La petite boutique des horreurs 〜恐怖の花屋〜

平中なごん

Ⅰ 雑草探偵にはとにかく仕事を

 聖暦1580年代末。エルドラーニャ島サント・ミゲル……。


「──フゥ……今日も熱っちいなあ……」


 道端に伸びる青々とした雑草が、湧き立つ陽炎にゆらゆらと揺れている……ま、高温多湿なこの南国の陽気なら、いくら取ってもまた生えてきちまうことだろう……。


 この日、俺はまたしてもサント・ミゲル総督府へと呼び出されていた。


 灰色の三角帽トリコーンを押さえ、見上げる俺の目の前には、瀟洒な石造りの建造物が威風堂々とそそり立っている……。


 ここは、世界最大の版図を誇るエルドラニア帝国が、新たに発見した大陸〝新天地〟で初めて建設した植民都市を統括する権力の中枢……普通なら、俺のような下々の者にはまず縁のねえような場所だ。


 だが、呼び出されたのはなんか罪を犯したからでも、税金を滞納したからでもねえ……ま、心当たりがねえわけでもねえが……。


 今日、俺が呼び出されたのは、俺がこの街で探偵デテクチヴ業を営むハードボイルドな男だからである。


「さて、行くか……ああ、おつかれさまーす!」


 俺は灰色のジュストコール(※ロングジャケット)を着直し、赤白チェックのスカーフを締め直すと、左右に立って衛兵の守る総督府の入口を潜った。


「──住民が消えてる?」 


「ええ。一週間に一人くらいのペースで捜索の訴えが来ています。失踪者の居住場所はてんでバラバラ。お互いに関係性も見られません」


 総督の執務室で応接セットのソファに座り、出されたコーヒーを啜っていた俺に対して、行政官のモルディオ・スカリーノがそう説明をする。


 前はコーヒーも出してくれなかったので、それを考えればずいぶんと待遇改善されたものだ。


「ただの夜逃げにしちゃあハイペースっすね……ゴクン…その行方不明者を捜し出せってことですかい?」


「それもありますが、事件自体を調べていただきたい。まだ、自主的な失踪なのか? それとも誘拐のような犯罪なのかもわからない状況です。とはいえ、こうまで多発するとなると、このまま放置というわけにもいきません。いったい何が起きているのか……」


 もう一口、苦いコーヒーを飲み込んでから俺が尋ねると、モルディオは俺の解釈をそう訂正した。


 モルディオは礼儀正しく、言葉使いもなんとも丁寧だが、茶色の髪をバッチリとセットした、ちょっとキザに感じる男である。


「ですが、行方不明事件となれば、それこそ街の治安を守る衛兵の仕事じゃねえんですかい? なんで俺のようなしがねえ探偵なんかに……」


「アホう。衛兵達も忙しいのじゃ。そんな犯罪かどうかもわからんものに貴重な衛兵を使えるか。だから暇そうなそなたをわざわざ呼んでやったのじゃ」


 俺が至極当然な疑問を口にすると、今度は豪奢なオーク材の机に座るドン・クルロス・デ・オバンデス総督が、いつもながらに上から目線で、俺をアホ呼ばわりしながらモルディオに代わってそう答える。


 こちらは山吹色をしたシルクのスリット入りプールポワン(※上着)に、襞襟を着けたいかにもなエルドラニア貴族さまだ。


「暇そうって……」


 なんともバカにしたその物言いに文句の一つでも言ってやりたいところではあるが、相手は天下の総督さまだし、確かに最近、仕事の依頼もとんとこないので、俺は苦虫を潰したような顔で口を閉じる。


「それに、巷では奇妙なウワサも囁かれていましてね」


「奇妙なウワサ?」


「行方不明者はある日突然、忽然と姿を消し、遺体も何もまったく発見されないので、これは魔物か何かに食い殺されたんじゃないかと……となれば、あなたの専門分野でしょう? カナール君」


「ああ、そういうことっすか……」


 再び口を開いたモルディオの追加情報に、俺はなんで自分が呼び出されたのか? その理由にいたく納得する。


 魔物の仕業となりゃあ、それこそ探偵じゃなくて教会の神父か魔術師の出番と相場が決まっているが、じつは俺も、そっち・・・系についちゃあ無関係ってわけでもねえ……。


 俺は探偵は探偵でも、そういった魔物や幽霊なんかの怪現象を専門に扱う〝怪奇探偵〟だったりするのだ。


 探偵デテクチヴ──エルドラニア語で言やあ探偵デテクティヴェだが、それ自体珍しい職種なのになぜそんなニッチなとこを狙った商売を始めたかというと、それは競合相手が少ねえからだ。


