第11話:時田と愉快な仲間たち

「これで終わりです。お疲れ様でした」

 時田さんの言葉で皆が沸き立つ。皆頑張っていた。主導のアニ研は慣れぬ作業をせっせと行い、映像研から借りた人員と機材も上手く運用していた。演劇研究会の面々は言わずもがな、主役から端役に至るまで文句のつけようがない。僕らを酔い潰した田中さんも演技はきちんと指示通り行い、皆を驚かせた。

 いい作品になったと思う。

「……」

 何よりも中心で指示を飛ばす時田さんの情熱、それが周りに波及してこれだけの規模の作品作りが可能になったのだ。

 これから彼女はもっと大きな、長い作品を手掛けることになるだろう。今回の作品を糧に、より高く、より遠くへ。

 モノを創る者たちのエネルギー、それが僕にはとても眩しく映る。

 羨ましくも――

「まこっちゃんはきっと、大成する子だねえ」

「……いいことじゃないですか」

 喜び合っている輪の外、僕と田中さんは一線を引いていた。誰も外側の僕らのことなど見ていない。影が、濃くなる。

 光がとても眩しいから。

「ヒロインなんですからあそこで喜び合う権利、あるんじゃないすか?」

「田中さん、別に喜んでいないから」

「……?」

 彼女の行動が理解出来ない。

「楽しかった。疲れたけど充実した。きっとこの夏は一生の思い出になる」

 彼女の言動が理解出来ない。

「でも、それだけ。田中さんやお手伝いのしまっち、他の演者たちもそう。綺麗な思い出だけ抱いて、あとは過ぎ去るだけ」

 だけど、

「あの中で先があるのはまこっちゃんときょーちゃんだけだよ。田中さんにも、しまっちにも、先はない。道がないから」

 彼女の感情は、

「ねえ、しまっち。私たち、結構相性良いと思うけど……付き合わない?」

「……からかわないでくださいよ」

「からかってないよ」

 わかる。わかってしまう。進む者と立ち止まる者、彼女たちは断崖の先にいる。僕らは断崖の手前でただ立ちつくだけ。

 彼女たちを眺め、指をくわえているだけ。

「わかるでしょ? 傷をね、舐め合いたいんだぁ」

「……」

「ぺろぺろ、と」

 背後から抱きしめられ、甘い匂いがする。誘うように、底へ、底へと、沈めるように。甘い匂いにすがりたい。柔らかいものに寄りかかりたい。

 何が悪い。だって仕方がないじゃないか。

「俺は……」

「……まだ諦め切れてないの?」

「ちが、俺はとっくに、もう、何年も――」

「……まあいいや。また今度遊ぼうね。大丈夫」

 ふぅ、耳元に何かが注ぎ込まれる。

「私はずっと、『ここ』にいるから」

 いい加減諦めて堕ちろ、そう言われた気がした。

 それでいい。そうすべきだ。自分が一番、わかっているはずなのに。

 それでもなお、あの輝きを羨ましいと思ってしまうのはいけないことなのだろうか。あの中に入れないのは、わかっているのだけれど――


     ○


 合宿が終わり、夏休みに本格突入。すぐさまお盆期間が近づき、キョウは両親の実家へ帰省、僕は諸般の事情により実家へ戻り辛いのでこっちでお盆を過ごす予定。ただ、学校が完全に締まっているためやることも行くところもない。

