ひきこもごも ~そのひきこもり、無職につき~
天然由来
第1話 プロローグ
時は午後6時45分、とあるスーパーの食品総菜売場。
様々な人たちがこの売場に訪れる。
仕事を終えた会社員、主婦、一人暮らしの学生、年金暮らしの老夫婦・・・そしてひきこもりである。
彼らはそれぞれに事情を持ちながら人生を歩んでいる。いつからそんな人生になってしまったのかは、もう覚えていない。気がつけば”そうなっていた”のだ。
そうしているうちにスーパーの店員が半額シールを貼りにバックヤードから出てくる。
刹那・・・総菜売場に緊張が走る。
全員が目をギラつかせ、だがあくまでも「たまたま通りがかっただけですよ」というスタンスは保ったままだ。
まず最初にロースかつ弁当(580円)に半額シールが貼られていく。そこで俺こと比企 真次(ひき まさつぐ)は動いた。
今日はとんかつが食べたい日だった。このために30分近く前から現場をうろちょろしていたのだ。
半額シールが貼られるタイミングは毎日微妙に変動する。5分たりともバカにできない。
半額弁当の華であるロースかつ弁当を狙って様々な人間たちが集まってきた。
まず仕事を終えたサラリーマン。素早い動きで弁当を手に取った。その顔には笑みを浮かべている。勝者の余韻を味わっていた。
次に主婦。毎日の家事に追われ、疲れきった彼女らにとって総菜弁当は救いの手のようなものだろう。3パック、かごに放り込んだ。
さらに老夫婦。年金で暮らす彼らにとって半額弁当は食費を抑えるための重要なファクターだ。二人分、2パックをかごに入れた。
最後に学生。彼らも食費は切り詰めて生活しているが、若い。肉が食べたい年頃だ。さらに自炊なんてめんどくさい。弁当で済ませて勉学に専念したいのが本音だろう。
学生は3パックかごに放り込んだ。毎日同じでも彼らにとってはごちそうだ。
そうしているうちにすべてのロースかつ弁当が売り切れた。比企は現場に最初に乗り込んでいたのだが、奥手で人がいるところに入っていけないため、その様子を後ろから見ていることしかできなかった。一言「すいません」が言えればいいのだが、絶賛ひきこもり中の比企には相手とのコミュニケーション能力は絶望的に皆無だった。
悔しさをにじませる比企。そこに信じられない光景を目にしてしまう。
それはあらかじめ弁当をかごに入れておき、半額シールを貼る店員が出てきたら商品を提示してシールを貼ってもらうという「半額弁当申告制度」だ。
だがしかし、この方法はとても卑怯な手であり、また店員も露骨に嫌な顔をするので、滅多に使ってはいけない禁忌(タブー)なのだ。
髪の毛がぼさぼさのロング、上下グレーのスウェット姿の女が店員に向けて弁当を差し出す。
その様子を確認し、露骨に嫌な顔をする店員。比企はその様子を直視できなかった。
嫌々ながらもシールを貼り、その弁当は無事に”半額の権利”を勝ち取った。
だが、そこで物言いが入る。先ほど弁当を買えなかった主婦がスウェット女に詰め寄っていく。
「ちょっとあなた!それは流石に卑怯なんじゃないの?!」
「うっ?・・・え・・・あ・・・」
スウェット女は嗚咽のような声を出した。
比企は「あいつもひきこもりか・・・」と他人事には思えなかった。だが半額弁当申告制度というタブーを犯してしまったのだ。この物言いは仕方がないだろう。
”誰かに怒られればいい”と内心ちょっと思っていたので、胸がスカッとした。
やがてスウェット女は「ごごご、ごめ・・・!」と言いながら逃げるようにレジの方へと駆けていった。弁当を手放さない辺り、相当ロースかつ弁当が食べたかったのだろう。
それを見届け、総菜売場を見るともうのり弁しか残ってなかった。
のり弁(330円)はなぜ売れないのか。それは半額にならず30%引きシール止まりだからにほかならない。
もともとが安いため、大幅に値段をさげられないのだ。安くなって231円。半額のロースかつ弁当が290円なのだから、少し足してロースかつに行こうとする気持ちが分かってもらえるだろう。
のり弁と他にも安くなっている総菜を買い、さらに弁当のお供にペットボトルのお茶を買う。お茶はお茶の葉を買って自分で入れたほうが圧倒的にコスパがいいが、急須もないし、飲んだ後の茶葉を処理するのも面倒なのでペットボトルのお茶を買って飲んでいる。
自宅であるアパートに帰り、ちゃぶ台の前に座る。
「今日はのり弁かー・・・。いや、おいしいんだよ?のり弁だって。でもさー・・・」
比企はとんかつに未練があった。
ちなみにのり弁はごはんの上に海苔が敷いてあり、その上に白身フライ(タルタルソース付き)とちくわの天ぷら、コロッケ(半分に切られたもの)、きんぴらごぼうと330円でも十分満足できる弁当となっている。
「はぁー・・・」
ため息をつきながらのり弁を食べる。その時、今日見かけた上下スウェット女を思い出す。
主婦に言い寄られ”どもって”いた。彼女も自分と同じ、生きづらい人生を歩んでいるのか。
髪の毛ぼさぼさではあったが、顔は可愛い女の子だと思った。だからこそもったいない。
髪の毛や服装をきちんとすれば光る原石だと比企は思った。
まぁ、他人の心配をしている余裕はない。自分の人生だけで精一杯だ。貯金ももうすぐで底をつく。スマホ(通話とデータ3GBの990円プラン)でバイトを探してみる。
「働きたくねぇなぁ・・・」
つい、本音が口から出てしまう。だが働かざるもの食うべからずだし、生活もできない。
夕食を終え、明日から本気出す!と言ってマンガ本を読み始めた。
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