第9話:ロケ合宿

 サークル活動の一大イベント、合宿。体育会の部活ならば普段よりも激しく、辛い試練が待っているのだろうが、僕ら文化系のカジュアルサークルにとっては集団の旅行でしかない。まあ、CCCの面々は万年金欠なのでやらないことも多いが。

 今回は合同での合宿、と言う名のロケである。

 都内某所、元々団地があった区画を更地にし、住宅街となったこの地は物語のロケ地にぴったりであった。道や住宅地の間取りなど、整備する段階で団地の配置を流用している部分もあり、面影が残っている部分もグッド。

 あと、少し離れた場所に寂れた温泉があるのも非常に好印象であろう。

 キョウなど温泉のために来た、と言って憚らないし。

 とは言え、

「次のシーン撮影前に弁当の数と飲み物の確認お願いします!」

「はーい!」

 ガチサーであるアニ研主導のロケともなれば悠長に温泉と言っている余裕はない。普段は部屋の設営ぐらいしかやることのない雑用も、このロケに関しては八面六臂ならぬ七転八倒の大活躍、であった。

「まずい、弁当の数足りない」

「……あー、急遽参加者増えたもんな。俺、ちょっと買って来るわ」

「悪い。頼む、キョウ」

「良いってことよ」

 事前に色々と調整していたのだが、直前の変更に対応し切れず僕らは転げ回った。手配していたバスは席数が足りず、何人かは座席と座席の間にある簡易椅子を使う羽目になったし、今も弁当の数が足りずにやはり転げ回っている。

 ちなみに弁当やバスなどの諸経費は主にアニ研が負担しつつ、僕らCCCも出している。演劇研究会を中心としたキャスト陣の分はもちろんこちら持ち。

 部費、会費については団体ごとに差はあれど、大体年五千円ぐらいが緩いサークルの相場、な気がする。統計を取ったことはないので適当だが。アニ研や某アナウンサーになりたい研究会などのガチ勢は年二万とかになるとか。

 会員からかき集めたお金はこういう活動に充てられ、足りない分は個人で出す、と言う感じか。今回はアニ研の活動ではあるが、アニ研全体の活動ではなくあくまで時田さん主導の活動であり、全額を網羅することは出来なかった。

 弁当、飲み物代などは会費で負担、宿泊費に関しては合宿の体で、参加者が負担する形で落ち着いている。

 意外とこういう細々した調整も、参加者が多いと大変なのだ。軽々しく引き受けた、と言うか無理やりやらされた役割であるが、これで無償は冗談だろ、と結構ガチ目に思う。まあ、時田さんが頑張っているのでこちらも頑張るけれど。

 これが見知らぬ他人主導の活動であれば、やってられるか馬鹿野郎、俺は帰るぞ、と洋館から飛び出す第一被害者の如く現場から去っていくだろう。

 我ながらクソみたいな例え。ちょっと暑さで思考回路がヤバいので許してほしい。

「……本当は切ない画が取れる秋か、新しい展望を予感させる春先の撮影が良かったのですが……ままなりませんね」

「仕方ないだろ。冬には先輩たち就活に入るし、アニメーションを作るためにも実写の画は先に固めておく、って時田さんが言ってたろーに」

「……撮影しつつ思っただけです」

「わがままだなぁ」

「妥協は作品を腐らせます」

「……時には妥協も必要だろ。物事には締め切りというものがあるんだし」

「これは仕事ではないので」

「まあまあ、皆さんの都合もあるから。な」

「……むう」

 夏がお気に召さぬ様子の我らが監督、時田真琴。今更とんでもないことを言っているが、肯定していると本気でそうしようとしそうなので、ここは全力で押し留める。クリエイターのヤバい部分はここにある。

 彼ら、彼女たちには自分の世界を世に放とうとするだけあり、凄まじいバイタリティと同時に強い、強過ぎるこだわりがある。それは彼ら、彼女らの武器であり、それがなければ創作する意味など無いと僕も思うが、強過ぎる思いは妥協を許さず平気で納期を踏み倒さんとし始めるのだ。

