第5話:佐伯響

 昨日は特に何事もなく解散して、本日は人が集まらないとのことで練習なし。人数や団体が多くなればなるほど、足並みを揃えるのは難しくなってくる。ガチサーとは言え所詮はサークル活動、ロケ地での撮影もほぼ一発どりをする必要がある。

 練習を重ね、撮影を極力円滑に進めるよう色々と考えているのだろう。

 なので、

「キャラデザ、ノートに描いてんの?」

「とりあえずね。仕上げは家でやるよ。ここに機材ないし」

「なるほど」

 本日はまったり部室で過ごそうと思っている。要は得にやることもないので不毛な時を過ごす、いつもの感じと言うわけだ。

「相変わらず絵が上手いなぁ」

「前は下手くそって言ってたのに?」

「え、俺が? いつ?」

「入学したての頃」

「……記憶にございません」

「こいつぅ」

 今でこそこんな感じで隙あらばいちゃついている関係だが、入学当時の僕とキョウはもうバチバチだった。と言うよりも僕が絵師と言う人間に対して偏見を抱いていたのだ。当時はまあ、今よりずっと逆張りクソオタクだったから。

 と言うか全方位に敵意まき散らしオタク、か。

 懐かしき黒歴史である。


 キョウは入学したての頃から色々と有名人であった。シンプルにイケメンで学部の女子にちやほやされ、ご相伴にあずかろうとした陽キャたちからもグループへの勧誘がひっきりなし、その時点では僕ら陰キャは何の感情も抱いていなかった。

 住む世界が違うと思っていたから。

 ところがどっこい。

『あれ、あの人何でいるの?』

『ここオタサーなのに』

 キョウはかなりのオタクだった。新歓の際は迷うことなくオタサーに足を向けていたし、その時点で陽キャは男女ともに潮が引くように去って行った。如何にイケメンでもオタサーと言う時点で陽キャ界にはいられないのだ。

 しかしその分、オタク女子からの人気は絶大。彼の征く先々にオタク女子が集い、彼が河岸を移せば彼女たちも移る。さながら民族大移動である。

 当然、生粋の日陰者としてオタク根性が染みついたイケてないオタク男子は苛立つ。女子からは人気抜群、男子からはハブ、それが新歓時のキョウである。

 その時僕は、

『初めまして』

『……初めまして』

 空気を読まずキョウに声をかけた。これには一応理由がある。まず、この時僕らが参加していた新歓飲みは今のサークルではなく、非公認のもっと何もしない、いわばただ集まって飲み会を開くためだけの、イケてないオタクの飲みサーであった。異性とワンチャン狙いの飲みサーよりもっと度し難い団体である。

 何せ飲みサーなのに基本ノーチャンなのだから。

 そんな団体の、しかもイケメンともなれば間違いなくクリエイティブな人間ではない。僕の偏見に満ちた眼力(スカウター)がそう弾き出した。

 ド節穴である。

 僕も僕でクリエイティブではない友人を探していたのだ。彼はそれに該当すると思った。なので声をかけた。本当は小説や漫画、アニメをボロクソに、おっと、語り合える友人が良かったのだが、其処には該当しなかった。

 まあ結果的に今思えば逆張りクソオタク同士の会話は聞くに堪えないし、きっとクソ過ぎて対消滅していただろうからこれでよかったのだと思う。

 しかし、

『え、キョウ君ってあのイラストレーターのキョウなの!?』

『なっ!?』

 とある女子がキョウのことを調査するためチュイッターをくまなく探し、彼の足跡を追い(ほぼストーカー)、とうとう見つけてしまったのだ。

 彼が神絵師(当時はフォロワー六万)であること証拠を。

 僕は激怒した。騙されたわけではないのに騙された気になってしまったのだ。それに当時の僕は偏見に満ちており、バズバズの実のバズ人間をこの上なく軽蔑していた。まあ今でもそれだけを追っている者は何処を目指しているんだろう、と思うが。当時は全部一緒に見えていたのだから、視野が今よりもずっと狭かった。

