第12話:絶対的な真実

 世界観はサイバーパンクなSF世界、其処を主人公と思しき二丁拳銃の女の子が縦横無尽に駆け回り、敵と思しき者たちとひたすらバトルしていくアニメーション。思しきが多いのは、作中から物語性を全部オミットしているため。

 ある種のプロットレス。

 よく短いアニメーション作品だと見る構造で、個人的には好きではないのだが、とにかく動く、跳ね回る。場面も説明を省いていることをいいことにガンガン切り替える。構図もあえて見せつけるかのように難しいものばかりをチョイスしている、と思う。この辺は門外漢なので全てたぶんがつくけれど。

 勝手に行間を読むオタクはいるだろうが、制作者の意図は一つだと思う。俺のアニメーションを見ろ、それだけ。

 だから、僕が嫌いなMVの伝わるわけがない行間を感じさせないから、僕はこの作品が結構好きなのだと思う。

 と言うか単純に、

「はは、馬鹿みたいに格好いいな」

「……!」

 クソ格好いい。枚数自慢とはまた違う、殺陣の格好良さが詰め込まれていた。もちろん枚数もかかっていると思うけれど――

「タイトルは?」

「なし」

「徹底してんね。うん、さすが本職、凄く良かった」

「あれ、毒舌は?」

「別に全部に毒舌を振りまいてるわけじゃないって。例えばこの作品に、ほんの少しでも物語性が含められていたら、俺の感想は真逆だったと思う。物語性を徹底的に排除して、外連味溢れたアニメーションを魅せることに特化したから、俺は気持ちよく観ることが出来た。笑っちゃうぐらいアニメーションだった」

「……ほ、褒めるねえ。好きになっちゃいそう」

「千秋!」

 クリエイターでここまで割り切れる人間は少ないと思う。やっぱり作品を創る過程でメッセージ性や自分の中での物語を内包させたくなるし、その気持ちは嫌と言うほどわかる。だけど、結局その辺りも技術。

 足りない作品は観ていて、どうしても引っ掛かるし、鼻につく。

「どの辺が良かった?」

「二人目の敵へのアクション。武器に乗ったやつ。その後の繋ぎで水たまりに反射した主人公の顔と飛沫、あの辺は迫真のドヤ顔が浮かんだ、かな」

「う、は。恥ずかしい!」

 頬を赤らめて照れるインスタガール。ただし、褒められたのは自分の創ったアニメーションと言うなかなかレアなシチュエーションであるが。

「すごいねえ、千秋の萌えポイントばっちり掴んでる」

「……あいつ、アニメーションでオナれるからな」

 マシュマロ女子のぷーやんと背の高いジローの会話に不穏な話が混じる。冗談だよね、さすがに。そんな人類がいるとは思いたくないけど。

「ふ、ふふ、さすがは真琴の彼氏、見る目あんね」

「だから、もう!」

「じゃ、次はぷーやんのね」

「ええ、恥ずかしいよぉ」

「何カマトトぶってんだい。この作品を創る奴に、照れる資格なし!」

 お次はマシュマロ女子のぷーやんさんらしい。よく考えたら凄いペンネームだな。ジローもあれだけど、掴みどころがなさそう。

 そんな彼女の作品は――

「……」

「これぞ商業主義の行きつく先よ!」

 加瀬さんと同じくプロットレス。だが、中身は全部、アウツな部分が出ていないから全年齢と言うだけのドピンクなアニメーションだった。様々な女の子が肉感的に描かれ、よくわからんけど服を脱いだりセクシーなポーズを取ったり、何か穴を覗き込んだ描写があったと思えば、風呂場の覗きであったり。

