逆張りクソオタクの創作論

富士田けやき

第1話:逆張りクソオタク

 世の中馬鹿ばかりだ。

「……ポン」

 猫も杓子もバズバズバズ、中身なんて誰も見ちゃいない。

「トイトイか食いタンだな、こりゃ」

「安い麻雀だねえ」

 設定が破綻してようが関係ない。だって○○××は尊いから。

「うるせー」

 脚本の必然性なんて誰も求めちゃいない。テーマがブレても、そもそもなくても構わない。読み手ウケだけを狙ったキャラに、必然性のない衝撃なだけの展開、それはもう物語である必要すらない。

「親連狙い?」

「まあな」

「じゃ、それロン」

「……」

「うわぁ、ダマテンかぁ」

「うげ、高。ご愁傷様」

 ただのポルノだ。美しくない。醜悪とすら言える。

 別に今、目の前のクソイケメンに狙い撃ちされたから機嫌が悪いわけではない。かなり負けが込んでいるけれど、皆金がないから賭け麻雀ではないし、負けたところで痛くもかゆくもない。そもそも僕な常にこんなことばかり考えているし、ろくでもない人間であることも自覚している。

「……足りね」

「んじゃ、キリいいから俺ら帰りますわ」

「敗者は片付けよろしく」

「はいはい」

 別に負けたから機嫌が悪いわけではない。ここ重要。

「麻雀弱いなぁ、紅葉は」

「……賭けていたらもっと慎重に打つ、俺だって」

「そもそも賭け麻雀は違法だけどね」

「もちろん俺はやったことないけど。キョウは?」

「もちろんやったことないさ。神に誓ってね」

 僕の名前は島崎紅葉。たまたま名字が文豪で、親が好きだから名前も文豪になっただけの、ただの大学生。趣味は特になし。

「ちょっと煙入れてくるわ」

「付き合う」

 何も生み出さないただの口だけ野郎だ。


     ○


 ここは通称市ヶ谷モンキーパーク。入るのはそれなりに大変なはずなのに、入った瞬間知能指数が三段階ぐらい下がり、卒業する頃には立派なお猿さんになると有名な脳みそパリピ大学だ。クソミソに言っているが結構居心地は良い。

 ちなみにここは大学の隅に追いやられた喫煙所だが、僕は喫煙者ではない。喫煙所で友人と駄弁るのが好きなため、結構な頻度で副流煙を摂取しに来ているだけ。

 我ながら将来の肺が心配である。

「物語のリアリティラインって、人によって違うだろ?」

「突然どうした?」

 ちなみに隣で煙草をたしなむクソイケメンは僕の友人、佐伯響くんだ。名前がキョウ、と言うイケメンにしか許されない刻印を刻まれるも、それに見合う男に成長し女子人気は死ぬほど高い。講義で女子に声をかけられないことの方が稀。

 だと言うのにクソナードな僕らと大学で麻雀をしているのだからよくわからない人物である。性格は良い。其処がまた隙がなく腹立たしい。

 完全な僻みである。

「昨日アニメ見てふと思った」

「まあ、そりゃあ違うよな。バイトしたことない奴とバイトしたことある奴じゃ、アルバイト物の作品の見方は変わるだろうし」

「それ。よくあるのはあるあるネタで共感を得るやつ。これは経験をもとにした場合な。経験者はあるあるネタで満足。未経験者も知らない世界に触れられて満足。創作者的にも過去の経験、もしくは取材が活きて満足。八方良し、だ」

「ここで話が終わったらいい話だぞ」

「だけど、題材として使ってみたけれどよくわからないからふわっとしているやつ。これは程度にもよるけど基本創作者の甘えと妥協の産物だと思わないか?」

「……出た。突然のディス」

「手間を惜しんでガバる。しまいにはフィクションだから、ファンタジーだから、SFだから、で逃げる。もっと悪いのはあえてオミットしました、と嘘つくやつ。見たらわかるから。あえてデフォルメしてるか、わかってないかなんて」