 俺はこの浅黒い顔を見てもわかる通り、新天地に夢を抱いて渡って来たフランクル人の父親と、原住民の母親との間に生まれたいわゆるハーフなんだが、エルドラニア人が幅を利かすこの植民地においては、当然のことながら肩身の狭え下層階級に属することとなる。


 特にフランクル王国はエルドラニアの敵国だし、さらに片親が原住民となればなおさらだ。結果、割のいいカタギの商売につくこともできず、小せえ頃からずっと貧乏暮らしだ。


 そこで、新しくできた職業で、まだそんな数もいねえ探偵になろうと思ったわけなんだが、探偵の仕事はいわば私的な衛兵のようなもの。人探しや内密の調べもの、要人警護なんかがそれに当たるが、そうした裏稼業はマフィアの領分とも被っちまう……。


 てなわけで、ない頭をふり絞って考えついたのが、この〝怪奇探偵〟だったっていう経緯いきさつだ。


 っても、別に俺は聖職者でもなけりゃあ魔術師でもねえし、そうした不思議な力を持ってるわけでもねえ。


 だから、事件解決をするための強力な武器として、居候している闇本屋のジジイになけなしの金を積んで、『シグザンド写本(巻末付録『サアアマアア典儀』付き)』つう、稀少な魔導書グリモワーを購入してやった。


 ま、悪魔(※精霊)を召喚して操る方法の書かれた魔導書は、その絶大な力ゆえに無許可での所持・使用が禁じられてるんで、大っぴらには言えねえことなんだがな。


 もちろん、クルロス総督やモルディオもそのことは知らねえ。もし知られれば、異端審判にかけられて即刻火炙り、よくても縛首だ……まあ、ある事件がきっかけで、総督の御令嬢には本のことを知られちまったが……なんか、妙に無法者に寛容なお嬢さんで命拾いしたぜ……。


 ああ、話が脱線しちまったが、それでも便利な代物なんで、裏の市場マーケットじゃ非合法に取引されているのが実際のところだ。なんせ、この俺でも買えたくれえだからな。


 さらにここ新天地に至っちゃあ〝禁書の秘鍵団〟っつう海賊の一味がいて、エルドラニアの船を襲っちゃあ、積荷の魔導書を奪ってその写本を売り捌いてもいる……ちなみに俺の『シグザンド写本』も、そこが出元だとジジイが言ってた。


「表だって衛兵を動かすと市民に混乱を招きかねないですしね。そんなわけで、まずはあなたに少々探りを入れていただきたいのですよ、カナール君」


 ともかくも、そうして〝怪奇探偵〟を営むこととなった俺に、改めてモルディオが行方不明事件の捜査を依頼する。


 こういった依頼はこれが初めてではなく、以前から何回か引き受けているので、今やもうすっかりお得意さまだ。


「まあ、嫌ならば別に断ってもらってもよいがの。これからは他を当たることにするだけじゃ」


 そんな関係性を利用し、続けてクルロス総督が俺に断れないようにと脅しをかけてくる。


 ったく、毎度、人の足下見やがって……いいお得意さまからの依頼がなくなりゃあ、繁盛してるわけでもねえ……いや、はっきり言って閑古鳥鳴いてる状態の俺は、遠からずしておまんまの食いあげ決定だ。


「わかりましたよ! よろこんでやらせていただきますよ! そんかわし報酬ははずんでくださいよ?」


 訊かれる前からすでに答えは決まっており、投げやりに俺は返事を返すと、期待はできないがせめてもの賃金UPを要求してみる。


 ま、捜査範囲が広いんで非常に面倒臭さそうだが、これまでに比べりゃあ今回はまだましな方だ。前なんか怪物退治や持ってると呪われるダイヤ捜させられたからな……しかも、金あるくせして、支払いに関しちゃドケチときている。


「それは仕事の出来次第じゃの。見事、事件を解決できたのなら、その時には報酬にも色をつけてやらんでもないぞ?」


 案の定、支払いの際にケチつけられるようにと、総督はそんな条件を加えて俺の要望に対して答える。


「ハァ……んじゃ、ご期待に沿えるよう、さっそく聞き込みにでも行くとしますか……」


 そんでも仕事を選べねえのが、俺達、雑草のような下層階級の悲しいさがだ。


 俺は大きな溜息を吐いて嫌味を口にすると、一生買うことのねえような高級ソファからおもむろに腰をあげた。

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