 セクシーなねーちゃんの裸が、大事な部分だけ湯気で隠されつつ見られる。ただそれだけ。本当にそれだけの、エロいだけの画が続いていく。

 SEや声にもこだわりがあるのか、やたらASMR的な耳に飛び込んでくる感じの、不快と快感を行ったり来たりするあれが何とも言えない。

 正直、エロに直結する部分は一応動かしているが、ただの一枚絵だけが差し込まれていたり、とにかく全年齢向けのエロを追求しただけの作品。

 た、確かに商業では活躍出来るかもしれない。毎クールスケベな女の子だけで引っ張っているアニメ作品は大量にあるから。

 つーかこの作品、十分以上あるんだが。

 長い。そして尽きぬ全年齢エロシーン。どんだけ頭の中がスケベだと言うのか。

「……」

 ようやく終わった。長かった。

「どうでしたかぁ?」

「え、と、何て言うか」

 こんなもん感想もクソもないだろうが。そっちも空気を読んで感想を求めないでくれ。ぷーやんさんだけガチ、他は一歩引いて様子を窺っている。

 こ、こいつらぁ。

「え、エッチすね」

「他には? どの辺がぐっと来た? 千秋の時みたいに語って。ねえ、ねえ」

 怖いよ、この子。エッチなだけの作品でエッチだったんだからいいだろ。それ以上の感想なんてあるわけないんだから。それとも何か、男子大学生にここのねーちゃんの胸の形とか、ふとももの張りとか最高ですね、とか言わせるつもりかよ。

 無理だ。いくら何でも無理過ぎる。

「ぷー、島崎さんを困らせないでください」

「……ちっ、使えねえな」

 僕にだけ聞こえる声量で罵倒するのやめてもらっていいかな。

「男子の意見がたくさん聞きたかったので残念ですぅ」

「ご、ごめんなさい」

 もう帰りたい。

 確かにエログロって言うのは創作をする上で手軽にフックとなる要素である。個人的にはどちらも多用は禁物だと思っているが、これで大勢を引っ掛けられることもまた事実。それに特化した作品は個人的な好悪を抜きにありだとは思う。

 まあ、薬は多用すると効き辛くなるものだけれど――

「二人ともプロットレスなのか」

「何か問題ありますかぁ?」

 だから圧が強いよ、ぷーやんさん。

「前に時田さんも言っていたけど、分業を意識した造りだなって。物語性とかその辺りを削ぎ落とした造りは好印象かな。割り切れないクリエイターってプロにもたくさんいると思うけど、其処をしっかり割り切れているのはプロ向きだな、と」

「……自分の武器で戦わなきゃ埋もれちゃうので。当然です」

「それが出来ている二人を尊敬するよ。時田さんとかは結構、何だかんだ言って盛りたがるタイプだと思うから対照的で面白い」

「……ぅ」

「全然毒吐かないと思ったら真琴に来た!」

 それにしてもレベルが高い。まあ、一人はすでにプロなので当然と言えば当然であるが、時田さんも含めて皆一線級の力がある。

 今どきのアマチュアってレベル高いなぁ、と痛感させられた。

「頭使わない作品が好きなんだ?」

「ジロー」

「私は二人の作品、そんな好きじゃないけど。作品じゃない。ただ自分のスキルを見せつけた、ポートフォリオでしかないから」

「相変わらず」

「口悪いですねえ」

 友人三名皆諦め顔。まあ、僕もこんな割り切った創作者ばかりとは思っていない。プロでさえ割り切れない者がいる中で、アマチュアの段階でそれが出来る者は一握り。創作者なんて大なり小なり難物しかいないのだ。

 これぐらい尖った人がいてもいい。

 ただし、

「好き嫌いと良し悪しは別でしょ?」

「……あ?」

「二人のは作品だよ。理想と現実の狭間で悩み、悔やみ、削いだものを俺は妥協と思わない。それは進化だ。格好いいと思う」

「「……」」

「君の作品も楽しみだ」

 僕も、僕の好きなジャンルだと結構、尖っている方だけどね。


     ○


 背景の光の当て方、写実的なのに現実よりずっと美しく、綺麗に見える絵は誰を意識しているのか一目瞭然だった。僕もあの監督の背景は好きだ。そも、あの監督が好きだ。最初はほぼ全てを自分でやっていた。少しずつ自分に向いていないものを誇りと共に削ぎ落とし、最適化していく行程はなかなか見ごたえがある。

