第2話:時田真琴
「……」
部室には現在六人ほど人がいるのだが、キョウ以外は僕も含めてかなりコミュニケーションに難がある、いわゆるコミュ障であるので見知らぬ人が入って来るとご覧の通りフリーズしてしまう。ここは陰キャの巣窟なのだ。
しかも相手があか抜けた女子ともなれば、もはや金縛りにあったも同然。なんかこう、よくわからないけれど丸みを帯びたお洒落な髪形。値段は知らないがきっとお洒落な丸い眼鏡。服もたぶんこだわりがある、気がする。知らないけど。
要は僕らとは対極の生き物と言うことだ。性別も含めて。
「アニメーション制作研究会所属、時田と申します」
「アニ、研!?」
僕も含めた全員が絶句する。
大学のサークル活動と言うものは大体二極化するものなのだ。一つは自分たちのような緩く、ふわっとした活動でモラトリアムを満喫する側。もう一つはアニメーション制作研究会のようにガチでリソースを全ツッパしている側。
ガチサークルはその名の通り、体育会にも比肩し得るほど活動頻度や時間が多い。アナウンサー志望の多いとある研究会は時折就活でもないのにスーツを身にまとい軍隊の如く校内を行進しているのが目撃されている。
そしてこのアニメーション制作研究会は設立年こそ浅いが、不夜城と謳われるほど夜遅くまで活動し、制作物の持ち帰りは当たり前、今でこそ収まったがかつては立ち入り禁止の時間に構内に潜み、作業をしていたという逸話を持つ。
そんな精鋭の一人が、こんな場末に何の用なのか。
時田さんとやらが部室を見渡し、一瞬僕と目が合った気がした。
が、
「イラストレーターのキョウさんがいらっしゃると聞いたのですが」
どうやら気のせいだったようである。
「あ、俺です」
キョウ以外の皆、なるほど、と状況を把握して各々の世界に戻る。僕もスマホを弄り始めた。アニ研がイラストレーターに用があるのなら、用向きは一つであろう。もしくはイケメンの彼をハントしに来たか。どちらにせよ僕らには関係がない。
「現在、私は映画制作を企画しております。こちらが企画書です」
「どうも」
「つきましてはこちらのキャラクターデザインを依頼させて頂ければ、と。金額に関しては依頼サイト準拠で、キャラ数に応じたものを考えております」
「ちょっと企画書見ていい?」
「もちろんです」
キョウはパラパラと企画書を眺め、
「友達に見せても?」
「この場であれば」
「紅葉、ちょっとこっちに来て見てみなよ」
「……俺?」
何故か僕に声をかけてきた。正直、あまり興味はない。学生がアニメを作ると言うのは凄いことだと思うし、普通じゃ出来ないことだとも思う。
それだけ時間が必要なのだ、アニメ制作には。
ただ、だからこそ学生では出来ることに限りがある。五分、長くて十分、それでも超大作と言えるだろう。ただ、其処にストーリー性を盛り込むのは難しい。
十分あれば不可能ではないが、かなり出来ることは限られる。
そういう意味でも素人のアニメ制作自体に、あまり興味が持てないのだ。
「どうよ?」
「……舞台、団地。過去と未来を繋ぐ物語、か」
まず目を引くのはこの企画が二部構成であるということ。アニメパートが前半の幼少期を描き、後半は演劇研究会などの協力を得て実写で青年期を描く。尺は三十分、アニメだけで考えれば途方もない労力が必要だが、実写部分で埋められるなら悪くない。もちろん人の調整や編集は大変だろうが――
団地と言う舞台もある意味ホットではある。時代は令和、昭和レトロを経てとうとう平成レトロなる言葉がささやかれ始めた昨今、団地舞台の作品はぽつぽつと出てきた。平成初期、1990年代を表す言葉であり、そのモチーフとして団地が採用されているのだが、それなら昭和で良くないか、と言うのは禁句。
創作においてノスタルジー、郷愁と言うのは一種の飛び道具。丁寧に作り上げられたなら郷愁一本で感動を与えることが出来る反面、適当に作るとターゲット層が当事者たちであるため、手痛い洗礼を受ける羽目になる。
正直、世代じゃない僕らが触っていい題材とは思えないが、上手くやればそれなりに面白い物語にはなると思う。
前半部分で思い切り郷愁を掻き立て、後半部分で落とす。
結末はビターが良い。頭ハッピーエンドな連中は何がなんでもハッピーにしたがるが、郷愁を下敷きにした題材でハッピーなんざクソ喰らえだ。
ハッピーなのは夢の中で充分。夢と現実に陰影がなければ、其処に意味はない。
