第7話:ロケ地についてあれこれ
「ロケ地について色々と調べてみました」
「はぁ」
「楽しみだなぁ、紅葉」
「いや、別に」
時田さんに呼び出され、アニ研の部室に顔を出した僕とキョウ。今、見せられているのは彼女がピックアップしたロケ地、『団地』の写真である。
PC上に表示されたそれらは――
「ど、どれも似たり寄ったりだな」
「そりゃ公の住宅だからそうなるだろ」
「あー、そりゃそうか」
「はい。其処が実は問題でして」
時田さんはPCの画面を切り替え、団地関連と思しきタブがずらりと並ぶ画面を出す。その瞬間、僕とキョウはすっぱいものでも食べたような顔をした。
僕もキョウも調べものをしないわけではないが、好きなわけでもないのだ。
「一般的に団地とは日本住宅公団(現都市再生機構)が管理する公団住宅と、都道府県、市区町村が管理する公営住宅があります」
難しそうな言葉の羅列。これがアニメや映画、漫画なら漏らすまいと頭をフル稼働できるのだが、生憎この構図では授業や講義の延長線。
当然の如く僕の頭は何一つ動いていなかった。
アニ研の部室、PCいっぱいで凄いなぁ、とか。なんかみんな忙しそうだなぁ、とか。あの人お風呂に入っているんだろうか、とかそんなことばかり思う。
「私は当初、公の住宅と言うことでロケ地選定は難しくないものと思っていました。何処の団地であっても景観にさほど大きな差はなく、ノスタルジーを煽る上で不都合な場所はほとんどない。あとは条件に合った廃墟を探せばいい、そう思っていたのです。浅はかにも」
「浅はか?」
「はい。近年、これらの団地は老朽化が進み、国は再生の要件を緩和、建て替えを促すような政策に舵取りをしました」
「建て替え、あっ」
「そうです。その辺りは腐っても公。特に都内の土地は有限ですし、上物さえ立て替えてしまえば資産価値は跳ね上がります。今までは諸々の理由で再生が難しく、管理側も半ば諦めていた団地は今、絶賛建て替えブームと言うわけです」
「そうすると都内じゃ」
「ええ。昨今は奥多摩でさえ住宅地として人気ですからね。都心に近い田舎的な感じで。建て替えでなくとも、使える土地を放置するほど公もざるではありません。都内近郊で公が管理する団地、団地跡で、条件に合致するものは私が調べた限りではありませんでした。そもそも廃墟自体が、という感じです」
「なるほど」
その時、僕は別のことを考えていた。二部構成、頭の中で在りし日の思い出である記憶の中の団地と現在の老朽化した、廃墟となった団地での陰影が物語を美しくするのだと決めつけていた。しかし、ふと思う。
それはリアルか、と。
如何に思い出の土地とは言え、廃墟に皆で集まろうと思うか。それは本当に郷愁を煽ることになるか。郷愁とはリアルとの延長線でなければならない。
如何にエモい、映えるような絵であっても、其処にリアルさがなければ――
「なので私は業腹ですが、公の団地を諦め工業団地やバブル期に建てられた――」
其処に真実がなければ、意味がない。
勿体ない。
「……廃墟である必要性、ないんじゃない?」
「「え?」」
「郷愁を煽る目的なら、画一化された公の団地であるべきだ。其処が団地の強みだから。既視感がある、ぐらいが丁度いい。そして、二部構成で大事なのは比較の絵だ。廃墟も良いけど、建て替えでピカピカの上物に、取り壊しされてただの住宅地になった、普通の風景でも充分エモいんじゃないかな?」
「……確かに」
時田さんも、キョウも、目からうろこみたいな顔をしていた。
「いいね。そんで随所にさ、其処に何があったかの絵を差し込むとか」
キョウの割にエモい提案じゃないか。僕もそういうの好きだ。ただなあ、
「それは良し悪しだけどな。きっちり二部、アニメと実写で分けているからこそのギャップも作品の持ち味だろうし」
作品のコンセプトが崩れかねない。其処はもう監督次第だけど。
「……島崎さん」
「なに?」
「島崎さんなら、新しい上物か住宅地か、どちらを選定しますか?」
「住宅地」
「即答ですか。理由を伺っても?」
「木っ端微塵に消えていた方が美しいと思うから。物語として」
