第8話 自撮りのコツ

部屋に戻り、早速貴音に電話をかける。ニコニコベーカリィの件を伝えるためだ。

電話越しの貴音は比企からの電話とあって嬉しそうだった。

ニコニコベーカリィのことを話しつつ、比企が切り出す。


「でさ、履歴書を用意する必要があるし、証明写真も必要になるんだけど・・・空いてる日ある?」

「えっと・・・?証明写真はあの・・・自分で撮りに行くんですよね?」

「スマホで撮影してコンビニでプリントすればいいから大丈夫だよ。その時に履歴書も買ってくるから」

「じゃあ、今からうちに来てください!今度は私がおもてなしします!」

「いいのか・・・?じゃあ今から1時間後くらいに行くようにするから」

「はい!待ってます!」


今から1時間で用意しなければならない。比企は改めて身だしなみを確認し、できることはやっていこうと思った。

一方の貴音は急いで部屋を片づけていた。そしてスウェット姿ではいけない。ちゃんとした服装でお出迎えする必要がある。

この部屋に男性を招くのは初めてだった。早く会いたいけど、時間までにしっかり準備しようと頑張っていた。


そうして時間が経ち、比企は貴音の住むマンションに向かう。そういえば暗証番号がわからないから、あのドアの先に行けない。マンションに着いたら連絡しようと思った。

やがて10分程度歩き、マンションの入り口まで来た。そこで貴音にメッセージを送る。するとすぐにメッセージが来た。

そこには4桁の暗証番号と部屋番号が記載されていた。

信頼されていることは嬉しいが、もう少し危機感をもったほうがいい。きちんと貴音に伝えないといけないと思った。


そして部屋の前まで来た。流石に緊張してきた。インターホンを鳴らして待つ。

そしてカギが開きドアが開けられる。


「マサくん!待ってたよ!」

「あ、ああ・・・」


私服姿を初めてみたがめちゃくちゃ可愛かった。化粧もしているようで、いつもの雰囲気と違う。真次はずっとドキドキしっぱなしだった。


中に通される。真次の部屋の2倍以上はある空間だった。そこにベッドや家具などが置いてあり、綺麗に整頓されていた。

ガラステーブルの前にクッションが置かれ、そこに座るように指示される。


「ちょっと待っててね」

「別に気を使わなくていいぞ?」


そういってキッチンの方に向かっていった。しかしどうも自分が場違いなところにいるようで落ち着かない。

5分くらい経ったころにトレイに2つのマグカップを乗せやってきた。貴音は向かい側のソファーに腰をかけた。


「はいこれ!」

「ありがとう」


それはマグカップに注がれたコーヒーだった。砂糖とミルクも添えてある。

真次はコーヒーに口をつける。挽きたてコーヒーのような味がした。いつもの缶コーヒーや家のインスタントコーヒーとは格が違った。


「うまいなこれ。お店の味みたいだ」

「おいしい?なら良かった!」


そしてニコニコベーカリィの面接対策を2人で話す。

貴音は真剣に聞いていた。


「貴音はそのアイドルとして活動していたけど・・・”実質無職”なんだ。だからやる気とか志望動機とかをしっかり答えれるようにしておいたほうがいいと思う」

「”実質無職”・・・」

「でもさ、貴音の笑顔なら大丈夫だと思う。この前、俺に向けてくれたときのようにできればニコニコベーカリィの店長もわかってくれるんじゃないか?」

「この前・・・」


それは真次が「俺以外の男に見せてほしくない」のセリフの時だ。思い出して顔が赤くなる。ちゃんと自分のことを見てくれていたんだ・・・そう思って嬉しくなる。


「絶対合格します!マサくんの期待に応えたいし!」

「うん。じゃあ早速電話してみよう。えっと番号は・・・」


鬼塚にもらったコピー用紙を見ながらダイヤルを回す。今ならピーク時は過ぎているはずだ。5コール目で電話がつながる。


「こちらニコニコベーカリィ 店長の斎藤です」

「お忙しいところ失礼いたします。今回、そちらの求人募集を見てお電話したのですが・・・」

「ああ、アルバイト希望の人?男性で・・・今何歳かな?」

