第14話:『俺』

 評価をもらえたのが嬉しくて、もっと欲しいと思うようになった。ウケそうな要素を入れて、読者を引っ掛けて内容勝負。小賢しい考えと共に書き始めた。

 最初の展開ありき、なのは処女作と変わらないが、最初の時点で終わり方も考えていた。今回は始点と終点を設けて、あとはライブ感で進む。

 終点がはっきりしているおかげで、物語の進行を上手く制御しつつ、それでいてその時その時で面白い展開を組み込んでいくことが出来た、と思う。

 もちろん僕視点の話なので読者にとってはわからないけれど。

 終点さえ、ゴールさえ見えていれば迷わない。多少遊んでも、横道に逸れても、目線が其処に在れば本筋からは外れない。

 二作目で自分なりの作り方が見えてきた。多少は媚びた(今思えば市場調査が甘過ぎる。なので多少)だけあって、少しずつ数字に表れてくる。

 徐々に、徐々に増えていくPV数。お気に入りの数も、星の数も、基本はずっと右肩上がり。浮かれていたと思う。全能感すらあった。

 今はまだ読者は少ないけれど、自分の作品は好かれている。気に入ってくれている。周りはお気に入りを外されたとか騒いでいるけれど、僕の小説はそんなことない。僕の小説は違うんだ。僕は面白い。僕は違う。

 愚かな考えだった。今の僕から言えることは一つ。自分が面白いと思うものを真摯に書いている人ならば、続ければきっとその人の、自分の面白いに共感してくれる人が現れる。何も違わない。お前はみんなと同じだ。

 今の僕は同じことを悪いと思わないけれど。創作を続ける者は自分と、周りの目と、様々なものに向き合いながら時間を使って何かを生み出している。小説に限らず、絵やアニメ、演技とかだって同じこと。

 僕は彼らを尊敬している。クソな天狗小僧だったが、何かを創り出していたあの頃の自分はまだ、尊敬に値する、いや、やっぱあの頃の自分は嫌いだわ。

 調子に乗り過ぎだ。

 とにかく皆何かを削り、戦っている。それを自分だけと思うのが烏滸がましいことだった。おごり高ぶり、前が見えずにただ自己への評価だけが上がる。

 数字と共に増長し続ける。

 中学三年、友人の誰かが僕の活動をばらし、そこそこ数字を持っていた僕はほんの少しだけ人気者になることが出来た。

 これも生まれて初めてのこと。ここでも有頂天だ。死にたくなる。

 ネットでもリアルでもちやほやされた。もう勉強なんて手につかない。自分は小説で、文章で食っていく。浅はか過ぎる夢に向かい進み続けた。

 ゆっくりと、しかし着実に積み上がる数字。

 二作目は学校に通いながらだから完結は遅くなったが、これまた我ながら着地が上手くいった。上手く行き過ぎた。

 あれはまあ、ちょっと自分の実力を超えた着地だったと思う。構想していた最終回にちょい足しして、そりゃあもう完璧な着地を見せた。

 あの瞬間だけは誇っていい。もちろん僕の主観だ。

 ランキングに乗った。ほんの少しだけ跳ねた。一瞬、頭の中に書籍化が過ったが、其処には到底及ばぬプチバズり程度。ただ、一瞬だけ見えた。まだ届かないと思っていた高みが。次は行ける、次は決める。

 とりあえずささっと近場の高校に受験して合格。僕の主戦場はもう勉強じゃない。このWeb小説だ。ここで戦うと決めていたからどこでも良かった。

 卒業式の日、誰とも会話することなくさっさと帰って小説を書いていたことを覚えている。まあ、残っていたとしてもボタンを奪われるようなこともなければ、オタク友達と適当に会話するだけだったし、その辺はどうでも良いのだが。

 ただ、ストイックな自分に少し酔っていた部分はあった。

 我ながら気持ち悪いクソオタクである。

 春休みの期間、三日で書いた公募用の作品を出した後、次回作の構想を練った。元々自分は違う、と思って書いていた作品はWeb小説の主流ではなく、ついてきてくれた人たちも感想を見る限り、そういう部分を気に入ってくれた節があった。

