォシスを離して立ち上がった。


「……商店街の方に行けば、喫茶店がある。そこのマスターに助けを求めな」

「おぬし何を言って」

「最初で最後の人助け……来世(つぎ)は、ちゃんと守れるような強さを持ちたいところだよ」

 そう溢し、真は足を引き摺りながらフォシスに背中を見せて立ち上がった。


「アイツが攻撃した瞬間、走れ」


 フォシスは止めようと口を開いたが、直ぐにキュッと固く閉じた。そして真の目を真っ直ぐみつめ、包むように手を握ってくる。

「ありがとう、名も知らぬ勇気ある者よ。この恩は決して忘れぬぞ」

「いいさ。俺も一歩踏み出せたから……あぁ、でも未練がある。まさか、会えないままなんてな」

 ショーンのようになりたい。人助けしながら世界を旅したい。今までそんな夢を抱き、口にしていた。だが、心の底では虚弱体質を理由に『どうせ出来ない、自分には無理だ』と諦めていた。


 でも、ちょっとは進めた。夢への一歩を踏み出せた。その一歩で最期になったが、それでもいいと真は微笑んだ。たった一つ、夢の裏にあるもう一つの目標。それを達成出来ないことに未練を残すが、仕方ない事だと割り切った。


 その光景を眺めていたミメシスはカチャリと鎧を鳴らし、攻撃の意思を示した。

「下等生物……否、勇気あるニンゲンよ。汝に敬意を評する。故に、葬った後は一息の間だけ姫様を見逃そう」

「おいおい、いいのかよ。アンタ、王に仕える騎士なんだろ。クビになっちまうぜ?」

「然り。吾は騎士。誇りある騎士。敬意を抱いた戦士の望みを少しでも叶えたい、その吾の気持ちはきっと、アルコーン様は理解してくれよう」


 互いに動かず、静寂が訪れる。一秒、二秒、三秒。

 風が吹いた。


「――閃」「行けッ」


 斬撃が真っ直ぐ、轟と唸りを上げて襲ってくる。フォシスが離れた事を確認した真は、両手を広げて笑った。


 瞬間。


「……え?」


 真は呆けた声を漏らした。視線の先は、ペンダント。


 首から提げているペンダントが自立するように、ふわりと浮かび上がっていた。そして、持ち主を守るように真正面から斬撃を受け止めた。風圧で髪が逆立つ。


 少し離れた所でフォシスが振り返り、真に起きた変化を驚いて見つめる。

「いったい何が」

 攻撃を防いだペンダントに傷は無く、何も起こらなかったかのように、重力に従ってユラユラと揺れていた。


 呆然とした様子でペンダントを掴む。

「……熱い」


 いつもはヒンヤリと冷たいのに、今は燃えるように熱い。さらにはドクンと、脈打つ鼓動を感じる。心なしか、埋め込まれている白い宝石も光り輝いていた。


 そして、不思議と言葉が浮かんでくる。ペンダントに触れている胸から、染みこむように。


「――変身願望メタモルフォーゼ


 なぞるように、呟いた。


 白い光がペンダントから溢れ出し、真の身を包んだ。

 明らかな隙、好機であるにも関わらず、次の攻撃がこない。ミメシスは目の前で起きている変化を面白いと感じているのか、眺めたまま動かない。


 足、腕、胴体。そして頭と、真の全貌が明らかになってくる。

 服装はガラッと変わっていた。


 全身は黒いインナーに包まれ、その上から手甲などの白いパーツが四肢に装備されていた。極めつけは、フルフェイスヘルメットのように顔を覆っている仮面。

 まるで漫画に出てくる正義のヒーローの姿になった真は、感触を確かめるようにグーパーと手を動かす。


「少しだけ、体の調子が良い――これならッ」

「来るかッ、戦士よ!」

 拳を構えた真に対し、ミメシスは喜々として剣を構え直した。


 そして真は――身を翻した。そのまま敵に背中を晒して走りだす。


「今はこの子を逃がすの優先! 戦いとかのあれこれは二の次だっつの!」


 動揺したのか、剣先をピクリと揺らしたミメシス。

 真はミメシスが追いかけてこない事に疑問を抱いたが、ラッキーと思って距離を思い切り離す。

 そして、真の姿が変わってからずっと驚いた表情のまま動かないフォシスを拾って、二人は公園エリアから脱出した。


 ***


 雨が降り始めた。他の誰も居ない公園でただ一人、ミメシスはゆっくりと構えを解いた。

 剣を背負い、踵を返す。その動きを止めるかのように、端末が鳴った。


『なんのつもりだ、ミメシス』

「なんのことでしょう」

 端末から聞こえてくるアルコーンの声は、明らかに不機嫌だった。


『とぼけるな。あの下等生物を仕留め、フォシスを連れ戻すのは簡単だった。何故、わざと逃がした』


 ミメシスは、くつくつと笑いを滲ませながら答える。

「期待ですよ」

 対し、アルコーンはため息をついた。

『獲物を育て、遊び、強くなったところで狩る。お前の悪い癖は治らんか』

「それが吾の願望でございます故に」

『ふん。まぁいい。あの下等生物の力は間違いなく、アレだろう。想定とは違うが、疾く取り返せ。私達に万が一は起きないが、覚醒する前にだ』


 そうして端末は切れ、通信は切られた。

 ミメシスは振り向き、真たちが去っていった方向に視線を飛ばす。


「その万が一を、吾は望んでいるのですよ、陛下。加えて、あの顔は既視感が……」


 公園エリアにはもう誰も居ない。強まってきた雨音のみが、場を騒がせていた。

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