 無知と言うのは恐ろしい。

『なんだお前、同人イナゴだったのかよ。たいして上手くねえし』

『……は? 今は一次創作しかやってねえよ』

『話題の二次で人集めて、エモいシーンだけ切り取った小ページの漫画で跳ねたらそれを擦り倒す。みんな同じことやってるけど攻略サイトでもあんの?』

『島崎!』

『ファーストペンギンになる気もない奴が、クリエイター気取ってんじゃねえよ!』

 因縁を吹っ掛けたのも僕。何も知らずにふざけたことをぬかしたのも僕。保育園以来の殴り合いの喧嘩だった。勝敗は、まあ、引き分け。

 あとで聞いたらあっちも幼稚園以来だったらしく、傍から見たら世紀の塩試合であっただろう。女の子でももう少しいい喧嘩をすると思う。

 半分くらい服の引っ張り合いだったし。

『はぁ、はぁ』

『ふぅ、ふぅ』

 飲み屋を追い出され、気づけば外濠の遊歩道で殴り合い、もとい服の引っ張り合いの喧嘩を継続。お互い体力がないから息を切らせっぱなしだった。

『……絵を仕事にしたい。親に反対されたから画塾に通えず、美大にも行けない。自己流で、画力が足りないのもわかってる。親の、先生の言いなりに普通の、私立に入った。でも、諦めきれない。やるしかねーんだよ! 俺は!』

『……プライドはねえのかよ』

『んなもん実家の犬に食わせた!』

『……』

 誰もが望みの道に行けるとは限らない。どれだけ絵が好きでも、その道に進もうと思ったら親の理解が、支援が必要だ。『普通』の幸せを望む善意が、子の想いを踏み躙る。よくある話だ。何処にでもある話。

 それでもキョウは諦めなかった。諦めきれずに絵にしがみついた。この大学の期間が最後の勝負、ここで親を納得させるだけの成果を出す必要がある。

 だから彼は数字を求めた。現代においてSNSのフォロワー数は強さである。商業で通用する絵、程度では仕事など来ない。技量と数字、二つあって初めて金になる仕事が舞い込んでくるのだ。似た道筋を辿るのは彼らが必死だから。

 その道で食っていくために必死で這い上がっているから。

『数字ばっか追ってて疲れねえの?』

『疲れるし辛いよ。でも、そうしないと勝てないから、やる。卒業までにサラリーマンより稼げばさ、親も納得してくれるだろ? それが俺の、目標だから。好きなことはさ、食えるようになってから……そう決めてんだ』

『……好きなことって?』

『ロボット』

『……ガン○ム的な?』

『いや、マジン○ーとかグレン○ガンとか、勇○シリーズ的なやつ』

『……ス、スーパーロボット。せ、世代じゃねえだろ』

『知ってるの?』

『……一応、それなりには』

『……同世代だと初めてだ』

『……俺もだよ』

 この時代、ロボットアニメはきつい。どうにも海外じゃ操縦するタイプはウケないし、そうでなくとも国内人気もずっと下火だから。

 平成初中期、00年代まではまだ勢いがあった、らしいが。

 そりゃあ戦う気も起きんわ、と笑ったのを覚えている。

『これ、俺の趣味絵』

『ぶは、バリメカっぽい』

『わかる? あの人は俺の神様だから』

『……そっか』

 バズだけじゃいずれ消費され、消えていくだけ。それはキョウ自身もわかっているし、彼自身現在はSNS活動ではなく舞い込んでくる仕事に重点を置いている。いわば彼にとってバズは踏み台、目標への過程でしかなかった。

 あの喧嘩から仲良くなった。彼も友人は欲しいが、大学に活動を持ち込む気はないらしく、クリエイティブではない団体を巡っていたらしい。

 そして最終的には男女比が終わっている今のCCCに入った。イナゴのように入り込もうとしてきた女子は、新歓で当たり前のように徹マンを行った負のオーラにより蹴散らされ、今はキョウにとっても安住の地となっている。

