第20話 私と渚

 私と渚は小学校からの友達だ。中学校は同じで高校は別。本当は同じ高校に行きたかったが彼女は頭が良いので必然的、頭の良い高校に行った。それでもバイト先は同じ所なので何度でも会えるので良いとする。

 彼女の左腕は義手である。高校一年生のとき、駅のホームで自殺を図った男性を助けようとし、間に合わなかった。男性は即死で、救うために伸ばした左腕は列車に弾き飛ばされた。もしそこで彼女が呆気に取られるなりして硬直していれば、私はまたその左手を握れたのに。

 治療に当たった病院側は彼女に『最新の義手研究の治験』を懇願した。そしてその願いに対して彼女は「それが誰かのためになるなら」と治験を受け入れたのだ。専用に誂えた義手は血管と神経の一部を身体から引き継ぎ、彼女にある程度の触覚と精密な動きを与えた。

「腕は戻ったし治療費も負担してもらったしで悪いことばかりじゃないよ?」

 そう笑う彼女の表情は穏やかで、絶望も後悔も感じさせなかった。

 渚は聖人だ。私にそんな高潔で聖人な振る舞いが出来ればいいのに。幾度もそう思った私は、いつしか渚へ、羨望とも妬みともつかぬ感情が芽生えてゆくのだった。

 渚は親友で見本で恩人で。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る