第3話 臨界

「嫌な客ばっか」

 店員に威張るなりは百歩譲って許せる、けど一番面倒なのは常連になったつもりで踏み込んでくる人間達にほかならない。全く全く。帰路は行きより長く感じる。

「あれ?」

 信号の前。青なのに動かない人影が見える。スマホでもいじってるのかな?なんて思ったときだった。

 人影は信号を背にこちらを向いていた。

「…え?」

 違った。血の気が引く感覚が全身を走る。人影の体は信号を向いているのだ。

 その首が180度回っていることに気づいたときには既に、人影は私に向かい走り出していた。

「まっ…!」

 見るも異様な後ろ向きで走るその姿に脳が追い付けず、それでも体は異常を察知して逃げようとしてくれた。

「oooooOOOOOOOOOoooo」

 響くのはあの異形の声だろうか。パニックになりかけながら走る脚はこんなにも遅いのか…。こんなことなら運動部にでも入ってればよかった。

 もうほんの少し。すぐそばまで走ってきてる。殺されるのかな?噛みつかれるかんじ?タックルだったり?と冷静になろうと頭が考え始めたあたりで背に手のようなものが触れた。

 一瞬。記憶がフラッシュバックする。戻ってきたテストの点数に愕然とする中学時代が。

「そうまとう??!」

 走馬灯を見た直後だった。

 燃えたのだ。

 視界は赤く染まり、自分の影が眼前に拡がりついに転んだ私は這いずりながら後ろを振り返る。そこには赤々と燃え盛り、それを燃やす炎がいた。

 人影は豪快に火柱に抱かれ、数秒した後灰も残さずに消えてしまった。

 短時間に起きた事態に頭が整理をつけられぬまま。

「おい」と空気を裂く音がした

 久しく人の声を聞いた気がする。それほどに長く地獄のように感じられた時間は、女性の声で幕切れとなった。

「あれしきのモノに何故逃げた…この地区ではこうも育成がなってないのか…?」

長い黒髪。ダウンジャケットを着こなした女性が立っていた。その呆れたような一言一句はこの状況に何一つ適していない。なに言ってるのこの美人?

「あ…ぁ…」

 だめだ震えて声が出ない。腰も抜けてしまっている。なんとか振り絞れ。

「あ…あなたは?」

 精一杯に発した言葉は耳に届いたのか、しかしまたも訳の分からない言葉が返ってきた。

「東京都駆妖局第二課、三神亜摩音。担当は新宿区だが?」








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