第6話 勘違い
貴音と一緒に過ごす。寝ているみたいだし、比企は静かに過ごしていた。
一方の貴音はさっきからドキドキしっぱなしだった。
男性からお姫様抱っこなんて初めての経験だし、そしてなんと言ってもドスケベボディのあたり・・・自分の体はそんなにエッチなんだろうかと悩んでいた。
そのまま時間が経ち、やがて貴音はタオルケットをひきはがして比企に向き直る。
「あのっ!私ってそんなにエッチな体してるでしょうか・・・?」
「えっ・・・いや、その・・・」
比企はどういっていいものか迷う。もしかしたら気にしているのかもしれないし、ここはどう答えるべきか・・・
そう思って黙っているうちにポツリポツリと貴音が話し出した。
「・・・私、マネージャーを担当している男の人に体を触られたりしたことがあって・・・」
「えっ・・・」
突然の告白に言葉が詰まる。嫉妬ややっかみとか言っていたが、そうやってセクハラをされることに耐えられなかったのでないか・・・比企はそう思った。
「嫌だって・・・やめてって言ったのに・・・」
「・・・」
貴音はそう言いながら泣き出してしまった。おそらく男性に触られることがトラウマになっているんだろう。比企は自分にもそういう感情があったのは確かだし、そのクズマネージャーと何も変わらないと思った。
「ごめん、未城さん・・・俺にもそうしたいっていう感情はあるよ。だから俺もそいつと何も変わらないんだ・・・」
貴音は比企を信頼してくれていた。こんなことを聞いたら幻滅するかな。こうして知り合ったのにこの関係も終わりかなと思った。
「マサくんは私の嫌がることは何もしてません・・・!さっきだって・・・ハッキリ、ダメだって言ってくれました!」
その顔に涙があったが、彼女の表情は明るかった。そして意を決して言う。
「私とお友達になってください!」
「・・・俺でよければ」
二人はスマホを取り出し連絡先を交換しあう。彼女はうれしそうだ。
それを見て比企もうれしくなる。
「おとん」「おかん」の下に「未城 貴音」が追加された。
「・・・じゃあ私、そろそろ帰ります。ありがとうマサくん」
「ああ・・・」
正直、名残惜しいがまた会えるんだ。そういって貴音の買ってきたものなどの用意をする。
「それじゃあ・・・」
貴音はドアを出るがなにかを期待しているような面持ちでこちらを見ている。比企もまだ離れたくなかった。そして提案する。
「なぁ、送っていこうか?」
「!!!はい!お願いします!」
比企が貴音の荷物を持ち、一緒に外に出る。
そして二人はオーシャンズヒルズタワーに向かって歩き出した。
ここから約10分の道のりだ。つきず離れず距離を保ちながら歩く。
ジーンズとTシャツの男と上下スウェットの女が並んで歩く。
その間二人に会話はなかった。
そうしているうちにマンションが見えてきた。
「もう着いちゃったな・・・」
ぼそっと貴音が言う。そしてエントランスを抜け暗証番号を入力し目の前のドアが開く。
「それじゃあ・・・俺は・・・」
ここで、と言い終わる前に腕を引かれる。
「もう少し・・・その・・・荷物もって欲しい・・・」
「え?・・・わかった」
エレベーターホールに行き、来るのを待つ。やってきたエレベーターに乗り13階のボタンを押した。やがてエレベーターは上昇していく。
そうして遂に貴音の住んでいる部屋の前まできた。
比企はどうしても彼女に言っておきたいことがあった。
「あのさ!その格好のことなんだけど・・・」
「これ・・・?」
自分のスウェット姿をみる。
「その無防備な姿、俺以外の男に見せて欲しくないんだ・・・だから・・・」
「!!!」
突然の告白に貴音は驚く。比企を直視できない。そして比企も貴音を見ることができずにお互いうつむく。
「その・・・なんだ・・・そういうことだから!それじゃあ!」
貴音はもうドアの内側にいる。その隙間から貴音が声をかける。
「あの・・・!バイバイ!マサくん!」
貴音は比企が自分を見てくれるのを待ってから、とびきりの笑顔で言った。それを見て比企は戸惑いながらも答えた。
「うん・・・バイバイ」
そうして貴音の部屋のドアは閉じられ、勝手にカギが閉まる。これがオートロックというやつだ。
貴音は買ってきたものを玄関前に置いたまま、ベッドまで行きダイブした。
今日はたくさん会話できたし、連絡先も交換した。仰向けになってスマホを見る。
そこには”比企 真次”という表示が出ていた。
それにさっきの「俺以外の男に見せてほしくない」のセリフ。ちゃんと自分のことを見てくれていたのだ。だが、そのセリフで自分の今の恰好がとんでもなく恥ずかしい恰好なのではないかと思い悶えた。
そのまま比企にメッセージを送ろうとスマホを操作し始めた。
一方の比企はというと・・・
「(ウオアァァァァ!なんだよさっきのセリフゥー!)」
比企は貴音に「その姿、俺は見慣れているけど他の人は驚くと思う。だから俺以外の男の人にみせないほうがいい」ということを言いたかったのだが、どう聞いても告白しているようにしか思えなかった。
「でも未城さんは笑っていたし・・・」
そんなことをつぶやく。自分に向けて笑顔をくれたのだ。とりあえずドン引きはされていないようだ。
そうしているうちにスマホが着信を知らせる。貴音からだ。
アプリを起動してメッセージを確認する。そこには唇を突き出し、その先からハートマークが出ている絵文字だけがあった。
「?!」
比企は今まで女子とメッセージのやり取りを行ったことがない。もちろん絵文字が何を意味しているのかもわからなかった。比企は困る。こういう場合、なんて返信すればいいんだ・・・?
比企は思う。
「(これってエナジードレインかな・・・)」
唇を突き出し、その先にはハートマークがある。古来よりハートマークは主人公の体力のことを表しているし、それを吸っているようにも見える。サキュバスが精気を吸うマンガもたくさんある。もしかしたら若い女子の間でサキュバス物の作品が流行っているのかもしれない。
貴音のような美少女にエナジードレインされるのなら本望だ。
「(絵文字で来たし、絵文字で返すべきだよな?)」
本文に何も打たず絵文字の候補を呼び出す。そこには比企の知らない絵文字がたくさんあった。
だが、顔を表しているものは地雷率が高いように感じた。うるうる涙目とか男が使うものではない。何か当たり障りのない絵文字を・・・
そうやって探しているうちに指でわっかを作っている絵文字を見つける。これなら男が使っても地雷ではないだろう。指だし。
「これで・・・送信、と」
たった一つの絵文字だけが載ったメッセージが送られた。
貴音はすぐにスマホを見る。
「!!!」
そこには”了承”を意味するOKの絵文字があった。貴音はそのままスマホを抱きしめる。
”ちゅーしたい”の絵文字に対して”了承”を表す絵文字が来たのだ。
今度はちゃんとした服装で会おう。そしてちゃんとお化粧をしようと誓うのだった。
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