第8話 嗤う鬼
目に入る何かを脳が認識するとき、記憶或いは培ってきた常識に合うかどうかを人は無意識に実行する。そして知らないからこそ印象は残り、脳に衝撃を与える。見たこともない荘厳な景色も。考えたこともない芸術作品も。想定するはずもない凄惨な殺戮の現場もだ。それら全てを圧縮したかのような存在を、私は視た。そして私も視られたのだ。
「お…に…?」
案内された地下には厳重に、幾重にもワイヤーで拘束された『鬼』がいた。
「そうです。まだ試作段階で完成してはいませんが確かに鬼です。学習プログラムをある程度積んでいるようで知能レベルは大体小学校卒業くらいでしょうかねぇ」
死体のように青白い肌。澄んだ真っ黒の美しい瞳。攻撃的に前を向いた二本の角。その全てを私に向け妖艶に微笑む小柄な少女がいた。
「あ…!」
見入ってしまっていた。えっと聞く限りだと角のある小学生みたいな?
「あの…本人の名前とかは」
「それは対話の中で聞きだしましょう!別室から応援してますよ!」
ぬるっと部屋から出るなり久保さん。
「ちょっと待って下さいって!!いや鍵閉めないでよ!」
虎の檻に閉じ込められた気分だ!相手は拘束されているとは言え場面が怖すぎる!!落ち着け。何かする前に取って食われることも無いでしょ。
「あーっとね…」
冷や汗を拭い三回深呼吸して、私は少女を向く。対話のお時間だ。ミスったら死ぬって?やーねぇ。
「私の名前は稗田灯火。君の名前…は信頼してからでも教えて欲しいな」
高く磔になった少女に目を合わせ、私の名前を告げた。続いてくれるだろうかこのキャッチボール。
「とうか」
喋った!当たり前だ喋って当然だ口あるし。だがまだオウム返しだ。もう少し振ってみようか?
「ここに来たばっかでね?まだよく分からないことの方が多くってその…良ければでいいからまず君について知りたいかなぁ…って」
しどろもどろ。子供と会話する機会とは年を経る毎に減るものなんだから仕方ない。
「今何時?」
よくある言葉であるのに、ある種場違いな問いに一瞬びっくりした。
「え?今は」
腕時計はバッグに入れてしまってる。スマホを開いて時刻を確認する。
「今11時過ぎくらいだよ」
画面を見せながらそう言った。すると少女は何故か嬉しそうに鼻で笑った。
「もう少し待ってて。その間何か話して」
何かあるの?夕飯まだなのかな。
「あ…うん…」
何か話すこと。しかしそれは私と言う人間を知るための材料提供なのだ。会話は好きだしいっぱい話してみたいことはある。バイトのことも、勉強がうまく進まないのも、恋ばなも。
そこから他愛も無いような『私のこと』を話していった。嫌いなお客さんが来て嫌だったーとか。世界史は得意なんだよねーとか。しばらく緩い時間が流れ私はすっかり声もノッてきていた。少女からは何も話しかけては来ないけど時々くすくすと私のボケに反応してくれた。これが『対話』になるか分からないけども、私は楽しく話せていた。
「今何時?」
私の愚痴に一段落したとこで少女から声がした。そう言えば時間を見てなかった。
「ああ今はうぇーっと…12時半だね」
こんなに経ってたの?予想外だけど友達と話してると案外結構時間が早く感じるものだから仕方ないね?
「うーん…でも十分かな」
少女はボソッと呟く。そのとき、聞いたことのない金属音が響いた。正体は拘束具を引きちぎる音だ。あっさりと自分を解放し仰せた少女は私に歩む。呆気にとられる私に伸ばされた手は華奢そのもので死んでるように美しく、それが握手を求める柔らかい手つきであることはすぐに理解した。
「僕は紗弥。これが婚姻だっけ?」
僕っ子に結婚を迫られた。今日は濃いなぁ。
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