第4話:今はいない
三田にある某ラーメン店発祥のデカ盛り系ラーメン。小で他店の大盛りを遥かに凌駕し、大盛りともなれば完食すると賞賛の目が向けられるほどである。僕も一度限界まで空腹を研ぎ澄まし挑戦したが無様に敗れた。
隣のキョウが手伝ってくれなかったら今頃あの寸胴の中にいたはず。
昨今、あまり男女がどうこう言いたくはないがそれでもあえて言う。デカ盛り系ラーメンは男の食べ物である、と。と言うか男でも初見は大体撃沈する。
ここはインスパイアだがチャーシューのクオリティが高く、正直某店に並ぶよりも全然いい。店主の愛想は、まあ、ご想像の通りであるが味は美味い。
量もしっかりとある。
何よりチャーシューが良い。何度でも言う。チャーシューが良い。
ゆえに『豚』なのだ。
「全マシニンニク抜きで」
「……」
「あ、自分ヤサイ少な目、アブラマシ。ニンニクは、抜きで」
「……」
これでオーダーは通っている。たぶん。
いつものノリでニンニクを入れそうになったが、さすがに隣が女子なので必死に自分を律した。ニンニクを入れないデカ盛り系に意味はあるのか、と自問するも、其処は自制心が勝る。まだまだ僕も捨てたものではない。
「……」
無言でお出しされたのはまるで山盛りのご飯の如く天を衝く野菜と脂の競演。僕はヤサイ少な目なので控えめだが、お隣さんはえげつない見た目である。
まあ、最悪自分が手伝うつもりでヤサイ少な目にしていたが、
「いただきます」
初手、天地返し。あれだけ盛られた野菜を器の外にこぼさず、巧みに野菜の下から麺を持ってくる手腕は巧みの一言。この時点で僕は素人ではないと判断した。
圧倒的杞憂である。
僕やキョウでさえ、増した野菜をこぼさずに食べられるか、と言えば怪しい。二人とも普段マシの場合はある程度野菜だけを食べてから、天地返しに移行と言う日和りプレイングの甘ちゃんである。それをあざ笑うかのような職人芸。
そして一気呵成の、すすり。
えげつない吸引力。ダイ○ンもびっくり、麵がとめどなく彼女の口の中へと消えていく。信じられない。こんな女子、この世に存在していたのか。
「……」
店主が動じていないと言うことは、きっと彼女は嘘偽りなく足しげく通っていたのだろう。僕らとは時間が噛み合わなかっただけで。
それにしても何という豪胆な食いっぷりか。
この光景だけで物語が創れそうなほどである。
フードファイター真琴。たぶん伝説の八週打ち切りに迫る駄作になるだろう。
「食べないんですか?」
「あ、いや、食べるよ。もちろん」
箸休めの給水、ならぬ給野菜のペースも絶妙の一言。下手すると自分たちよりも相当この手の店に通っているのでは、と思ってしまう。
間違いなく己より格上。
「ごちそうさまでした」
ぺろり、完食。さすがに汁まで完飲はしなかった。と言うかしそうで怖かった。それほどまでに鬼気迫る雰囲気であったのだ。
時田真琴、恐るべし。
「外で待っていますね」
「お、おう」
僕、屈辱の周回遅れ。己の、男のテリトリーだと思っていた場所で惨敗を喫し、改めてジェンダー論の講義しっかり受けとこ、と思った。
講義の評判に関しては割愛する。
○
「大した食べっぷりだ。恐れ入りました」
「それほどでも」
食事を終えた後、外濠の周りにある遊歩道、みたいなところで腹ごなしの休憩をしていた。ベンチがいくつもあり、春先にはお花見の場所取りなどで熾烈な争いをすることになる。今はただの通り道、たまに僕らみたいに休む人がいるくらい。
「ガツンと気合を入れたい時はよく行きます」
「俺たちも腹空かせた時は、とりあえず『豚』がファーストチョイスかな」
「炭水化物、脂質はもちろん、チャーシューでたんぱく質を、野菜でビタミンまで確保できます。完全栄養食です」
「……俺、一時期一日一食デカ盛り系ラーメンだけで暮らしてた」
「どうなりました?」
「体調崩した」
「……完全栄養食ではなさそうですね」
「残念ながら」
忌まわしき思い出。食費は削りたい。でもお腹は満たしたい。その相反する思いを叶えた最善手、一日一食デカ盛りラーメン。
が、その夢は儚く散った。色々と狂ったのか肌が尋常じゃなく荒れ、皮膚科の医者はよくわからないけどこれ塗っとけ、と万能薬ステロイドの塗り薬をくれた。一発で治ったが、どう考えても原因は食生活の乱れであったので其処は改めた。
以後、再発はしていない。
「撮影、上手くいかず申し訳ありませんでした」
「田中さんだっけ? 強烈だったなぁ」