「いえ、私ではなく友達の女の子が働きたくてお電話差し上げたのですが」

「そう。なら代わってくれるかな?直接話しがしたい」


その言葉を聞いて貴音にスマホを渡す。貴音は緊張しているようだ。

「あ、あのっ!私、未城 貴音って言いまして・・・」

「うんうん。今まで何のお仕事してたの?」

「え・・・えっと、アイドルを目指していたんですけどやめちゃって・・・」

「どうしてやめちゃったの?」

「え・・・えっとその・・・」


そういって貴音は黙ってしまった。真次はその様子を見て焦る。何かしてあげたいが、何か自分にも言いづらいことかもしれない。

そんな沈黙を破ったのは店長の斎藤だった。


「何か訳ありって感じかな?いつうちに来れるかな?会って話を聞きたい」

「・・・はい。じゃあ木曜日はどうですか?」

「じゃあ木曜日の10時に来てくれる?場所は大丈夫かな?」

「はい。大丈夫です!よろしくお願いします!」

「木曜日、店舗の従業員に言ってくれればいいからね。それじゃあ」


そうして電話を切る。真次にスマホを渡し、ぐったりとソファに体を預ける。

そうして泣きそうな声を上げた。


「うう・・・どうしよう・・・」

「とりあえず面接でしっかり答えられるよう練習しよう。俺も手伝うからさ」

「・・・はい」


貴音としっかり面接対策をして、不安がないようにしてあげようと真次は思った。

真次が店長役になり、思いつく質問を貴音にぶつける。最初は答えられなかったが、真次と一緒に「こういう返しをしよう」ということを学んでいった。


「じゃあ証明写真の準備をしよう。何もない壁の前に立ってくれる?」

二人でで移動し、真次がスマホを向ける。貴音は緊張しているようだった。


「どうしたんだ?ちゃんとカメラを見て」

「・・・うん」


※要笑顔なら証明写真の出来も関わってくるだろうと真次は踏んでいた。ここでも笑顔が重要だ。貴音は意を決したように前を向いた。その表情を見逃さず真次は指示を出す。


「うん。いいかも。それでもう少し笑ってほしいかな」

ニコッ

パシャリ


真次のスマホに貴音の顔写真が記録された。貴音はそれを見に来て恥ずかしがる。


「いい写真じゃないか?すごく・・・その・・・魅力的だと思う」

「~~~!!」


今度は真次の番だ。壁を背にして何枚か写真を撮るのだが・・・どれもイマイチパッとしない。そこで貴音が提案する。


「あの・・・練習!自撮りの練習しませんか?」

「自撮りの練習?」

「はい・・・二人で一緒に・・・」


そういって貴音はソファの前に真次を招く。二人肩を並べて貴音がスマホをかかげた。


「じゃあ撮るね!」

「え・・・ちょ・・・」


シャッターが切られ二人一緒の姿が写っている・・・が貴音はとびきりの笑顔だが真次は仏頂面で写っていた。


「・・・マサくんダメだよ笑わなきゃ」

「そんなこと言われても・・・」


そもそも自撮りなんかしたことはないし、女子とツーショット写真を撮るなんて初めての経験だ。真次にとってはすべてが異次元だった。

そうして貴音が真次に指示を出しながら何度も撮る。貴音のこだわりはすさまじかった。


「そんなんじゃ写真集売れないよ!」

「いや・・・出すつもりないんだが・・・」


そうして何度も撮っているうちに真次の表情も明るくなってきた。慣れもあるし、なんだか付き合っているみたいで嬉しくなってきていた。そうして50回以上撮り直し・・・今日の最高の一枚が撮れた。


「ねっ!いい表情でしょ?」

「ああ、俺じゃないみたいだ・・・」


それは二人で一緒に撮った写真。まるで恋人同士が撮るような、そんな一枚だった。

そのままの勢いでスマホを真次のものに持ち替えて真次の証明写真用の撮影する。


「うん!ばっちり!いい表情だよ!」

「ありがとう。貴音のおかげだ」


あとは写真をコンビニでプリントしてきて履歴書を買ってこないといけない。

真次は「ちょっと行ってくる」と声をかけ、コンビニに向かった。












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