第4話 邂逅
その日、比企の住むアパートにもスーパー快活のチラシが投函された。
そこには・・・
「なに!エリエーンのトイレットペーパーが150円?!嘘だろ?!」
エリエーンのトイレットペーパーは非常に尻触りが良い。やはりトイレットペーパーにもブランドがある。下手な安いトイレットペーパーにしてしまうとゴワゴワしていて尻にダメージがいってしまう。大変デリケートな問題なのだ。ちなみに比企はダブル派だった。
ちょうど食材も切れる頃だ。トイレットペーパーと一緒にいろいろと買い物しようと思案する。だがそこで、スウェット女のことが思い出された。
「まぁ・・・前も注意したし、今度は大丈夫だろう」
彼女はもうタブーを犯さないはずだ。店員にマークされることの怖さを知っていた。
でも、もし会えたら今度はちゃんと”どもらない”ように話をしようと思った。おそらく比企は彼女より年上だ。恥ずかしい思いをせずに堂々と会話したい。
明日は開店と同時にスーパー快活へ行こうと決めたのだった。
翌日
朝、目が覚めて簡単に朝食を作る。ウインナーを焼き目玉焼きを作った。味噌汁はインスタントで済ます。贅沢はできない。これで十分だった。
スーパー快活の開店時間まで時間がある。部屋の片づけをして、髪の毛だったり眉毛の手入れなどを行う。万が一、万が一彼女に出会ってしまった場合を想定してできることはやっておこうと思った。それに身だしなみを整えることはいつやってもいい。
服装は・・・まぁいつも通りでいいやと思いながら着替える。ジーンズとTシャツというラフな格好だが、こんな男はいくらでもいる。その中の一人にすぎないとあまり深く考えなかった。
開店時間前、部屋を出てスーパー快活へと向かう。そこにはすでに多くのお客様がいた。
そして山のように積まれたエリエーンのトイレットペーパー。カートにかごをセットし、トイレットペーパーをカートの下に置く。あとは店内を回って食材を調達すればいいかなと思った。
だが、そこに見慣れたシルエットがいた。スウェット女だ。
トイレットペーパーを手に持ち、なんだかキョロキョロと周りを見回している。
髪の毛はぼさぼさしていなかった。きちんと手入れされており、黒髪のストレートで光り輝いてさえ見えた。
一瞬、比企と目が合う。それを確認した彼女は嬉しそうにレジの方へ向かっていく。
「(ちょ・・・おい!)」
この前あれだけ言ったのに、またタブーを犯すつもりか?カートを押しながら彼女を追いかける。そこで彼女は急に立ち止まった。そして振り向きざまに言う。
「こんにちは!歯磨き粉さん!」
「は?」
自分に声をかけたのだと思うが”歯磨き粉さん”とは?そして彼女の声は大きく、周りの視線を集めていた。快活の中心で何かを叫びたくなる。とにかくこの場を離れよう。
「ちょっと、一緒に来て!」
「あっ・・・はい!」
彼女の腕を取り、1.5ℓのペットボトル飲料が山積みになっているスペースへ誘導する。そこには開店直後ということもあり人はいなかった。
いろいろと聞きたいことがあったが、とりあえず目の前のトイレットペーパーのことだ。この前あれだけ言ったはずだが・・・
「えっと・・・この商品はね・・・」
「はい!客寄せパンダですよね!」
「・・・」
知っていてなぜレジに向かおうとしたのか。彼女の顔をうかがう。相変わらずのスウェット姿だったが、髪の毛がちゃんとしているだけで全然印象が違って見えた。
めちゃくちゃ可愛い。それにうっすらと化粧もしているようだった。彼女はしっかりと比企のことを見ていた。
「あなたに会いたくてタブーを犯そうとしました。やっぱり会えた!」
「ええと・・・?」
比企は事態がよく呑み込めない。自分に会いたいからタブーを犯そうとしたと言ったか?疑惑の目を向ける。そんな視線に気が付いたのか、スウェット女は微笑みながら言った。
「あなたに会いたくてずっとここに通ってたんです。でもなかなか会えなくて・・・でも今日ちゃんと会えました!」
「そう・・・なのか。でも俺に何か?」
「たくさんお話しがしたいです!ダメですか?」
あまりに急すぎる展開に比企は戸惑う。だけど自分もどこかでまた会いたいと思っていたのだ。よくわからないが悪いようには思われてないし、ちゃんと会話ができている。
「君の名前は?俺は比企 真次っていうんだけど」
「私は未城 貴音って言います!比企だからヒッキーでいい?」
それを聞いて比企はショックを受ける。小学校の頃までは”ヒッキー”と呼ばれても全然問題なかったのだが、年を取るにつれ”ヒッキー”の意味する言葉の重みを知った。
それに今の”ひきこもり”の状態をオブラートに包まずに言われているようで心が痛い。美少女にヒッキー呼ばわりされたりしたらメンタルが崩壊してしまいそうだった。
「頼む!それだけは勘弁してくれ・・・!」
「ヒッキー・・・ダメですか?」
彼女は首をかしげる。比企だからヒッキーになにも疑問を感じていなかった。
比企はときめいてメモリアルのあだ名を変更するかのように提案する。
「まさつぐ・・・だから何か他にないか?比企は使用禁止で」
「うーん・・・じゃあ”マサくん”は?!」
「ま、マサくん・・・!?」
これじゃあまるで恋人ではないか・・・?!いったい自分の身に何が起こっているというのだ?スーパー快活に来てトイレットペーパーを買いに来ただけだが、あまりにも非日常の光景が広がっていた。
しかしそれでも”ヒッキー”と呼ばれるよりはだいぶマシだし、こんな可愛い女の子にマサくん呼ばわりされて悪い気はしない。それでお願いしようと思った。
「とりあえず買い物しようよ。俺は食材とか買おうと思ってるんだけど・・・未城さんは?」
「私はマサくんに会えたのでもう十分です!」
「いや・・・とりあえずなんか買おう・・・」
「はい!」
そう言って二人は一緒に買い物を始める。貴音はずっとゴキゲンだった。こんな思いをしながら買い物をしたことがない比企は居心地の悪さを感じていた。
比企は肉や野菜などを買ったり、合わせ調味料を買ったりして買い物をしていた。
貴音は冷凍パスタやカップラーメンなど手間のかからないものを中心にかごに入れていく。さらに駄菓子コーナーで駄菓子を大量に買っていた。なぜ女子は駄菓子に惹かれるのだろうか。比企はその様子を不思議そうに見ていた。
二人でレジに並び会計を済ませる。貴音は早く買い物を終わらせたいらしく、ソワソワしていた。そして二人で快活を出る。
「マサくん、これからお家行ってもいいですか?」
「えっ・・・?うちに来るの?!」
一応、朝に部屋を掃除したがファボリーズする時間が欲しいと思った。除菌と消臭をしてさわやかなスメルのする部屋でお出迎えしたかった。
「いやその・・・俺の部屋狭いし、女の子が来るようなところでは・・・」
「そういうの全然気にしません!いいですよね?ね?」
貴音の圧を感じる。話をするにしても荷物もあるし、彼女はスウェット姿だ。どこか喫茶店に行くとしても浮いてしまうだろう。
結果彼女に押し切られる形で比企の部屋に行くことになった。
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