 この頃になるともはや立派なクソ長い鼻の天狗だった僕は、前々から少し考えていたことがあった。主流に寄せた作品は確かに伸びたが、期待したほどではなかった。最終盤で伸びたのも、結局着地がクソ決まったからで、題材の力ではない。

 今、さらに主流に寄せたら、被せたら、今までついてきてくれたファンが減ってしまうのではないか、と。

 そして、ここからが最高に傲慢な考えなのだが――書籍化するだけなら主流に寄せた方が早いが、結局商業で最後に立っているのは流れを作った者たち。追従者ではない(もちろん例外は多々ある。この時の僕がそう思っていただけ)。

 なら、いっそそちら側に回るのはどうだろうか。

 流れに乗るのではなく、流れを作る側に。ナンバーワンではなくオンリーワンを目指して、最終的にナンバーワンを取りに行く。

 なんと浅はかで、間抜けな、逆張りクソオタクであったか。

 オンリーワンを目指す。言うは易し、行うは難し。ただ、ある意味で僕のいた戦場はそれほど難しい場所ではなかった。良くも悪くもWebに特化した作品群、その中に漫画やアニメ、映画から世界を引っ張ってくれば、おのずとオンリーワンとなる。世界を構築した。ちょっと硬めに、されど硬過ぎず、長編二作と公募用一作を完結させた経験を活かし、違うのに読み感は変わらない作品を目指した。

 これぞ真の逆張り、難しい橋だったと思う。正直、今同じ条件で戦えるか、と言われたら難しい気もする。それでもその時の僕には不思議な勢いがあった。

 剣と魔法を織り交ぜた硬めのファンタジーもの。騎士と学校を細かく描写して、その後騎士団へ入り世界をぐっと広げる仕掛け。

 僕は結構単純な男で、物語を二段階や三段階にしたがる癖がある。と言うかそういう物語が好きなのだから仕方がない。

 とにかく書き始めたオンリーワンを目指した物語。

 これが、跳ねた。もちろん主流の、神々の領域の作者たちには遥か及ばないが、それでも今までとは比較にならぬほど跳ねた。

 しかも、その跳ね方がまた独特で、それもまた僕のドヤ感を増幅させた。普通、Web小説が跳ねる時は最初の数話が肝心で、それ以降上手くやってもテコでも動かない(古い認識かもしれないけれど)、と言うのが常識だった。

 だから作者によっては冒頭数話を連打して、鬼の如く試行回数を稼ぐ荒業を使う者もいる。僕は好きではないが、否定はしない。

 それだけ大変なのだとわかって欲しい。一目で違いがわかり辛い文字で戦う小説、其処で浮かび上がるのは本当に大変で、運の要素も大きい。

 僕もただ、運が良かっただけだ。

 たまたま僕に似た人が目に留めてくれて、それが立て続いたから浮かび上がることが出来た。それだけだと思う。

 少し横道に逸れたが、今回の作品は最初に少し伸びて、其処から一応右肩上がりであったが、ある日突然何かのラインを超えて、飛び上がった。

 僕は浮かれた。ようやく来た、と。

 途中から跳ねたのは地力のある証拠、当時の僕はそう解釈しほくそ笑んだ。今の僕からすれば鼻で笑ってしまう。運だ運、この馬鹿たれが、と。

 そして更新を続けた。面白いように伸びる。このまま行けば神々の領域へ辿り着けるのでは、と思えるほどの勢いだった。

 まあ、ほどなくして失速したが。

 期待していた分、書籍化へ辿り着けなかったことに少々拗ねていたが、其処は慌てずに物語を創り続けた。人は見てくれている。今までにない人数が。

 まだ終わりじゃない。まだ伸ばせる。実際に右肩上がりなんだ。コツコツ積み上げていけばいい。人と違う伸び方、大いに結構。

 それが違うと言う証左だ、と。

 反抗期が終わっても中二病は抜けなかった模様。

 心が痛い。

 この頃、少し伸びて有名になったことでアンチコメントも目にするようになった。その辺りから僕は感想を見ることをやめた。感想に振り回されたくないから、とか感想を見たって自分の物語は変えないから意味ない、とか格好つけていたけれど、シンプルに傷ついたし、耐えられないから見ないことにした、だけである。