「全てを網羅するのは無理だろ? 創作者も人間だぞ」

「なら使わなきゃいい。使う使わないは創作者の判断だろ? もし必要だってんなら、其処は手間を惜しまず詰めるべきだと俺は思うけどな」

「厳しいねえ」

「別にアマチュアの創作にそれは求めていない。俺はプロの、商業の作品に対して言っているだけだから。プロ野球の選手に相応のプレーを求めるのと一緒だ」

 キョウは何とも言えぬ表情で煙を吐く。彼は僕と違ってあまり毒を吐かない。僕は死ぬほど吐く。毒しか吐かない。もちろん好きな作品は褒めるよ。でも、好きじゃない作品の方が多いから、毒が多くなる。

 一度不愉快だったら距離を取ってくれていいよ、と伝えたのだが、爽やかな笑顔で受け流され、今に至る。

 結局不愉快なのか愉快なのかはわからず仕舞い。

「でも結局さ、リアリティラインは人それぞれだし、その辺りのディティールの甘さも大半の人が気づけず、ごく一握りの人だけが気にするなら――」

「手を抜いても良い。だから子供だましが横行する。要は世の中馬鹿ばっかってこと。本物と偽物の違いも見分けられないからな」

「……主語がデカい」

 世の中そんな作品が溢れている。作り込みの甘さ、人の営みを感じない世界観、人間を削ぎ落としたただの記号、リアルじゃない。異世界にだって人の営みがあって、それこそ大半の作品は価値観すら現代人と変わらない。

 なら、其処に在るべきものがなければ、気持ち悪いと思うのは普通の感覚だと僕は思う。だけど、世の中はそうじゃない。

 それがまかり通っている。

「まあ、物語に違和感を覚えさせないためにはディティールも大事なんだが、それって別に面白さとは直結していないんだよな」

「今までの話は……まいっか。面白さ、ねえ。それも人それぞれじゃないか?」

「俺はそう思わない。限りなく正解に近いものはある。古い作品に触れたらわかる。エンタメの本質は昔からほとんど変わっていないから。と言うよりも出尽くした、が正しいかな。人が面白いと感じる物語の構造に新しいものはない、とすら思う」

「それは何か嫌だなぁ」

「別に悲観する必要はないだろ。そもそも物語だけをくみ取って面白い、とする人間はそんなに多くない。アニメならキャラ、作画、音楽、声優、物語はその一要素でしかないからな。大体の人の面白いは、これら全部を合わせた総合力で決まる」

 物語だけを抽出して、評価する人間は稀だろう。だから明らかに構成面で失敗している作品でも、他がカバーして評価される作品はある。

 其処を分けて考えないからそれぞれの面白いが衝突することになる。

「あー、なるほど。俺は作画が格好良ければそれだけで楽しめるなぁ」

「さすが神絵師。絵心の塊」

 ちなみにこのキョウ、チュイッターのフォロワー十万を超えるバズ絵師、ならぬ神絵師である。天はこの男に何物を与えるのか。

 唯一勝てるのは入学方式による厳然たる学力差だが、そんなもの入ってしまえば全部同じなのであまり意味はない。虚しいだけである。

 そもそも僕は浪人なので其処の勝負は分が悪い。

 要は勝ち目なし、と言うこと。

「そういう紅葉は?」

「俺は逆に物語が良かったら、作画があれでもある程度は許せるタイプ」

「へえ、変わってるなぁ」

「俺からしたらキョウが変わってんだよ」

「そうなるかぁ」

「そうなる」

 お互い不毛極まる会話なのは重々承知している。と言うか僕ら文系って生き物は大学で如何に不毛な時間を過ごすか、と言うことに執念を燃やしているのかもしれない。僕らもCCC(カレッジクリエイトクラブ)と言う謎のサークルに所属しているが、哀しいかなここでは生産的な活動は誰もしていない。

