第2話 スウェット女、再び

あくる日


家のアパートのポストにチラシが入る。

それは新聞を取ってなくてもいい。コピー用紙にモノクロで印刷されたお手製のチラシだ。スーパー”快活(かいかつ)”はお客様のことを第一に考えてくれている素晴らしいスーパーだ。


「ボックスティッシュ5箱で150円だと?!」

これは買いに行かねば。普通は300円以上する。普通の半額以下だ。


だがあくまでこのティッシュは”客寄せ用”にすぎない。この激安商品でお客さんを呼び寄せ他の物を買ってもらう魂胆だ。それにはちゃんと応えないといけない。


開店と同時に快活の店内へ向かう。狙うはもちろんボックスティッシュだ。

山のように積まれたティッシュを取りカートの下へ置く。これで今日の目的は達成したが、客引きアイテムだけ買うなんてタブーすぎる。他にも何か買うべきだ。

そう思って店内をカートを使って歩いていたところ、ボックスティッシュを片手にレジに向かおうとするスウェット女を見つけてしまった。


「(あいつ・・・!)」


この前より髪の毛はぼさぼさしていないが、相変わらず上下グレーのスウェット姿だった。

スウェット女は”ティッシュだけ”買うつもりだ・・・それだけはやってはいけない!


比企はなんとしても彼女を止めたいと思った。あまりにタブーを犯し続けると店員にマークされ買い物しづらくなってしまう。こんな素敵なスーパーを出禁なんてされたら可愛そう過ぎる。


おそらく彼女も近所なのだろう。それでなければあんな無防備な姿で買い物なんかにこないはずだ。なんとかしてコンタクトを試みる。彼女はまっすぐレジに向かって歩き出していた。


そこをレトルト食品コーナーを抜けてショートカット。先回りすることに成功した。

眼前には彼女がいる。意を決して話しかけた。


「あああ、あの・・・すすすみません・・・」

「えっ・・・な、なに、なん・・・ですか?」


お互いあわあわしている。初めて地球外生命体に遭遇した人みたいになっていた。

落ち着け比企、彼女の今後を守るためだ。そう自分に言い聞かせ、ティッシュの件の説明に移る。


「このティッシュ・・・客寄せパンダなんだ。あ、あの・・・だから・・・」


”客寄せパンダ”と言われて首をかしげている。そのしぐさが可愛いかった。ちょっと見とれてしまう。


「ええっと・・・これでお客さんを釣って、他の物を買わせようとする、ってことだよ」

そういわれ少女はおずおずと口を開く。


「そそそ、それって・・・つ、つまり?」

まだよくわかってないらしい。ここはぶっちゃけて話したほうがいいだろう。


「ティッシュだけ買ったら店員にマークされるかもしれないから・・・だ、だから他にもなんか買ったほうがいい・・・よ」

「!!!」


彼女は何かに気づいたらしい。目を丸くして驚いていた。

「そ、それはその!困る・・・」

「そっ、そうだよね!?じゃあ、その・・・一緒に・・・」


誰だって店員にマークされたりしたくなんかない。比企は一緒に買うものを選んであげることにした。


「ほら・・・あの、生活必需品とか。歯ブラシとか歯磨き粉だったり・・・」

「うん・・・うん!」


そう言って二人で店内を回る。彼女は比企の言うことを聞き、かごを取り商品を入れていく。そこで気づいたように顔を上げる。


「あの・・・お金・・・千円しかもってない」

まぁティッシュだけ買おうとするなら千円札だけで十分足りるし持ち合わせがないのも納得だった。なら千円以下で調整してあげようと思った。


「なにもたくさん買えってわけじゃないんだ。だ、だからこれだけ買えば・・・じゅ、十分だと思う」


彼女のかごには歯ブラシ、歯磨き粉、台所用洗剤、お風呂の洗剤が入っていた。ティッシュを入れても千円で収まるだろう。

一緒になってレジへ並ぶ。やがて会計が済み。二人一緒に袋詰め作業を行う。

彼女は何か言いたげだ。ゆっくりとその言葉が出るまで待つ。そして・・・


「あ、あの!ありが・・・とう」

「うえっ?ああ・・・近所なんだろ?また会うかもな。そ、それじゃあ」


そう言って比企はいそいそと帰っていった。その後ろ姿を見て「あっ・・・まっ!」と言っていたが比企が気づくことはなかった。


無事にティッシュを買って部屋に戻ってきた比企はものすごい羞恥心に駆られていた。

「女の子と話すのにどもりすぎだろ俺ーーーー!」


頭を抱えながらかがみこむ。正直ここまで話せなくなっているとは思ってもみなかった。

普段ずっと部屋にいて誰かと話すことなんてない。人間、会話を長い間していないとほとんど喋れなくなってしまうのだ。例えば小説を音読したり、声に出して何かをすることで再び以前のように喋れるようになる。比企は自分にリハビリが必要だと悟った。


「・・・でもあの子、可愛かったな・・・」

そんなことを思う。誰かに感謝されること自体数年ぶりだ。それが嬉しかったのかもしれない。


「よし、またあの子に出会っても大丈夫なように声だししよう!」

「あーえーいーうーえーおーあー・・・」

ドゴーン!とものすごい勢いで壁が殴られる音が響いた。これが本来の壁ドンだ。


「すすす、すいません!」

壁を殴った主に謝罪をする。するとその場がしんと静まりかえった。


そうだ、このアパートは壁が薄いんだった。いつもいるから感覚がマヒしていた。

河川敷にでも行って発声練習してこようと部屋着から着替えて、スマホを持ち外に出た。

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