 いやまあ、今回は大勢を巻き込んでいるが時田真琴個人の活動である。百歩譲りそういう姿勢も許される、かもしれない。

 だが、これが癖となるとその後が辛い。仕事をする上で納期は絶対であり、それを守れぬ者は信頼を失う。半可通が納期を破れば『次』など回ってこない。それはどんなジャンルでも、業種でも同じこと、と酔った父親が言っていた気がする。

 納期破りが許されるのはとんでもない実力を持つ者か、それ自体が付加価値となっている場合に限るだろう。

「しまっち、肩揉んでー」

「田中さん、彼はそういう役割ではありません」

「え、でも雑用でしょ? なら、主演女優のお世話も仕事の内~」

「いいえ。違います」

「……いいよ、別に。揉むから」

「駄目です」

「けちんぼ監督だなぁ。それとも、あれれ、もしかしてぇ?」

「……」

 うわ、時田さんめっちゃ怒ってる。まあ田中さんも扱い辛いからなぁ。演技はさすが元地下アイドルと言うべきか、上手いことやっていると思うけど。

「島崎さん」

「なに?」

「全員分の飲み物、追加お願いします」

「は、はい」

 触らぬ神に祟りなし。炎天下の水分補給は大事だからね。

「ふーん」

「何ですか?」

「別にぃ」

「……」

 三十六計逃げるに如かず。故きを温ねて新しきを知る、だ。

 僕はこう見えて空気の読める男なのだ。


     ○


 真夏の撮影は本当に大変である。僕はどちらかと言えばアニメ作品専門だが、こうやって実地で体験してみると頭が下がる思いだ。所詮はサークル活動、プロの現場とは比較にならないだろうが、それでもきついことには変わりない。

 何せ僕は生粋のインドア派である。

 外で活動するだけでライフポイントががりがりと削れていくのだ。今の僕ならたぶん、最弱の生物と名高い蚕ともいい勝負すると思う。

 ちなみに今、先ほど不穏な空気を漂わせていた田中さんのソロシーン。その演技指導に時田さんが熱を入れているところ。実写は門外漢なはずだが、それでも必死に監督を務めているところはさすがの一言。

 監督とは大変な役割だなぁ、と思う。僕には無理だ。

「よ、色男くん。頑張ってるね」

「あ、どうも」

 今声をかけてくれたのはつい先ほど田中さんと一緒に演技をしていたもう一人の主役を務める演劇研究会の先輩である。現在三年生、すでに一留済みとか。

「色男は先輩じゃないですか?」

「イケメンではあるけど、この現場じゃモテてないからなぁ」

「またまた」

「……あー、本当に気づいていないのか。いるんだね、天然って」

「……?」

 ちょっと何を言っているのかわからない。ちなみにこの先輩、僕らの学年でもちょっと噂になるぐらいイケメンで、女たらしとしても有名。最大十人以上を股にかけ、その上で演劇を誰よりもガチっていたのだからそりゃあ留年もする。

 尊敬すべきか蔑むべきか、よくわからない人であった。

 ただ演技に関しては素人目だが、明らかに頭一つ二つは抜けている。

 人呼んでA部のリーサルウェポン、らしい。

「おすすめはまこっちゃんだ。と言うか、田中は君の手に負えないよ。あれは鼻歌交じりに男の情緒を破壊していく生き物だから」

「……ボロクソすね」

 それ以上に、さほど仲良くないはずなのに時田さんをまこっちゃん、と砕けた呼び方しているところが恐ろしい。イケメンじゃないと逮捕される案件だ。

 この人も充分、人のこと言えないと思う。

「ま、火傷するのも経験だけどね。それはそれで芸の肥やしだ」

「未だにそれ言う人いるんすね」

「言えなくなっただけで、演者なら多かれ少なかれそう思っている人が多いんじゃない? 人を魅了しなきゃいけない仕事なのに、異性一人も落とせないのは話にならんでしょ。経験は自信に繋がり、自信がさらに経験を呼ぶ」