思い出は夢に似ている。夢から覚める時、人は胸を締め付けられる。遠くの、知らない時代であっても、そういう作りなら今の僕らにもセピア色は届くのだ。
美しい物語とは必然的であるべき。
もちろん絶対ではない。時にはズラしてもいい。それが物語のエッセンスとなる。だが、ズラしの多用は物語において没入感を妨げる最悪手である。つまらない作品とは往々にして、根っこの部分に俺は違うのだ、という自己主張が透けるもの。
基本は王道で良い。王道が良い。
遊ぶなら枝葉ですべき。それなら事故は少ない。
それでも充分違いは作れる。
僕なら――
「……紅葉?」
「っ!?」
気づけば周りがしんと静まり返っていた。どうやら僕は企画書に目を通しながら、随分と長い時間『妄想』に耽っていたらしい。
「あ、その、これ、面白そうな企画、だと思う」
「へえ、あの逆張りが褒めたよ」
「毒しか吐かんと思ってた」
「それ」
「相手が女子だからだろ」
「面白い作品は褒めるっての。あと先輩、後で話しましょうか。あ、これ返すわ」
「おう。楽しそうで何より」
「……別に」
無難な脚本、六十から七十点(主観)もあればあとはどれだけ郷愁を煽れるか勝負。ディティールを掘り下げ、詰め切れるか、となるだろう。
企画としても十分現実的、ロケ地候補の写真もある。彼女の頭の中ではもう絵が組み上がっているのだろうか。門外漢なのでわからないが。
「依頼受けるよ」
「ありがとうございます。報酬については後程文面で――」
「あ、いらないや」
「……そういうわけには」
「大学内に仕事は持ち込まない主義なの、俺。やるならサークル活動の一環として。もちろん、受けるからには本気でやるよ」
「……私の主義には反しますが、わかりました。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ」
何がキョウの琴線に触れたのかはわからないが、学校内であまり創作活動をする姿を見せない男がトントン拍子に仕事を引き受けていた。
いつもの彼なら断ると思っていたんだけど。
「連絡先も――」
「では、こちらへ――」
まあ、僕には関係ないか。
「――それでは失礼します」
そうこうしている内に話し合いが終わったのか、彼女は部室から去っていく。非日常はこれで終わり。いつもの穏やかで無為な時間が、
「紅葉、一緒に考えようぜ」
「……絵は門外漢だって」
「まあまあ、いつもの逆ば、クソオタク目線でさ」
「言い直した意味!」
「あっはっは」
始まらず、どうやらしばらく非日常が続くらしい。
○
時田真琴、二十歳。僕と同じ大学二年、高校時代からネット上で有志を集い、アニメーション制作活動をしていたらしい。ちなみに僕と同じく一浪しているらしい。が、彼女の場合は某芸術大学を一年で中退し、ここへ来たらしい。
色んな意味で異色の経歴だと思う。
高校時代から活動、最近始まったばかりの高校生向け賞レースでもしっかりと引っ掛かっている。某芸大時代にも二作品制作し、どちらも賞に出していないものの、SNSに上げた際の反応は上々。界隈では新進気鋭の学生監督、と言える。
ぐりぐりと動かすより、雰囲気重視の作風か。少し前に三十秒ほどド派手に動かしている作品も作っていたが、これは習作のように見える。
中世ファンタジー、と言う何が中世なのかもわからないドラ○エやロー○ス、その他諸々の作品を足して割ったかのような世界観、がそう呼ばれるのだが、そういう雰囲気の作品が多い、気がする。ただ、処女作はVRもののSFだが。
全体的によく出来ているが、同時に妙な既視感、みたいなものもあった。
「おー、このカットいいなぁ。イカしてる」
「……何で俺も一緒に見させられているんだよ」
「サークル活動だぞ。全てはここの、部室のために、だ。部室を欲している非公認サークルはたくさんある。ここは安住の地じゃない」
部室、ここ外濠校舎の部屋数には限りがある。非公認から公認へ昇格するには三年以上の活動実績を携え、学校側に認められねばならない。結構ハードルが高く、飛び越えられるサークルは多くないが、それでも一握りは越えてくる。
キャパはすでに埋まっている。そうなって来ると必然、活動実績の少ない団体が目を付けられる。入れ替え、が本当にあるのか知らないが可能性はある。
と、ここの皆は思っていた。何せ心当たりしかないから。活動してないし。
「……」
