第19話 火の車

 仕事と聞いて向かった現場は杉並区であった。あんた新宿担当じゃなかったのか。

「担当地区は当人の実力と実績を審査してコロコロ変わるんよね」

 そう漏らす亜摩音さんはマンションから一番近い現場を選んだらしい。

「今回のお相手?」

「怨霊らしいよ。東京だと一番多いよこの手は」

 着いた場所は線路下の駐車場だ。

「異界化もされてるっぽいし、このままやるよ」

 この異界化というのも専門の部隊がいるらしく、怪異を確認→異界化作業→二課連絡という流れらしい。どんな人がやってるんだろう。

 わざとらしく亜摩音さんが足音を鳴らす。すると、いくつか止まっている車全てから同時に人が出て来た。否、その姿はもう人と呼べるものではない。

 臓物を垂らし浮遊する上半身だけの男性、首の無い女性、全身泥だらけの老婆、とそれぞれが痛々しい姿を持つ。

「本体が一名。他六名はそれに呪い殺されたってかんじで。まあよくある」

 絶句する私と対照的に、冷静な分析をする亜摩音さんの様はまさにベテランそのものだ。

「この人達全員退治ですか?」

 ほんのり震えながら放つ言葉に我ながら呆れる。もっと怖い経験したのに、恐怖にまだ慣れてない。

「うん。かわいそうだけど全員送る。下がってて」

 言い終わったのと同時に、亜摩音さんの髪が燃え上がる。…いや、『火』を纏い始めた。

「送れ。火車」

 そう唱えると亜摩音さんは姿勢を落とす。中学の頃陸上部に一ヶ月在籍したとき見たことがある。片手だけついたあのスタートの姿勢を。

 その瞬間姿は消え、景色が燃え盛る。聞こえたのは悲鳴と嗚咽とゴロゴロと轟音を上げる車輪の音だった。

 炎上し焼け焦げる怨霊達が焼失する。景色の色は落ち着くがそれでも周囲の車は真っ赤な火柱を立ててる。その色、昨日の紗弥が見せた叫喚を、『地獄』の火を思い出す。

「あとはお前だけだ」

 炎を散らしながら赤みがかった髪の亜摩音さんが姿を現す。走り終わったのかな?

「…す…殺…す」

 残った本体は若い男性であった。風貌も今時の大学生のような。真っ黒に染まった眼球、裂けてなお開こうとする顎が亜摩音さんを襲わんと焼けた体で歩き始めた。

「頑丈なこった。特別に食ってやろうか」

 パチッ、と亜摩音さんは指を鳴らす。その音が周囲に反響するなり、使い魔は出現した。

 二メートルは越える、炎に包まれた木造の車輪。その二つの車輪の間に立つ獣。二本足で立つ恰幅の良い肉体。どことなく猫科を思わせる風貌。これが亜摩音さんの使い魔なのか。

 火車は極太の腕で大学生の怨霊を掴み上げる。怨霊も振りほどこうと暴れながら血を吐く。が、抵抗虚しく火車は頭ごと齧りとり、数秒もしないうちに怨霊を平らげて見せたのだった。

「灯火」

「わ!!」

 またも後ろから驚かされた。背後にはニヤニヤと笑う小さな鬼、紗弥がいた。

「またやってくれちゃってもう!」

 仕返しに紗弥の両の頬を引っ張る。

「あれは地獄と関係がある妖怪。同郷の彼女とは友達になれそうだね」

 もっちりと伸ばされた顔のまま紗弥は呟く。

「同郷?」

 そう言えば紗弥も鬼だし、地獄の獄卒も鬼だった。地獄に由来を持つ者同士、合う所もあるのだろう。

「さ!一件落着したし帰ろ!」

 いつの間にか火車は姿を消し、黒髪に火を纏ったまま亜摩音さんはタクシー?を呼んだ。

「どうするんですかそれ」

「猫も出して派手に燃えてるから一日は隠さないとだね。タクシーは局の職員がやってくれるから安心して」

 確かに普通のタクシーであらば、角の生えた女子高生&燃えた髪の美人なんて乗せないだろう。

「やっぱ猫なんですか!?」

「うん。会話は出来ないけど可愛いもんだよ。」

 雌でゴリマッチョの猫か~。






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