「……田中さんの言うこと、どう思いました?」
「個人的にはありだと思ったけど。男って哀しいかな、作った声好きだし」
「女は嫌いですよ」
「そりゃそうか。想定してるターゲット次第じゃない? 知らんけど」
「出来るだけターゲットは絞りたくありません。男性も女性も、万人に受け入れてもらえる作品作りが私の目指すところなので」
「そりゃあ大変だ」
ターゲットを絞った作品が簡単だとは言わない。百合、BL、エロ界隈もそうだろう。狭く、深く、特化した作品は本当に好きな者にしか作れない。半可通が手を出せば火傷する。何処にもそのジャンルにある不文律というものはあるから。
だが、やるべきことは明白だ。求められていることも。
男性向け女性向け、基本的に異性の扱いが大きく異なる。と言うよりも逆になる、が正しいか。男性向けは女性を理想化し、女性向けは男性を理想化する。
あくまで一般論、全てに当てはまるわけではないが。
基本は欲望に根差した通りに構築すれば、男女ともに外れはないだろう。
しかし、男女ともに、万人に向けた作品作りとなればとてつもないバランス感覚が求められる。主に2パターン、男女どちらにもフックを設けるか、どちらのフックも捨てるか、である。前者は偏らぬようにキャラの出番を調整する必要があるし、後者であれば作中にアニメ的なお約束は使い辛くなる。
さらに年齢の縦軸まで増えたら、達成出来ている作品を探した方が早い。あるのかどうかも僕にはわからないが――
「今回の企画、島崎さんはどう思われましたか?」
「……俺が、か」
僕がどう思うか。それに関しては答えにくい。俳優は良いと思う。約一名不安なのもいるけど、別に大根と言うわけでもなかったから。むしろ、若干異性に媚びつつも違和感はなく上手く落とし込んでいるとまで思った。
時田さんのこれまでの作品を見る限り、おそらくアニメーションも良いものを作って来るだろう。声優だって、何かの伝手はあるだろうし。
大学にもそういうサークルがあったような。あれはイベサーだっけ。
企画は面白い。それを作り出す人たちにも不安はない。
だけど――
「やはり、不満そうですね」
「不満はないって」
嘘だ。不満はある。一番僕にとって重要な部分に。
「脚本ですか?」
「だから不満はないって。よく出来た脚本だろ」
その通り。でも言わない。いつもは遠くの、自分には関係がない作品だからズタボロに言える。貶せる。自分の言葉に影響がないとわかるから安心できる。
何を言っても変わらない。不毛だからこその逆張りクソオタクなのだ。
「島崎さんは嘘吐きですね」
「……だからさ――」
君は何が言いたいんだ、そう苛立って向けた眼は彼女の真っ直ぐな眼と衝突し、重なり、情けなくも僕から逸らすことになった。
何なんだよ、この子は。
「私、あの脚本を面白いと思っていませんよ」
「……は?」
「一番マシだから選んだだけです。妥協です」
わけがわからない。過去作品にほとんどストーリー性のあるものはなかったが、映像面での妥協は見受けられなかった。そういうことをしないから、周りから抜きんでているし、評価も貰っているのだろう、と思っていたのに。
「なら、周りじゃなくて外側の物書きに頼めばいい。自主制作でもアニメ作品だ。しかも時田さんには実績もあるからな。乗っかりたいワナビは星の数ほどいる。引っ張りだこの神絵師キョウを捕まえるよりよっぽど簡単だ」
「ワナビ、なんて言葉ご存じなんですね」
「……ネット小説を読むのは好きなんでね」
「……そうですか」
有償でこの企画を断る物書きはよほどのハイクラスだ。無償でも入れ食い状態、SNSではお祭り状態になるだろう。それだけ現代では文章そのものに訴求力がなく、絵などの付加価値にそれを求めてしまうのだろうが。
知名度が欲しい。人気が欲しい。
そうすれば自分も――
「時田さんは?」
「読みますよ。最近、忙しくて追えていない作品も多いですが」
「好きな作家に声をかけてみれば?」
「……」
飛べるんじゃないか、そんな夢を見ているから。
そんなの夢でしかないのに。
「好きな作家、ですか」
時田さんは静かに立ち上がる。僕の隣にいる彼女は、
「そ。読んでいるなら一人くらいいるだろ?」
虚ろな笑みを浮かべ、
「昔大好きな作家さんがいました。でも――」
僕を、
「もういません」
見る。
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