シュガーポット

ろくろわ

角砂糖

大通りから少し外れた路地にある喫茶【陽だまり】


私は中に入り一番奥の窓際の席に腰掛け、外を見た。斜め向かいの【cafe fiore)フィオーレ】では、ランチの準備に向け可愛い制服の店員がテラス席の準備をにしていた。


この辺りも随分と変わり知らない店も増えたのだが、この店が残ってて良かった。

私は変わっていく景色の中、あの頃と同じままの

【陽だまり】が合ったことに少し頬が緩んだ。


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内浜うちはま 綾乃あやのが、この街に来たのは大学を卒業してからだから、10年ぶりになる。


大学時代の友人、井上いのうえ はるかから「久しぶりに合おう」と連絡が来たのは、つい3日前の事だった。

本当に偶然、に予定が無くて時間を合わせやすかった。


腕時計を見ながら時間の確認をする。

待ち合わせの時刻にはまだ余裕がある。


私は1席に1つずつ置かれている小さな硝子のベルを手に取ると、小さく揺らした。

ベルの中の小さな硝子玉が当たり、チリンと耳心地の良い音を奏でる。


【陽だまり】で頼むものは昔から決まっている。

小さな珈琲セット。

日替りの小さなケーキとブレンドの珈琲。

この2つだけのセットだが、私はいつも幸せな気持ちになれた。

そしてもう1つ。これを頼むのには理由があった。

このセットの珈琲には、可愛い硝子のシュガーポットに入ったリボンやお魚、星などをモチーフにした彩り鮮やかな小さな角砂糖がついてくるのだ。


私はそのシュガーポットから薄水色のお魚とオレンジ色の星を取り出し、夜空の色をした珈琲の中にそっと落とす。

小さな泡を立てながら、ゆっくりと沈んでいくお魚と星を見ながら2~3回スプーンを回す。


まだ角砂糖の溶けきっていない珈琲は、ほろ苦く、そして遠くで少し甘かった。


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波多野はたの ひとみ

高校のときの同級生で、いつも近くにいてくれた人。

そして、瞳は馬鹿な人だった。


きっと瞳は初めて出会った事など覚えていないだろう。1年次は違うクラスだったし、2年次の文理選択では理系って響きがかっこいいと言う理由だけで理系を選んでいた。

私は文系を選択したのだから、そこから同じクラスになる事は無かった。


実は私に初めて声をかけてくれたのは瞳からだった。

高校入学後、各クラス1名ずつ。クラス分の資料を取りに行った時、偶々隣にいたのが瞳だった。

代表者の氏名が書かれている資料を受け取ったとき、瞳は私の名前が書かれている資料を見て

綾乃あやめっていう名前なんですね。紫色の花が咲きますよねー。俺好きなんだよね。そう言えば綾乃あやめさんも何だか花の色の雰囲気がしますね」

1人で話し、そのまま行ってしまった。


私の名前は綾乃あやのだし、漢字の読み方間違ってる。

それに、あやめは菖蒲だし。馬鹿だなぁ。

たったそれだけの事だったのだが、その後の私の雰囲気を色で例えた瞳が何だか気になった。


そこから、クラスの前を通る時や何かあると意識して見るようになった。

次に話しかけたのは私からで、入学してから3ヶ月は過ぎた頃だった。


瞳は全く覚えていなくて、少し残念な気持ちになったのは今でも覚えている。


話した日から、瞳は私を綾乃あやのとして接してくれた。

瞳はやっぱり馬鹿だったけど、受け取る感性は凄く綺麗だった。


私は小説を書くのが好きだった。

将来文学に携われる仕事に就きたいとも思っていた。自分でも話を書いたりしていた。


瞳と一緒にいるうちに、私の書く話には、私の気持ちが出てくるようになっていた。


書くだけで良かったのに、瞳に見てもらいたいと思うようになった。

勇気を出して瞳に書いている小説を見せたとき瞳は、凄くキラキラした目で私の小説を読んでくれた。


私の小説を読んでから瞳は、自分で読書をするようになった。

私の世界が綺麗だって。

どうしてそんな話を書けるのかって。

自分も書いてみたいって。


ほら、やっぱり瞳は馬鹿だ。


瞳。

この主人公の女の子はね私の気持ちなの。

この主人公の相手はね。馬鹿な人なの。


高校の教室。

遠くに聞こえる運動部の声。

カーテンが揺れ、窓から入る風の形。

1つ隣の椅子に腰掛け、小さな携帯の画面を見ている瞳のひとみ。


私はそれをチラリと横目で見る。


このままでもいい。


でも、卒業は後少し。

同じ時はずっとは過ごせない。



「瞳って、女の子みたいな名前だよね。

今度私が瞳のひとみって小説を書いてあげるよ。

そうだ、瞳も書いてみるといいよ。

きっと綺麗な話が書けるよ。そしたら、お互いの話を見せ合おうよ」


卒業間近。

私は瞳にそう話した。


……………………………………………………………


珈琲の底のほうには、溶けきれなかった角砂糖が残り甘ったるくなっていた。

私はこれが好きだった。


『綾乃ー。お待たせ』


丁度珈琲を飲み終えたとき、大学時代よりも大人になった遥が此方に向かってきた。


『久しぶりー遥。元気だった?』


『私は元気だよー。あれ、子供は??』


『今日は偶々主人と時間があったから預けてきちゃった』


『そうなのー?そしたら今日はいっぱい羽を伸ばそうね!それじゃあ行こっか!』


私は、カラフルな角砂糖の入ったシュガーポットの蓋を締め、遥と共に店を出る。


瞳。

私はね、本当はね。

ずっと前に、卒業前に瞳のひとみを書き上げていたんだよ。

見せられなかった私の気持ち。

卒業してからも逢えるかもって口実の為の私の弱さ。


瞳は私に綺麗な形の甘い角砂糖を沢山くれた。

淡いオレンジのウキウキするような星の形の。

すぅーと自由に泳ぐ水色のお魚の形の。

鮮やかな桃色のお花の形の。


最後は茶色くて少し大きな角砂糖を。


私は1つずつ硝子のシュガーポットにしまっていって蓋をした。


瞳。

私はね、もう小説は書いていないの。

私の色が溢れた話はもう書けない。



外は晴れ、1月にしては暖かい。

気持ちの良い日だ。

遥と昔話に花を咲かせながら、【陽だまり】を後にする。

胸に残る苦くて甘い角砂糖の余韻を残して。


















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シュガーポット ろくろわ @sakiyomiroku

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