第22話 一人で

 渚の乗った電車に飛び乗ろうとしたが既に発車済みだ。東京は電車の回転が早いとは言え次が来るまでに五分もかかる。

「急がないと…!」

 頭を回転させる。最短で最速で渚より先に着く方法を考えろ。と、五秒考えた後に解答は得た。

「紗弥起きて」

 彼女の力を借りるほかない。最初の頃より動きも慣れ加減も効くようになってるし今ならこんな無茶もできるだろう。

「ん?」

 頭に直接短い返事が聞こえた。私の中に忍ぶ紗弥の力を借りる。

「走るよ!」

 一時ながら、私は『鬼』になる。

 人には見えない姿、人ではない脚力で現場に直接向かう作戦だ。貴重品以外は民家の屋根に置き、その脚で走りだした。

 線路沿いの道路を、電車も音も置き去りに駆け抜ける。風を感じる暇もないほどにスピードは出る。一週間のうちにコントロール出来るよう練習した甲斐があった。気がつけば発生地点の最寄り駅に着いていた。少し上がった呼吸を落ち着け、一人暮らしをする渚のアパートへまた走る。

 勢いで来たけど自分一人で受諾して現場にやってきたのは初めてだった。

「異界化も確認。…よし」

 怪異は隣の家…空き家にいるらしい。気配は感知できる。紗弥の力で視界も明るくなり虫だって見逃さない。夜に曰くつきの空き家なんて近寄るだけで怖いはずだが、一週間のうちにもっと怖いものを沢山見てきたので部屋にズカズカと踏み入る。

 キッチンと思われる場所に怪異はいた。腰まで伸びた傷みきった髪。赤いぼろぼろのワンピース。間違いないだろう。

「そこでなにしてる?」

 とりあえずは一声かける。ただの不審者なら追い出してまた探すだけのこと。

「ぉぉぉぉぉおおおお」

 振り返った顔には大きな口があるのみ。笑顔で底から響くような声を上げながら怪異が走りよる。この手はむしろ得意になりつつある。鬼の私に呪殺は効かない。ならばあとはガチンコで取っ組み合いをするのみである。

「っらぁ!!」

 私を掴もうと伸ばす腕を弾き即座にもう一本の腕を掴み、柔道の要領で床に叩きつける。もちろん全力でこんなことをすれば床もただでは済まない。ので、奇声を上げる怪異を開けたままの玄関から外へ放り投げる。

 アスファルトにうちつけられてもまだ立ち上がろうとする怪異へ、地に叩きつけるように全力でビンタを放つ。バァンと銃声じみた破裂音が顔の無い頬から鳴らすと流石に動かなくなってくれた。

「そしたら…」

 倒れた体に手を当てイメージする。火を。

 瞬く間に怪異は火に包まれ灰となって空へ昇って行った。

 物理で気絶させ、地獄の火を以て火葬する。紗弥がやってみせた一番手っ取り早い作戦である。

 仕事は完了した。多分怨霊か地縛霊である旨をメッセージで返す。

 所要時間は五分くらいだったろうか。渚が来る前にすぐに帰ろう。

 そのまま荷物を回収し家まで走る私はスマホの着信音に気付き立ち止まって確認する。メッセージに不備でもあったっけ?こっちもテンプレート通りに送ったはずなのに。そう思いながら開いた画面を見て私は青ざめた。

『うちの前で灯火ちゃん見かけたけどさてはサプライズかな?』。

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