 商業の王に辿り着くまでの道で幾度も躓き、その度に変化した。そのフレキシブルさこそがあの監督の強みで、その上で作家性を残すから天才なのだ。

 自分への理解。それのあるなしがこうも――

「あの絵、ジローさんが描いたんだ」

「ああ。大学の課題でな。で、感想は?」

「良い作品だと思う。行間を読み取る能力がないくせに、何かを受け取った気になっている連中へ向けた音楽のMVとしては、とても良い作品だ」

「……」

「背景も綺麗だから。すぐ売り物にはなると思う。でも、もしこれを、そういう馬鹿向けに創ったわけじゃないなら、俺は前の二つより明確に下だと思うけど」

「し、島崎さん!」

「うわぁ。一気に毒が噴き出た」

「怖いですぅ」

 自分で言いながら思う。何様だって。でも、仕方がない。これは僕の好きなジャンルだ。物語性を乗せた作品だ。なら、語るさ。

 いくらでも。

「何が悪いか言ってみろよ」

「まず尺の割に無駄に登場人物が多い。物語を紡ぎたいなら五分、十分なら登場人物は一人か二人。それ以上の物語はノイズだ」

「……他には?」

「行間が広すぎる。物語における行間は読み取れるように出来ているべきだ。受け手の想像力にゆだねているのか、ジローさんの頭の中では表現できていることになっているのかわからないけれど、これじゃあ国語の悪問と変わらない」

「あー、作者の気持ちを考えろ、的な」

「ぷー、シャラップ」

 お隣で小芝居をするぷーやんさんと加瀬さん。

「……尺がそれしかないんだ。仕方ないだろ」

「違う。だから削ぎ落とすんだ。物語の規模を、登場する存在を、物語れるところまで削る。そうして初めて物語は成立する」

「受け手にゆだねた結果、売れた作品はごまんとある」

「だから、俺は良い作品だとは言っただろ? そういう層に向けて作ったならいい。彼らは極論、空白でもシコれる。適当にばらまいたハッタリを真に受けて、単なるぶん投げだとも気づかず延々と空白を妄想で埋める人種だ。君が其処へ向けた作品だと言うのなら、それでいいと思う。キャラが良くて、作画が綺麗で、声優がはまり役で、それだけが理由で売れた作品は沢山ある。物語が破綻していても彼らには関係がない。所詮は物語もまた、作品を構成する一要素でしかないから」

 人によって何を重視するかなんてそれぞれの勝手だ。作品は物語も含めた様々な要素の総合力で勝負している。どれかが欠けていても何かで補えばいい。どれか一つが他を補完した上で突き抜けたなら、きっと良作や名作となる。

 だけど僕は物語にだけ特化した人間だから。其処だけで評価する。其処の絶対評価があって、それ以外は加点、減点要素でしかない。

 僕の柱は物語だ。だから、其処を妥協した作品は死ぬほど叩く。

 僕の中でね。聞かれなきゃ言わないよ。キョウ以外には。

「でも、君がリスペクトしている監督は、其処を絶対に疎かにはしない。声を捨てた。キャラデザを捨てた。題材を捨てた。性癖を抑えた。でも、物語の構成は美しい。俺からしたら背景よりも、ずっと。もちろん尺の都合で読み取れない行間はある。全てが見え見えなのもつまらない。差しさわりのない程度で謎が残るのもまたスパイス、なのかもしれない。ま、近づきたいなら自分で創るのを捨てるか、学ぶか」

 削ぎ落とし辿り着いた自覚こそが、あそこまでの飛躍をもたらした。

「どちらかだ」

 他者への委託は逃げではない。人にはそれぞれ武器がある。全てを兼ね備えたクリエイターなどいないのだ。

 ゆえに自覚は最も重要だと、僕は思う。

「……どうしたらいい?」

 捨てるも勇気、学ぶも勇気。自覚した上での選択ならば、どちらにせよ僕は尊敬に値するものだと、思う。心の底から。

「明確なテーマを一つ決める。それに応じたエンディングを決めて、始まりから其処へ向かうよう逆算して組み上げる。基本的な物語の構造、カタルシスは落として上げる、だ。上げ続ければダレる。下げ続けるのもストレス。この上下運動が感動を生む。これを如何に受け手へ飽きさせないで提供出来るかが鍵だ」

「……テーマと、エンディング。始まりからじゃないんだな」

「逆算した方が構築する上じゃ楽だよ。何事もゴールが決まっていないと、どこかで迷う、破綻する。でも、ゴールがあれば右往左往してもそちらへ向かい進むだけでいい。真っ直ぐ、時に曲がったりくねったり、それでも目線はゴールだ」

