第3話:なんじゃこりゃ
「なんじゃこりゃ」
なんじゃこりゃ。
「方々で募集した脚本の候補です」
見ればわかるよ時田さん。僕が言いたいのは何だこのクソミソどもは、って話です。まず半分が物語になっていない。何処かのMVを真似たような、出来損ないの雰囲気脚本。たぶん創作者だけが気持ちよくなっている奴が半分。
物語になっている方も見ていて顔をしかめたくなる。何故二部構成なのか、何故舞台が団地なのか、そんなものを一切考慮していない必然性のない物語。山なし、落ちなし、意味なし、今ではそう使われることも少なくなった本物のやおいである。
唯一、まあ、見れなくはないのは――
「これ面白いですね」
「アニ研の脚本部門ですね。綺麗にまとまった作品かと」
「何かプロっぽい。どう思う、紅葉」
「……いいんじゃない」
ガチサークルであるアニ研の作品だけはある。無難にまとまり、無難にハッピーエンド、悪くはない。これよりひどい商業作品はいくらでもある。
それでも思う。これだけ書けるなら何故もう一歩踏み込まないのか、と。題材に対して真摯に向き合えば、物語はこう着地しないはず。
よく、バッドエンドやビターエンドは創作者の逃げと言われる。理由は簡単だから。特にバッドエンドは最後にちゃぶ台をひっくり返せば成立する部分はある。僕自身、安易なバッドエンドを見た時は逃げたな、と思うし。
ビターエンドもそれに近い。甘味の調節は腕の見せ所だが、それとてテンプレの型に沿えばそれなりの形にはなる。まあ、それを言ってしまえばハッピーエンドもそうなのだが。受け手に納得感を持たせ、達成感を共有させ、大団円で締めるのは意外と難しい。其処までの積み重ねがあってこそなのだ。
王道の着地は分厚い過程があってこそ。
正直に言えば、たかが三十分尺でそれだけの積み重ねをやるのは不可能に近い。実際に出来上がったものは薄く、陳腐と言わざるを得ない出来だ。
ある種、ここでビター、もしくはバッドを選択することもまた創作者にとっては逃げであるかもしれない。この題材、この尺、無難なのはこちらであるから。
ただ、冒険するなら、戦うなら、勝算が必要だ。物語構造のテンプレ、それをズラしても勝てるという確信が、これらの脚本からは読み取れない。
なら、従えよ。型を破る技量もないんだから、と思ってしまう。
まあ、そもそも型を理解していないのだろうが。
「不満そうですね」
「全然。いつもこんな顔だから」
「そうは見えませんが……もしご不満でしたら一筆どうですか?」
「お、女子からの指名だぞ、紅葉」
「……やらないって」
「何故?」
時田さんがじっとこちらを見つめてくる。こうしてまじまじ女子と目を合わせる機会などなく、どぎまぎしてしまうが――
(あれ、何か、既視感が――)
ただ、今はそんなことを考えている場合ではない。
「何故って、やったことないし出来ないから」
「国語、習ったことないんですか?」
「それとこれとは――」
「おいおい、紅葉。ブーメランぶっ刺さったな」
煩い。
「世の創作に不満を抱いたなら、自分で創るしかありませんよ」
小洒落た女子が偉そうに。オタクってのはこう、もっと小汚くて、髪の手入れとかしないで、周囲から距離を取られるような格好であるべきなんだ。
「私には表現したい世界があります。貴方は、どうですか?」
じっと覗き込むような眼。自信に満ち、迷うことを知らない眼。成功体験を重ね、歩む道に疑いを持たず、先へと進む勝者の眼。
キョウもそうだけど、本当に嫌いなんだよ、この眼がさ。
「そんなものねえよ。ラーメン食って美味い不味いを言っても、ラーメンを作りたいなんて思ったことはない。俺はただの消費者だから」
「……格好悪いですね」
「ほならね理論をのたまう創作者も大概だけどな」
ほならね理論。とある動画配信者が世に放った名言「いやーほならね、自分が作ってみろって話でしょ? そう私はそう言いたいですけどね」と言うのが元になった理論、と言っていいのか微妙なところだがそれが始まりである。
元々、クリエイターやアーティストがこういった発言をするのはちょくちょくあることで、初めて出てきた論法と言うわけではない。
ぐだぐだ言うならお前がやってみろ、と言う受け手にぶん投げるやり口は賛否あり、僕自身思うところはあれど火種となりがちなので創作者は気を付けたいところ。
これを受け手に向けて言った瞬間、ある意味創作者としては敗北だとは思う。
受け手に向けて、なら。