 趣味のアニメ、漫画もお盆期間は何処もやっていない。映画は昨日一人で観たいものを三本はしごしてコンプリートしてしまったので弾がない。

 あとは旧作を観る程度だが、今はこれと言ったタイトルが思いつかない。食指が動かない。結局、ぼーっと無為な時間だけが過ぎていく。

 あれから田中さんからはちょくちょく意図不明な写真が送られてくるだけ。大半が興味のない酒の銘柄や、煙草の空箱と何かの比較。

 相変わらず行動が読めない。わからない。

 ただ、気に入られているのだろう、とは思うが。あまり深入りして美人局だったら嫌だな、と警戒は怠らない。

 好かれるような行動はしていないから。何一つ。

 そもそも今の僕に、人様に誇れるようなものは何もないのだから。

「またか」

 着信があり今度は何の写真だ、とスマホの画面を見ると、

「……あれ?」

 どうやら田中さん以外から連絡が来たようだ。珍しいことに。


     ○


 まさか生涯で再びこの地に降り立つこととなろうとは。

 やってきました下北沢。映画館以外は全て僕にとってアウェーなサブカルの町。本来なら親戚のはずだが、同族嫌悪ではないが咬み合わせが悪いのだ。

 其処に、

「お疲れ様です」

「おつかれ」

 時田さんが待っていた。相変わらずのお洒落さん。まあ格好だけで言えば僕も髪型以外はそこそこまともではある。何せ、服飾にも一家言がある親友、キョウから伝授されたファッションであるのだ。

「制作は順調?」

「はい。佐伯さんから頂いたキャラデザをもとに鋭意制作中です」

「大変でしょ、アニメは」

「背景が元々存在するものですし、団地時代の資料はあちらへ行った際、色々と入手して来ましたので制作自体はそれほど難しくないですよ」

「如才ないなぁ」

「何事も効率的に。アニメ制作の秘訣です」

「御見それしました」

「どうも」

 最初に出会った頃よりも大分砕けた感じがする。僕の方も大して緊張しなくなったし、きっと彼女の方にも慣れが出てきたのだろう。

 まあ、未だによくわからないけどね。

 何で僕みたいなのにちょくちょく構ってくれるのか、が。

「今日はなに、オフ会だっけ?」

「一応、そんな感じです。前に言っていた高校の時からの友人たちで」

「あー、言ってたね。それで、なんで俺?」

「その、リアルで会うのは初めてなので、少し緊張がありまして」

「……時田さんでも緊張することあるのか」

「あ、ありますよ。今もしていますから」

「……俺に?」

「異性ですし」

「……それだけお洒落しておいてよく言うなぁ」

「……これは鎧です。芋臭い自分を、隠すための」

「……ふーん」

 この子でも気後れすることもあれば、弱い部分もあるんだな、と今更知る。まあ、暇だったので誘ってもらったこと自体はありがたい。

 ただ、

「……」

 打ち解けたら僕、結構居辛くないかな、と思うのだよ。積もる話もあるだろうし、僕は完全に部外者だし、何より彼女の仲間であれば全員クリエイターだ。

 なら、尚更アウェーじゃないか。

 こちとら無生産の口だけ逆張りクソオタクだと言うのに。

 あと、やっぱり下北沢の空気が、ちょっと合わないかなぁ、って今更思う。


     ○


「真琴!」

「……!?」

 雑居ビルの一階をぶち抜いて造られた貸しアトリエ。其処には女の子ばかりが三人ほどいた。一人ぐらいネカマいろよ、と思うのは逆張りであろうか。

 とにかく、自分たちが最後であったらしく時田さんは手荒い、熱い歓迎を受けていた。どうやらこの感じ、早速僕のいる意味はなくなったようである。

 まあ、いいことだけど。

「真琴の彼氏さん?」

「い、いえ、違います。ちょっと、付き添いで」

「え、ええ!? あたしたち警戒されてたの? もう何年も付き合っているのに?」

「い、田舎者なので、オフ会とか、初めてでして」

「冗談冗談。あ、彼氏さんは適当に座って」

「あ、どうもっす」

「か、彼氏じゃないです!」

 全部で四人か。思ったよりも少ないけど、全員が監督志望だとすると逆に多過ぎるのか。いまいちその辺りのさじ加減はわからない。

 とりあえず言われた場所に座り、辺りを見渡す。かなりいかついPCも並んでいるが、むしろアトリエの主役はこの区画の大部分を占めるキャンバスや石膏など、美術室のような景色なのだと理解する。