「……奇遇ですね。私も、演出的にそちらの方が美しいと思いました」
「絵的にもそっちの方が好きだなぁ」
三人の意見が揃う。
「ただ――」
「ええ、ほんの少しだけ――」
「何かが、面影が残ってるとエモいよなぁ」
「「それ」」
アニメーターの、絵師の、そして――
「島崎さん」
「また何か聞かれんの?」
「いえ、提案です。脚本の修正、やってみませんか?」
「……いや、俺」
「そりゃあいいや。言い出しっぺがやらなきゃ角が立つだろ。其処はさ、我らが安住の地である部室のためを思って――」
「やらない」
要らないことを言った。だから何も言わないようにしていたのに。自分の意見が作品を変えてしまった。これで結果が出なかったら僕の責任か。さすがにそれは思い上がり、まだ引き返せる。ただ、代替案を出しただけ。
廃墟が無理なら別の手を考えるしかない。そうしたらきっと、時田さんだけでも同じ考えに至ったはず。僕は関係ない。僕じゃない。
「おい、紅葉。別にいいだろ。減るもんじゃなし」
「減るさ」
「そんなに手間はかけさせません。文量としてもそれほどでは。必要であれば謝礼もお出しします。当然のことですから」
「貰っとけよ。これで紅葉もプロの仲間い――」
「やらねえっつってんだろうが!」
場が、凍る。
やってしまった。言った瞬間、そう思った。だけど、仕方がないじゃないか。二人が悪いよ。別に僕さ、馬鹿でもあほでも陰キャでもダサいでも、何言われたっていいんだ。酷いなぁって思うけど、それで終わり。
だって僕、お洒落に頑張ろうと思ったことなんてないから。
だけどさ、それは、それだけは、駄目なんだよ。
「……ごめん」
僕は逃げた。空気凍らせて。無様に、無責任に。
でも、仕方がないじゃないか。僕はさ、負け犬なんだから。
初めから、無様な生き物なんだよ。
○
俺の名前は佐伯響、逆張りクソオタクの友達だ。イケメンでスタイルも良いけど、こう見えて実は友達は少ない。だから、数少ない友達のことだからさ、
「ねえ、時田さん。一つ聞いていい?」
知りたいと思うんだ。あいつのこと。
「……何でしょうか?」
大事な友達だから。
「君、今、あいつがぶちキレた時、あまり驚いていなかったよね?」
「……いえ、驚きましたよ」
思えば最初から不自然だった。そもそも、俺に依頼するならわざわざ訪ねるよりもチュイッターのDMで済む。この子の実績ならたぶん、俺は断らなかった。それに多少は噂になっていたはず。俺が学内では何もしないってこと。
何度かリアルで頼まれたけど全部断っている。ガチとカジュアル、大きな違いはあれど同じオタサー、そういう情報は何処からか必ず流れてくる。
この子が知らないとは思わない。
なら、なぜあの部室にやって来た。
「……君はあいつの何を知ってる? 何故、何かをやらせようとする?」
答えは、俺が目的じゃなかったから。
「……別に、そんなつもりは」
俺はおまけ。本当の狙いは――
「教えてくれ。あいつは何で、何もやらない? ずっと疑問だった。あいつのインプット量は異常だ。見方も普通じゃない。あいつ、映画とか摂取すると必ず感想を追っかけ回すんだ。理由聞いたらさ、自分の感想にズレがないか調べるため、だって。意味わかんないだろ? 何もしない奴がそれ調べて、何の意味があるんだよって」
「さあ、私には何も――」
「頼む。友達なんだ。俺の夢を知ってる、たった一人の」
「……」
いつか話してくれる日が来る。そう思っていたけれど、さっきの様子を見る限り普通じゃない。待っているだけじゃきっと、何も起きないから。
だから、頭でも何でも下げる。
きっとこの子は、
「頭を、上げてください」
「……悪かった。俺も少し、頭を冷やしてくるよ」
「……少し、待ってください」
俺の知らない島崎紅葉を知っている気がしたから。
彼女は自身の鞄、中を少し漁り、とても丁寧な手つきでそれを取り出した。
それを俺に差し出す。
「これは?」
「読めばわかります」
それは一冊の、本であった。
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