「まあまあ、二人とも落ち着いて」
キョウが間を取り持つも、彼女は自分の言葉を曲げる気がなく、僕もまた彼女の眼が気に食わないので引き下がる気はない。ダサいのはわかっている。
だけど、そんな眼が出来るのは成功しているからだって、彼女たちは知らないのだ。わからないのだ。だって彼女たちは今のところ成功者だから。
負けてもそんなこと言えるか、世界を表現したいなんて格好いいこと言えるか、ズタボロになっても真っ直ぐな眼が出来るか。
「とりあえずこの脚本をもとにキャラデザするよ。あと、出来れば後編の演者もわかると解像度が上がるかなって」
「それならすでに決めています。A部演劇研究会から主役の男性を一名、あとエキストラを数名お借りする予定です」
「うお、A部か。これまたガチサーだな」
A部演劇研究会。これまたサークルの中ではガチ寄りであり、学生生活の大半をその活動へ捧げている者が多い。もちろん内部でも温度差はあるが。
ちなみに演劇畑、意識の高まりが限界突破すると苦労して入った大学を演劇のためにやめて、修羅の道へ突っ込んでいく者がぽつぽつ現れる。
「ヒロインは?」
「その辺で拾いました」
「「え?」」
「喫煙所で気持ちよさそうに煙草を吸われていたところをスカウトしました」
「……き、喫煙所」
大丈夫なのか、と思ってしまう。A部に伝手があるなら、ヒロインも其処から調達した方が良いと思うのだが、その辺は監督のこだわりでもあるのだろうか。
僕らにはわからない話である。
「案のやり取りは二稿まで、と言うことでよろしいですか?」
「別に何稿でもいいよ。サークル活動だし」
「それは駄目です。ただでさえ無償なのに、其処まで甘える気はありません」
「別にいいのに」
「その代わり、気に入らない部分は容赦なく赤を入れます」
「……頑張りまーす」
これで話し合いは終わり。あとは演者の写真を送ってもらい、二度やり取りしたら自分たちCCCの役割もまた終わる。
キョウと適当に駄弁り、無責任な指摘をいくつかして、それで――
「あと、クレジットの件ですが、私としてはイラストレーターのキョウさんの名を入れたいと思っています。公開の際は乗っかりたいので」
「正直だね。まあ、入れる分には良いけど、うちのサークルの名前も入れて欲しいなぁ、と思ってるんだけど、どうだろ?」
「……あまり仰々しくしたくないので基本個人名のみと考えていたのですが……そういうことであればサークルとして一名、人を借りても良いですか? 他の団体以上に協力して頂ければ、角も立たないと思いますので」
「え、ああ、どうだろ? 俺部長でも何でもないし」
「其処の島崎さんで構いません」
「は?」
「ならいいよ」
「おい!」
「では、交渉成立と言うことで」
「ちょ、待て、ふざけんな!」
「よろしく」
「こちらこそ」
がしっと握手、じゃない。勝手に自分の身柄を引き渡したキョウもキョウだが、つい先ほど口論した相手である僕を所望した彼女も謎である。
「人身御供かよ!」
「まあまあ、部室のため部室のため」
「それ言えば何でも通ると思ってんじゃねえだろうな」
素知らぬ顔の友達、だったキョウは下手くそな口笛を吹く。今どきアニメでもやらんぞ、そんな使い古されたダサい演出は。
「島崎さん、よろしくお願いします」
「……よろしく」
たぶん、この時の僕はめちゃくちゃ顔を歪めていたと思う。
○
アニメと実写のハイブリッド映画。どうやらまずは実写から片付けるようである。いくらアニ研の人出があるとはいえ、十五分近くのアニメとなれば制作にかなりの時間を要するし、完成の見込みも不透明。其処に合わせるよりも見通しの立ちやすい実写から、と言うのは理に適っている。
今はセリフ合わせ。公認団体の特権で部屋を借り、演者の顔合わせも兼ねてこうして集まり、まずはセリフの演技指導から始めていた。
「久しぶり、元気だった?」
「ああ。それなりに」
エキストラも含めてA部演劇研究会の面々はさすがに上手い。
何が上手いって――
「其処はもう少し自然に、声の張りを押さえる感じで」
「「はーい」」
「ではもう一度」
「久しぶり――」
この修正力。指示に従い演技を変える幅が素人である僕らとは一線を画していた。普段、舞台の上で演劇をする時は不自然なほど大仰に、舞台の端にまで行き渡るような演技をしている彼らだが、シチュエーションが変われば其処に適した演技が出来る。餅は餅屋だな、と思い知らされていた。
「ここ変わってないねー」