 そう言えば確か、時田さんも芸術系の大学に一年いた、と言っていたような。

 たぶん彼女たちも芸術系の大学にいるのだろう。

 勘だけど。

 しかし仲良さそうに話しているなぁ。完全に余所者の風情だが、あんなに笑顔な時田さんが見られたならまあ、下北沢までの運賃分以上の価値はあった。

 どちらにせよ暇だったからね、僕。

 時田さんに似た格好のインスタやっていそうな子、ちょっとぽっちゃり目の子、背の高い子、いずれも存外顔面偏差値が高めである。と言うか最近の女オタクは身綺麗な子が多くて驚く。僕のようなぼさぼさヘアーは誰もいないじゃないか。

 みんなきちんと手入れしてやがる。

 全く、オタクの風上にも置けんね。オタクってのはこう、髪がぼさぼさで服がよれよれで、なんかちょっと酸っぱい匂いがするぐらいが良いのに。

 うちのサークルの先輩みたいな。

「し、ま、ざ、き、さん!」

「な、なんすか?」

「わあ、反応が陰キャのそれ」

「マジでなんすか」

 クソが、インスタやってそうな見た目でアニメなんて作るな。もっとインスタやってろ。写真を取れ写真を、自撮り棒でな。

 まあ、それは時田さんにも言えるけど、その辺は話し方とかその辺りで相殺されている感があるし、陽キャではないからなぁ、彼女。

 インスタは絶対にやってない。賭けても良い。キョウの命をね。

「あたし、某専門卒で某アニメ制作会社勤務の加瀬千秋です」

 どうやらこの加瀬さんはすでに就職し、アニメーターとしての第一歩を踏み出している模様。尚更、時田さん軍団のガチっぷりがわかりますねえ。

「あ、自分は時田さんと同じ学校の島崎紅葉です」

「紅葉って格好いい名前ですね」

「名前はね」

「あはは、卑屈ぅ。アニメ好きなんですか?」

「まあ、それなりに。漫画とか小説とか、そこと同じラインだけど」

「うし、じゃあ早速あたしのアニメからご覧ぜよ!」

「……話すと意外にオタクっぽいすね」

「そりゃあオタクですから。じゃなきゃアニメなんて作らん作らん」

「そりゃそうだ」

 ほんのりアウェー感は薄れる。ここにはオタクしかいない。モノを生み出さないのは僕だけだが、異世界とまでは思えなくなった。

「あの背の高い子がジロー。マシュマロボディでオタク男子を刈り取る感じの子がぷーやんね。本名は内緒。ちなみにあたしは仲間内でチア○ングと――」

「加瀬さんって呼ぶわ」

「いい反応ぅ。さすが真琴の彼氏だけはある」

「まあね」

「否定してください!」

「そっちの方が面白そうだったから、つい」

「千秋のせいで……もう」

「ふひひ。リアルでも弄りがいがありますわ」

 ちょっとこの子、田中さんに似てるな、と思ってしまった。いや、目の感じとかは全然違うんだけど。むしろ目だけで言えば、あっちの方が――

「ささ、こちらに座って。あたしたちもプロ志望、アマチュア一人に臆してなるものか。さあさあ、お立合い。まずは先鋒、行きやす!」

「あ、あの、島崎さん結構毒舌だから、ね」

「……俺のことそう思ってたの?」

「あ、いや、違くて」

「……」

 なるほど。ちょっと加瀬さんの気持ちがわかった。弄り、揺らぎ、隙から零れ出すへなちょこ感のなんと可愛らしいことか。

 弄るとイイ出汁が出るんだなぁ、覚えておこ。

「毒舌上等。むしろ、あたしらそういうの、欲しいデス!」

 PCの画面が変調する。

 画面が、人間が、世界が動き出した。

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