 感想を見ずに、数字だけを見る日々。

 PVが落ちたら歯を食いしばり、その原因を探る。まあ大抵が群像劇を気取って主人公を出さなかったら、べこんと落ちていただけだったが。

 その数字に踊らされて、バッサリと物語をカットしたこともあった。主人公が出ていないと話にならない。物語を構成する上で、欲しい話だけど数字優先で切る。ほら、PVが回復した。僕の見立て通りだ、と。

 数字数字数字、主流で鎬を削る作家たちよりよほど、貪欲で醜悪な存在であったと思う。物語の美しさを曲げてまで其処に手を伸ばした。

 オンリーワンが聞いて呆れる。馬鹿らしい。

 当時の僕は出来れば大学受験前に、現役高校生作家になりたかった。そうすれば受験をする必要がなくなる。勉強をしないで済む。

 もっと小説だけに時間を割くことが出来る。

 あそこで僕は躓いておくべきだった。でも、幸か不幸か一応順調に伸びていた作品は、とうとう出版社の目に留まり書籍化の話が来た。

 最初、メールが届いた時は信じられなかった。努力が報われた。自分の考えは間違っていなかった。勝った、と思っていた。

 だって他とは違う作品で目に留まったのだ。ならばもう、これは勝ちだろう。浮かれた。すぐに両親へ報告した。まあ、印税も入るのだから当然であるが。

 両親はとても褒めてくれた。本当に嬉しそうで、たくさん、たくさん褒めてもらった。頑張った記念にステーキ屋さんにも連れて行ってもらった。

 鉄板のお店だ。とても美味しかった。

 其処からは学業の傍ら、編集さんと一緒に書籍を制作する日々。さすが高校生の作品、たくさん直しが入っていたけど苦じゃなかった。

 これで報われると思えば、屁でもない。

 元々、Webで小説を書いていることは高校の友達にも伝えていたから、書籍化の話はすぐに広まった。皆が褒めてくれた。先生も褒めてくれた。

 田舎の学校だから。世の中にごまんとあることでも珍しいんだ。

 中学の時は片隅の人気者だったけれど、高校ではクラスの中心になった。陰キャが目立っても良いことないのに、馬鹿な小僧である。

 ただ、失敗するとは微塵も思っていないから、これまた間抜けにも結構調子に乗っていた。その揺り返しが、すぐに来るとも知らずに。

 苦労して作り上げた書籍が発売。

 そして――

「残念ながら売り上げが芳しくなく、二巻目以降は出せなくなりました」

「……え?」

 一巻打ち切り。

 信じられなかった。だって打ち切りラインよりフォロワー数の方が多い。自分の作品は違うんだ。他の作品とは違うんだ。

 打ち切られるはずがない。

 でも、現実は違った。

 先んじて言っておくと、編集さんはきちんと説明してくれていた。フォロワーの半分も買ってくれたらとても良い方。大半は買ってくれない。それが普通なのだと。だけどその時の僕は自分が『普通』じゃないと思っていたから聞く耳持たなかった。それは他の作品の話、自分の作品は違うのだと、本気で思っていた。