そしてもう一人、一番危惧していた謎の人物である喫煙所でスカウトされた野生のヒロイン、彼女の華には少し驚かされた。
名字は田中、名前は秘密、とかいうふざけたプロフィールであるが、ただ其処にいるだけで映える感じは、演技上手な者たちでも真似は出来ない。
キョウも彼女の写真を見て「いいね!」と創作意欲が増したと言っていた。
ただまあ、
「明るいのは良いですが、声のトーンはもう少し控えめで」
「えー。でもこっちの方が男の人は喜ぶよ?」
「……周りに合わせてください。悪い意味でアニメ感が出過ぎています」
「そうかなー?」
舞台の経験を積み、しっかりと現場の上下関係を叩き込まれたA部の皆さんとは違い、野生の田中はとにかく御し辛い様子。
時田さんが幾度も頭を抱えているのを見ると、さすがに同情してしまう。
まあでも、アニメと合わせるならそれもありだな、とは思うが。問題は他との兼ね合いであり、時田真琴の世界観とのズレ。
こればかりは時田さん次第である。
周りに合わせるか、周りを合わせさせるか。
とりあえず――
(……やることないなぁ)
現状、僕にやるべきことは何もなかった。ただこの場にいるだけ。まあ、部屋の準備で机を移動させたり、椅子を並べたりなどは手伝ったが。
今はもう、部屋の隅で座っているだけである。
何かを創らんとする人たちを、何も創らない僕が眺めるだけ。
不毛だな、と僕は思う。
○
「おつかれー! バーイバーイ!」
ひゅー、と風のように去っていく野生の田中さん。A部の面々は何とも言えぬ表情である。監督としたこの場を統括する時田さんが一番もやもやした表情をしていたが。他者と折衝しながらモノを創るのは大変だなぁ、と思う。
この辺り、僕も素直に出来ているのだ。
「お疲れさん。大変だったな」
「……いえ。自主制作ではよくあることです。噛み合うことの方が稀ですから」
「へえ、そうなんだ」
「はい」
高校時代から自主アニメ制作と言う個人プレイでは難しい世界にいた彼女はさすがにタフであった。まあ、世の中には個人で一本創り上げる鉄人もいるのだが。
ただ結局、一人で出来ることには限界がある。
そういう意味では彼女の歩む道の方がプロへは地続きなのだろう。創作現場で分業化が進めば進むほど、仕切る力が、人を使う力が必要になって来るから。
それはとても大変なことだと思う。
「島崎さん」
「なに?」
「お腹空いていますか?」
「まあ、それなりには」
時刻は午後六時、それなりには空いている。
「ごはん行きましょう」
「……時田さんと?」
「はい」
仲悪い方だと思っていたので突然の申し出に少々臆してしまう。普段はこう、イケてる友人のキョウに合わせたキャラで生きているつもりだが、僕自身中身は極めて陰に寄った逆張りクソオタクである。当然童貞。
何なら女性とサシで食事に行ったこともない。
手札はゼロ。
「え、と――」
口ごもりながら僕は頭を働かせていた。この場合、どういった店に入るのがベターなのかを。無難にファミレス、それとも気軽に入れつつ小気味よい変化球を交えたお洒落カレー屋、はたまた学校そばのビルに入っている飲食店か。あえての焼肉、それとも洒落たイタリアンとか、いや、そんなもん食う金の余裕はない。
どうする、どうすべきだ、と悩み、惑う。
「では、行きましょうか」
「……何処へ?」
「私の行きつけです」
「……お供します」
どうやら選択権は端からなかったようである。安堵はするが、同時に別の緊張も走る。口調こそ事務的だが見た目お洒落女子の時田真琴プレゼンス、如何なる店が出てくるのか恐ろしい。最近バイトをやめ、仕送りを貪る僕にとって、一食の重みは相当なものがある。出来れば三千、いや二千、収まってくれー!
ただ、願う。少しでも安く収まることを。
そして辿り着いたのは――
「……行きつけ?」
「はい」
「……時田さんの、だよね?」
「もちろんです」
大学からほど近い場所にあるとある『ラーメン』屋であった。周りには飲食店がたくさんある。ラーメンでももっと、女子向けの店はあるのだ。まあ、この辺りよりも市ヶ谷方面か神楽坂の方が女子の選択肢は多いが。
ただ、ここは違う。間違っても女子がチョイスする場所ではない。
ここは僕らの聖地、
「英気を養いましょう」
「は、はい」
通称『豚』が名物のデカ盛りラーメン店である。つけ麺もあるよ。
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