「短編の場合も?」

「同じ。俺なら短い作品は最初に落としておくかな。あとはゴールへ向かい上げるだけで済む。だから途中のここを冒頭にして――」

「うげ、削るなぁ」

「削るのも勇気」

 楽しい。頭の蓋が開いたような感覚。いくらでも思いつく。僕ならこう切る、こう埋める。作品に正解はないと皆が言う。それは正しい。物語に正解はないと皆が言う。それは正しくない。前提条件を設定したなら、最高は一つであるべきだ。

 そうでなきゃ探求する意味がない。限りなく正解に近づけていく行為こそ、創作の醍醐味だと僕は思う。前提条件である尺などを考慮しテーマに沿ったゴールを設定、其処からスタートを決め、あとはゴールへ向かう旅。

 必然とは運命である。必然とは伏線である。

 それが顕わになった時――

「僕なら、こうする!」

 物語は美しく閉じ、完成する。その瞬間が最高なのだ。多くの章を上手くやりくりし、読者を思い通りに沸かせるのも快感だけど、長い旅を美しく完成させた瞬間に勝る悦楽はこの世に存在しない。セッ○スより上だ。童貞だけどね。

 削り、組み直す。これだけでも作品は表情を変える。今ある部品だけで充分美味しく出来るけれど、出来ればもっと弄って――

「……はは、こいつ凄いな」

「……高尚っぽい何かが、何となく面白くなりましたねぇ」

「おい、ぷー。お前、そんなこと思ってたのか」

「えへ」

「いや、でも本当に凄いよ。切り貼りだけでこんなにも解像度が上がった」

 いや、まあ、結局素材が悪くなかったから。誰でも出来ることだよ、こんなこと。美しい物語は世界にたくさんある。それらを飲み込み、蓄えて、そうしたら見えてくる。正解のようなものが。其処へ向かうだけでいい。

「真琴、こいつがあれか。お前の言っていたKOYO先生だろ」

 そんなバカみたいな高揚感は、

「……え?」

「ジロー!」

「あ、え、違う、の? だってこいつ、私たちと同じクリエイター、だろ?」

 一瞬で消えた。俺は彼女に先生と呼ばれるようなことは一度もしていない。今までの人生、人に先生と呼ばれる可能性があることは一つだけだった。

 嗚呼、なるほど。だからか、だから、君は僕を――

「……帰るよ」

「島崎さん。違います、私は、ただ――」

「何が目的だ。人のトラウマ穿り返しやがって。何が先生だよ、ふざけろ。おかしいと思っていたよ。でも、そんなわけないとも思っていた。だって、ここは東京だ。地元じゃない。俺が一文にもならないクソみたいな黒歴史を創っていたことなんて、誰も知らないはずだった。でも君は、知っていたんだな」

 胸が詰まる。呼吸が苦しい。頭が焼けるようにカッカしている。そりゃそうだ。僕が地元から逃げてきたトラウマを突きつけられたのだから。

「私はただ、貴方に、もう一度作品を創って欲しくて!」

「無償で?」

「……あっ」

「手間暇かけてまた金にならないゴミを創れって? 冗談だろ」

「私、島崎君のファンで」

 彼女は鞄から、何かを証明するように一冊の本を取り出す。

 それは僕にとって――

「私は貴方の作品で、人生を変えられたから! だから!」

「そのゴミを、僕に見せるなッ!」

 自分の価値を教えてくれたものだった。時間をかけて、手間を注いで、人生で初めて浴びた賞賛、嬉しかった、楽しかった。

 自分と言う人間に価値が生まれた気がした。

 でも、それは幻想だった。

「あっ」

 僕が叩き落とした本は忌まわしい過去を幻視させる。わかっている。悪いのは僕だ。勘違いしていた。客観視が出来ていなかった。

 今はきちんとわかっている。

「一冊打ち切りの本で人生を変えられた? 安い人生だな、おい。二度と僕の前に現れるな。それが君のためでもある。プロになるなら良いものに触れなよ。こんなカスみたいな作品じゃなく、きちんと売れた名作たちをさ」

 僕の作品はゴミだった。それを生んだ僕もゴミだった。

「頑張れよ、未来の名監督。じゃあな」

 市場が教えてくれた。お前の作品は売れない。価値がない、と。

 とても分かりやすく教えてくれた。

 お前はゴミだ、と。

 如何なる賞賛も、売れなかった、その絶対的な真実の前には無意味だから。

 だから筆を折った。ただ、それだけ。

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