 丁寧で、熱心で、良い人だった。最後は力不足ですいませんと謝ってくれた。出版不況なのだ、と。難しい時代なのだ、と。

 色々と教えてくれた。だけど、僕はその時の会話を半分も覚えていない。放心状態だった。信じたくなかった。夢なら覚めてくれ、何度も思った。

 そして、現実と浅はかな考えのギャップが、全部跳ね返って来た。

 両親は慰めてくれた。だけど、それをまともに受け取れるほどの余裕はまだなくて、温かな言葉は全部拒絶した。まだ、負けていないと思っていたから。

 学校では腫れもの扱い。調子に乗っていた反動もあり、ものの見事にはぶられた。別にいじめだとは思っていない。そりゃああっちも接し方がわからなくなるよ。

 陰キャが勝手に調子に乗って、勝手に落ちていっただけ。

 ほどなく、僕は不登校になった。

 両親は学校へ行けとは言わなかった。あれは、助かった。地獄みたいな空気だったから。自分の間抜けさを顧みる度、胸が苦しくなる。

 吐き気がする。気持ち悪い。でも、吐けない。

 ずっと物語を書き続けてきた。ずっと物語を紡ぎ続けると思っていた。自分にはその資格があるのだと思っていた。

 全部、幻だった。

 とりあえずものに当たった。手始めにPCを粉砕した。高校入学記念に父親から買ってもらったやつ。ずっとそれで小説を書いてきた。

 でも、もう要らない。

 キーボードをぶん投げた。これは書籍化記念に父親から買ってもらった結構いい値段のやつ。タイピングがとても気持ちよくて、とても喜んでいたっけ。

 ものの見事にぶっ壊れたけど。

 さすがのちに市ヶ谷モンキーパークへ入園するだけあり、猿山の猿よりも醜い大暴れだった。八つ当たりも良いところ。

 これほど醜いクソ馬鹿はいない。

 暴れて、叫んだ。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 かすかに残った理性が布団の中に潜らせてくれた。あれがなかったらご近所迷惑、通報ものだった。まあ、多分通報はされないけど。

 だってご近所にも、僕が書籍化して撃沈したことは伝わっていただろうから。近所の人が買ったよ、と声をかけてくれたことが今、辛い。

 腫れもの扱いが辛かった。優しい言葉すら心を抉った。こんなことなら何もしなければよかった。ただ小学生の頃みたいに、何も創らず、空気のように生きていればよかった。そうすれば少なくとも、今みたいに傷つくことはなかったから。

 後悔しかない。

 創作は僕に現実を教えてくれた。

 お前は物語の主役ではない、と。

 打ち切りが決まった日から一度もログインしていない。アカウントを消そうかと思ったけど、あのページを開くのも嫌だったから、そのまま。

 いつか消える。そもそも、フォロワーの半分も買ってくれなかった作品が一つ、ひっそりと息を引き取っただけ。誰も気にしていない。どうでもいい話。

 所詮、僕は自分が蔑んでいた消費されゆくモノと同じモノを創っていただけだった。彼らと同じように打ち出され、彼らと同じように散る。

 そして忘れ去られ、ネットの海へ消えゆく。

 そんなもののために何で僕が時間を割かなきゃいけない。望まれてもいない物語を手間暇かけて紡ぎ、世に送り出す徒労のなんと滑稽なことか。

 数字が証明してくれた。所詮お前の作品は無料だから読まれていただけのものであった、と。わかりやすくてありがたい。

 筆を折る理由としては充分だ。

 凡人の妄想に値札が付かなかった、ただそれだけのこと。

 暇だったから勉強した。学校へ行くよりもよほど捗った。今は色々と充実しているから高校は辞めて、さっさと高認に切り替えた。元々勉強は苦手ではないし、ある種逃避でもあったからまあ人生で一番勉強した期間であろう。

 さすがに今までのツケで一浪したが、見事それなりの大学に受かることが出来た。この時はまさかモンキーパークだとは思っていなかったけれど。

 入学祝をしよう、と両親に言われたけれど辞退した。僕も学習した。僕のような凡人は調子に乗ってはいけないのだと。

 高望みはしない。二度と間違えてなるものか。一般消費者A、それで充分。ろくでもない逆張り根性だけは残ったけれど、まあどうでもいい。

 友人は欲しいが、別に一人でもなんとかなる。自分を偽って、飾り付けて、そんな苦労をするぐらいなら友人などいらない。

 だから僕は、

「あー、『俺』は一年の島崎紅葉す。よろしくです」

 こっちで新しく生きる。

 正直に、つつましく、ただの何も生み出さない『普通』のクソオタクとして。

 ただ、空気のように生きていく。

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