第3話 逆転の発想

河川敷に到着して誰もいないことを確認し、電子書籍で購入した「江戸川乱歩 電子全集」を音読し始める。

これはブックブックウォーカーという電子書籍販売サイトで1冊10円という破格で売られており、コンビニで電子マネーにチャージして購入したものだ。全集そろえても160円。

昔の偉人の本だ。持っていて損はない。そしてこんな風に役に立っている。

ブックブックウォーカーはたまに破天荒なセールを行うことがあるから日々チェックしていた。


そうして草むらに座りながら一人で発声練習を行う。最初は恥ずかしい気持ちもあったが、女子と話して”どもる”よりはマシだと思い音読に集中した。

途中、自動販売機で買った缶コーヒーを飲みつつスマホに目を通す。


「こんな風に熱心に集中するなんて何年ぶりかな・・・」


比企は現在21歳だ。高校を卒業してからすぐに働いたが、すぐに挫折してしまった。

3年間は通ったものの、我慢して通った反動がこれだ。すっかり外に出る気力がなくなってしまったのだ。自分は社会にとって要らない存在なのではないか、自分のことなんて誰も興味ないのではないかとふさぎこんでしまった。

親からは定期的に連絡は来るものの、適当にあしらってやり過ごしていた。

だけどもうすぐ貯金が尽きる。アルバイトでもなんでもいいから働かなくてはならない。


スマホを見る。その着信履歴には「おとん」と「おかん」が連続して表示されていた。

ちなみに「おとん」からかかってきても電話口の相手が”おかん”だったりするし、「おかん」からかかってきても”おとん”が出たりする。この分け方に特に意味はなかった。


「はぁ・・・」


熱心にやっていた音読にも飽きてきた。そもそも”あの子”に会ってどうするというんだ。

たまたま店員にマークされないように手助けしてやっただけだし、相手もなんとも思っていないだろう。比企はライトノベルみたいな出会いは否定的だった。


それでも久しぶりに外の空気を吸い、なんだかデトックス効果(?)みたいなものを感じていた。最近はキャンプが流行っているらしいし、こうやって外の空気を吸うのもたまにはいいかなと思えた。


貴音 Side


スウェット女の名前は”未城 貴音(みじょう たかね)”という。

貴音は自分を助けてくれた男性のことが忘れられなかった。スーパー快活が出禁にならないのも彼のおかげだ。彼は確かこの前にロースかつ弁当にシールを貼ってもらったあとに主婦に怒られたときも現場にいたような気がする。ぼんやりだがシルエットを覚えている。

自分のことを心配してくれる人間なんて、もういないと思っていた。だから彼の優しさが身に染みた。


彼は自分の好みの歯磨き粉をズバリ選んでくれた。それに敬意を表し”歯磨き粉さん”と呼ぶことにした。

歯磨き粉さんにまた会いたい。彼にいつ会ってもいいようにシャンプーをポンテーン エクストラダメージケアという高いシャンプーとコンディショナーに変えた。


このシャンプーはあらゆる髪のダメージを修復してしまうという、怖いくらいすごいシャンプーだ。実際に彼女の髪の毛はみるみるうちに回復し、手ぐしでさらさらすけるようにまでなった。


服装にも気を使っている。実は同じスウェットが3着あり、外に行くときは洗いたてのスウェットを着るようにしているのだ。ボルドーといういい香りのする柔軟剤を使っているので、とても良い香りがするのだ。

だが他人からしてみれば毎日同じ恰好であり、彼女のこだわりは誰にも伝わってなかった。


「また午後6時45分頃、総菜売り場に行けば会えるかな・・・」


会えることを期待してスーパー快活へ向かう。相変わらず半額弁当争奪戦は熱を帯びていた。貴音はこの前怒られたことで若干のトラウマになっていた。


”こうすれば誰でも半額弁当を手に入れることができるのに、なんで誰もやらないの?”


と思っていたのだ。さらに彼女は目があまり良くない。1dayコンタクトは常備してあるが、もったいないのでつけないで生活していた。だから店員に露骨に嫌な顔をされてもぼやけていてハッキリ見えていなかった。


せっかく来たので半額弁当を買おうと思案する。ちゃんとかごを持ち、今度は正々堂々と半額弁当に向かっていく。

今日の貴音はコンタクトをしている。視界はクリアだ。私にも弁当が見える!

そうして竜田揚げ弁当(550円)を手に取った。ハンバーグ弁当(480円)と迷ったが、今日は鶏肉が食べたい気分だった。

ふと見ると隣の主婦も竜田揚げ弁当を手にしていた。しかも3パックも。

主婦と目が合う。主婦は何かに気づいたように目を見開いた。


「あなた・・・この前の・・・?」

「えっ・・・え?」


急に話しかけられてキョドってしまう。主婦は微笑みながら言った。


「ちゃんと買えるじゃない。あんなズルしなくても」

「はぁ・・・ど、どうも・・・」


この主婦はこの前自分に言い寄ってきた主婦だと気づく。主婦は弁当が手に入りゴキゲンだったみたいだ。そのまま主婦は鮮魚コーナーへと行ってしまった。


「(褒められた・・・!)」


なんの因果か、怒られた相手に褒められたのである。これは嬉しい。彼女は褒められることに飢えていた。

やはり歯磨き粉さんに出会ってから人生が好転している気がする。人に褒められることがこんなに嬉しいなんて。彼女は余韻に浸りながら総菜売り場に立っていた。

だが・・・待てど暮らせど歯磨き粉さんは来ない。

しょんぼりしながら諦めてレジに向かう。毎日来るとは限らない。明日に期待を込めた。


次の日も午後6時45分に総菜売り場にいたが、歯磨き粉さんが来る様子はない。


その次の日は体調を崩して寝込んでしまった。

毎日引きこもっていたのに連続で長時間立ちっぱなしだったのだ。これは体調も悪くなるというものだろう。

結果2日寝込み、回復してまたスーパー快活に行ったが歯磨き粉さんには会えなかった。


貴音は考える。歯磨き粉さんとどうしたら会えるのか。そこで逆転の発想が生まれた。


「私がタブーを犯すとき・・・歯磨き粉さんは現れる!!!」


もうこれは運命だ。こうすれば絶対会えると思った。会って彼の部屋に行こうと思った。それくらい気持ちが高まっていたのだ。


その次の日、貴音の住んでいるマンションのポストにスーパー快活のチラシが投函される。

彼女は静かに微笑んだ。


ついにタブーを犯す時がきたのだ・・・



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