 今では同世代だが尊敬している。同い年ではない。

 彼は指定校、僕は浪人、互いにほんのり肩身の狭い身分である。

 まあ、入ってしまえば何でも一緒なのだが。

『島崎さ、格好ダサくない?』

『え? 駅前のフォー○スで揃えたんだけど』

『何処だよ、そこ』

『地元で一番ナウい場所だって、母ちゃ、お袋が』

『もしかして大学デビュー?』

『……違わい』

『くく、とりあえず、服でも買いに行こうぜ』

『金ない』

『なら、短期のバイトで稼ぐしかないな。紹介するよ』

『……えー』

『あと、紅葉って呼んでもいい? 俺のこともキョウでいいからさ』

『……別にいいけど』

 あと、服装及び東京さの師匠でもある。


「思い出した?」

「たいして上手くない、と下手は違うと思う」

「詭弁だなぁ」

 今となってはいい思い出、と思えるのは僕が加害者側、先に手を、口を出した方だからか。我ながら逆張りでは済まない酷いことを言ったと思う。

 許されたのはきっと、キョウの器が大きかったから。

「……ふと思ったんだけど」

「なに?」

「あの喧嘩、どう考えても紅葉が悪いよな」

 あれ、

「そういう考え方もあるかもな」

「ごめんなさい、その一言があればなぁ」

 急に器縮むじゃん。

「でもまあ、喧嘩両成敗だろ、うん」

「あー、急に紅葉のごめんなさいが欲しくなって来たなぁ」

「……悪うございました」

「ごめんなさい、が良かったけどまあいいや。許す。ってかさ、あの時点だと少し図星なとこもあったから、こっちもカチンときたところあったし」

「何処が? 今更だけど結構やべーこと言ったよ、俺」

「今でこそ自分の絵柄とか強みが見えてきたけど、当時はかなり量産型だったから。その自覚もあった。今見ると解剖学的にもあれな出来だったし」

「……まあ、一年で大分上手くなったよな、キョウも」

「これでも勉強してますから」

「それでこそ神絵師」

 僕はまともに利用したこともないけれど、キョウは結構学校の図書館を利用している。色彩とかパースとか解剖学の本とか、タダで読めてありがたいそうだ。

 その勤勉さには頭が下がるよ、本当に。逆を張る気にもならない。

「逆張りクソオタクからの賞賛気持ちィー」

 まあこんな感じで僕みたいなのの友人を未だにしてくれる彼は、何だかんだとデカい器の持ち主なのだ。

「この子たちの服装、当時の?」

「ああ。図書館でちょちょいと調べてね。平成初期のキッズだ」

「……短パンエグイな」

「俺の推しポイントだな。当時の風俗を再現しただけ、決してそういう意図はない。けれど、そう見えてしまうフェチズムを盛り込んだわけよ。白いハイソックスもそう。これは鉄板だって野生のショタ好きが言ってた、と紅葉から聞いた」

「……全体的にぷにっとしてんね」

「ショタは石○監督、ロリは宮○監督、これも紅葉のうんちく聞いてから勉強した。マジのガチで変態だわ、あの二人」

「……そっかぁ」

 ロボットへの巨大な愛情の裏返し、この男は有機物に関してはかなりフレキシブルに学習を絵に盛り込むところがある。こだわりがないからこそ上達し続ける、と言うのも不思議な話だがよくあること。

 その上でキョウの絵だとパッと見わかるようになってきたのだから、やはりのし上がっていく男はモノが違う。

 凄い男だ、と心底思う。

「色は?」

「まだ決めてないかな。家で塗りながら考える」

「……色見は全体的に明るくした方がいい、と思う」

「その心は?」

「脚本面で足りない幸福感、綺麗な思い出であることを絵で表現できるから。出来るだけ実写と差別化した方が、物語的にも映える」

「……ふーん、なるほどね。それ採用」

「門外漢の意見だし、それにこの脚本じゃあまり意味は薄いかも、だけど」

 結局後半部分、実写でもハッピーエンドなら、ここの陰影はあってもなくても同じである。まあ、ほんのり見栄えが良くなる程度か。やはりどう考えてもここは『無難』な造りにすべきなんだ。折角の二部構成、折角の舞台、

「……」

 折角のキャラデザなのに――勿体ないなぁ。

「……くく」

「なに?」

「いや、紅葉が逆張りたそうな顔してるから」

「……逆じゃねーよ」

「あはは、そりゃそうだ。結局さ、逆順、裏表、それってどこから見るか、だからさ。創り手と受け手も、ある部分ではそうなると思ってるよ、俺は」

「……?」

「俺は紅葉の逆張り、結構好きだって話」

「……頭大丈夫か?」

「浪人に心配されたくないね」

「……それ言ったら戦争だぞ、指定校」

「おン?」

 そして始まる、醜い服の引っ張り合い。

 ビバ、不毛なるモラトリアム。

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