「アニ研に乗っかった作品で、サークル名義をクレジットしてもらえたら学校側の心象も良くなる。賞でも取ったらしばらく安泰だ」
「……キョウが頑張ればいいだろ」
「俺は紅葉と一緒じゃないとやる気が出ない。ここ学校で、サークル活動だからさ。ほら、皆を見ろ。何でもいいからやれよって顔してるだろ?」
「……部室を盾にしやがって」
「俺たちの安住の地を失うわけにはいかないのだ。たまの奉公だよ」
「はいはい」
結局言いくるめられてしまうのだが、キャラデザ作りに関して手伝えることなどほとんどない。僕には絵心がないのだ。
こうして一緒に時田真琴のSNSにアップされた作品を見ているのも、何に繋がるのかよくわからない。まあ描く人間が必要だというのなら付き合うけど。
暇だし。
「剣と魔法の世界好きかぁ。結構意外だな」
「なんで?」
「いや、この手の自主制作アニメってSF的な世界観でぐりぐり動かすのばかりなイメージだったから。動きどやどや系」
「……そう言うの俺の専売特許だと思ってたわ」
「作画にはうるさいのよ、俺も」
確かに門外漢ではあるけど、枚数自慢のぐりぐり動かす作画は僕もあまり好きじゃない。好きなシーンもあるけど、それはあくまで構図とか動きの流れが美しいのであって、バタバタシャカシャカ動かすだけじゃあ品がない、と思う。
「ただ動かすだけじゃなくて外連味が欲しいよな、アニメなんだし。時田さんの作品はその辺、結構アニメーションしていて好きだなぁ」
「止めるとこは止めて、みたいな?」
「そ。緩急あるし、動きドヤる系もパースあえて崩してさ、勢いある感じに見せているわけよ。他がきっちりしてるから、より映える」
「ふーん」
学生でこれだけのものを作るのは凄いことだとは思う。賞も取っているし、キョウほどではないけどSNSのフォロワーも多い。期待されているんだろう。
ただ、やはり短い尺だとなかなかピンとこない。音楽のMV的な、行間を読ませる雰囲気アニメーション。好きな人は好きなのだろうが――
(行間が読み取れる作品は好きだけど、行間を読ませる作品はあまり、なぁ)
今回の作品がどうなるのかはわからないが、やはり自主制作アニメの限界、と言うのはある気がする。もちろん某有名監督が企業とタイアップした作品のように、工夫次第で短くても美しい物語を紡ぐことは出来る。
が、それは例外中の例外である。
「で、キャラデザどうすんの?」
「んー、考え中。出来れば脚本が欲しいんだけどさ」
「貰えばいいだろ」
「まだないって」
「……はぁ?」
映画作りの手順はわからないけれど、自分の中では脚本ありきであって欲しい。何ならキャラデザも物語に沿った形に、それこそ物語のギミックに外見まで組み込めたならそれだけで綺麗な物語になると言うのに。
「今募集中なんだと。俺と同じで書きたい人に設定だけ渡して」
「……グダグダかよ。と言うかあの子が書けばいいんじゃね?」
「大作になるから分業したいんだってさ。描きたい世界はあっても、描きたい物語はないんだと。まあ、その気持ちはわからんでもない」
「……分業、ね」
「逆張りクソオタク的にはどう思う?」
「ありじゃね? 最近どの界隈もそっち方向に進んでいるし、人それぞれ得意なことは違うんだから分業化は自然な流れだろ」
「おお、珍しい」
「ただ、良くも悪くもクリエイターって我が強いから。上手くできるかは別の話だけどな。自分で向き不向きを判断できるフラットな感性は希少だろうし」
「なら、時田さんはそういう感性を持っているわけだ」
「……今は、な」
「意味深だねぇ」
「人間は変わるから。経験を積めば、今と同じじゃなくなる」
「お、ちょっと作品とリンクしたな」
「そんなつもりで言ってねえよ」
クソ、少し思ったことを言い当てられた。でも、其処が焦点になるとは思うんだよね。二部構成、変化、時の流れは必ず差し込みたい。
郷愁は飛び道具。メインは人の、環境の、『変化』になるべき。
「紅葉も脚本書いてみれば?」
「書かん」
「試してみればいいのに。意外といいのが書けるかもしれないじゃん」
これだけお膳立てされている以上、誰が書いても同じ。おそらく似たような内容になるだろう。あえて首を突っ込む気にはなれない。
そもそも僕は絶対に、もう二度と書かないと決めたのだから。
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