「……」

「誰でも最初の一歩は二の足を踏むけれど、踏み出さなきゃ見えない山もあるのさ」

「さすが先輩」

 格好いいけれど滅茶苦茶女泣かせているのはどうなんでしょうね。

「先輩は演技の道に進むんですか?」

「お、其処踏み出すかぁ」

「聞かない方が良かったすか?」

「いや、別に隠す気ないから。やめるよ、きっぱりと」

「え?」

 正直、演技の道をひた走るのだと思って聞いていたのに、帰って来たのは真逆の答えであった。僕は驚き、言葉に詰まる。

 だって、こんなにも、あからさまに違うじゃないか。

「どの世界もある話だけど、演技の世界は歴史も長い分、結構素人には厳しい世界でね。俺も色々頑張ってみたんだけど、それを突破するほどの才能はなかった」

「歴史、ですか?」

「ああ。歌舞伎役者、役者の二世三世、アイドル、上にも下にも太いコネクションだらけだ。彼らを否定する気はないよ。其処に生まれついた彼らも努力している。自分が彼らに勝っているとは思わない。負けているとも、思わないけど」

 先輩の眼が鋭く、暗く、光る。この眼は、何故か知っている気がした。敗北者でありながら、どこかでそれを認められない色。

 負けたけど、負けていない。

「上流はガン詰まり。じゃあ下流はと言うと、これまた厳しい世界でね。小さな劇団はやりがい搾取上等、それでも夢追い人は集まる。知人友人をかき集めてチケットを捌き、何とも言えない脚本の演劇を見せる。乾いた拍手を受ける方も辛い」

「……」

「演技の実力を示しようもない。何より、こういった小規模の、人目につかない劇団で重宝される人材は何かわかる?」

「……いえ」

「金持ち。実家の太さだ」

「……」

「最悪、そいつがチケットを全部買ってくれたらノーリスクで劇が出来る。ふざけた話だと思うかもだけど、こんなの普通にあるからね、この世界」

「……」

「誰が観に行くんだよ、と言う劇団はこういう人たちに支えられて生存しているわけだ。団長がバイトの斡旋をして、アガリを貰うとか……そんなのもあったなぁ」

 この人はきっと、色んな経験をしてこの結論に至ったのだろう。僕の想像がつかないほどの苦労と、努力と、挫折、失望を繰り返して。

 敗北を知ることすら出来ずに、諦めざるを得なかった。

「俺も何十人も女の子にチケット買ってもらったし、何か言える身分じゃないけどね。その後、毎度おなじみの修羅場を捌くのも、さすがに疲れた」

 コネクションはどんな世界にも存在する。歴史を見ても日本のみならず、世の中って大体縁故で形成されているから。歴史が長ければ長いほど、その活躍が数字に現れぬ世界であればあるほど、コネクションの力は大きくなる。

「だから今回の撮影は楽しいんだ。久しぶりにさ、そういうのなしで全力を、腕だけを見てもらえるから。まこっちゃんには感謝している」

「……先輩」

「なんで、ここでは女の子を刈るのは自重しようと思っているんだ」

 ニヒルに、クソみたいなことをのたまう女の敵がここにいた。

「こ、この人は」

 ちょっとしんみりしたのに最後の着地は其処かよ。しんみりを返せ。

「次のシーンに移りますのでスタンバイお願いします」

「了解、っと」

 先輩は立ち上がり、彼の戦場へと向かっていく。普通に就活をするのならきっと、ここから彼が出演する作品はそう多くないだろう。映像作品に限れば、これが最後かもしれない。改めて見て、本当に華のある人だと思う。

 立てば目を引く、笑えば異性は胸キュン間違いなし、泣けばこちらの目頭も熱くなる。それでも、そんな人でも、勝てないと思い知らされる世界。

 上手くても、華があっても、成功するとは限らない世界。

 それは何処にでもあるお話。芸の世界には限らない。

 現実はそんなに甘くないから――

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