 いや、厳密には学祭、コミケなどで各人が活動しているものをサークル活動と称して学校から部室を確保している大変あさましい団体である。

 普段は麻雀やカード、ゲームに勤しみ、実に不毛な日々を送る我々の辞書に生産的と言う言葉はない。少なくとも部室では神絵師すら不毛な時を過ごしている。

 不毛、何と甘美な響きであろうか。

 これぞまさにモラトリアム。

「メシ行く?」

「ラーメン?」

「もちろん。選択肢は家、豚、味噌」

「……今日は家の気分」

「俺たち相性良いな」

「きしょい」

 人生最後の楽園、大学生活を不毛にエンジョイしている。親には大変申し訳がないが、きちんと卒業して○○大卒の資格は取るから許してほしい。

「今日の感じならライス三杯は行ける」

「おかわり無料だからってやり過ぎだろ」

「なら紅葉はおかわりしないの?」

「……まあ、するけど」

 いざ征かん。我らが学生の胃袋を満たしてくれる聖地へ。


     ○


 今日も今日とて不毛な一日を過ごす。順調に知能指数は低下し続けている気もするが、私立文系で求められるのは縦と横のコネクション、いわばチームワークである。出席、レジュメ、果ては過去問までをいかにシェアできるか、其処が勝負の分かれ目。コミュ障な僕でも単位が取れているのはサークルのおかげである。

 緻密に計算されたサボり、ある意味職人技と言えるだろう。

 親はたぶん泣いている。

「おはよー」

「もう午後だけどな」

 キョウ、午後からの重役出勤。

「昨日、遅くまで仕事の絵描いてたから眠くて。ま、大学生はここからっしょ」

「忙しそうで何より」

「ありがたいことにね」

 ただ、自分のような何も生み出さずに、無為に時を消耗する者と違って、キョウのような生産活動を行っている者は立派だと思う。

 それが結果に結びついているのだから尚更。

「紅葉は何かしないの?」

「俺、美術2だけど?」

「絵を描くだけが創作じゃなくね? 文章とか?」

「……それはお金にならない。手間をかけるだけ時間の無駄だろ」

 売れっ子作家でも小説単体はろくに売れない時代だ。今は漫画化、コミカライズありきの時代。小説家の大半はその下敷きに使われている。

 それすら上澄みの中の上澄みなんだ。

「そんなことないと思うけどなぁ。最近ほら、色々あるじゃん。マネタイズの方法」

「それが出来るのはごく一握りの人だけ。物書きが世の中何人いると思う? 小説なんて、極論義務教育を受けた者全員が創れるんだ。国語やったろ? 作文書いたろ? その延長線でしかないからな、小説なんて。敷居が低いんだよ。だから競争は苛烈、でも価値が低いから金にならない。誰でも出来るから」

「俺はそう思わんけど。それに、趣味と割り切る道もあるんじゃない?」

「……隣の芝を見ない自信があるなら、そういうのも良いかもな」

「……まあ、自分で言っといてあれだけど、その辺は難しいよなぁ」

 趣味と割り切る。口では簡単だ。だけど、それだけを徹底できる人間は果たしてどれだけいるか。皆、心のどこかで思っているはず。この小説、この文章、このシナリオ、跳ねないかな、って。出版社から声がかかって出版、重版、印税生活。インフルエンサーが取り上げてくれて大バズ、出版社、重版、印税生活。

 何処かできっと欲が出る。現実と理想のギャップに苦しむ。

 それならいっそ、最初から夢なんて見なければいい。

 何もしないのが一番の自己防衛だから――

「でもさ、折角の大学生活、何もしないのはもったいなくね?」

「……どうせ社会に出たら嫌でも何かしなきゃいけないんだから、今ぐらい何もしなくていい。俺はモラトリアムを満喫するさ」

「そうか。でも、いつでもやりたくなったら言ってくれ」

「何でキョウに言うんだよ」

「逆張りクソオタクの創る作品が見てみたいから」

「……絶対やらねー」

「嘘嘘冗談だって」

 いつも通りの不毛な会話。これからキョウと一緒に三限の講義に顔を出し、出席を完了したら即離脱。其処からはフリータイムに突入である。

 四限? 出席しなくていい講義だから。

 そんな不毛極まるいつも通りを満喫している時に――

「失礼します」

 奴が来た。

 奴が、彼女が現れたことで僕の何もしないと決めた学生生活にひびが入る。何故僕なのか、彼女は最後まで語ってくれなかったけれど――

 とにかく、ここが僕の分岐点だったと、思う。

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