札伐闘技フダディエイト(読み切り版)

澄岡京樹

読み切り版

札伐闘技フダディエイト プロローグ




 二〇二二年七月十五日——首都『芸都げいと』近郊。

 『夏海市なつみし戯画町ぎがちょう』——午後五時三十分。



「せんぱーい、今日はこれ何の調査なんですかー」


 芸都高校一年の女子生徒・赤原あかはらほむらは、部活オカルト新聞部先輩二年化野あだしのカイリの後を走りながら追いかけていた。赤毛のショートヘアがゆらゆら揺れるが、カイリはそんな彼女には目もくれずただ無言で道をゆく。


「せんぱいってばー! 調査内容ぐらい言ってくださいよー!」

「お前勝手についてきてるだけだろ」

「だとしてもですよー! 後輩なんですよ私ー!」


 どんな理論だ、とモノローグ。カイリはそのままスタスタ進みつつも、——このまま無視も面倒だな——などと思い直して「吸血鬼が出るらしい」と口にした。


「えー! じゃあそれ倒すってことですか!?」

「バカ。取材してから倒すんだよ。謎のままじゃ大したこと書けんだろーが」

「うーん、それもそうですねぇ」

 言いつつほむらは夕焼け空を眺めながらあることに気づいた。まだ早いと。


「吸血鬼って夜じゃないと出てこないですよね」

「ホントは夏休みまで待ってもよかったんだがな。それじゃ遅いんだよ」

「え? どういうことですか?」

札闘士フダディエイターが動いている。俺ら以外のな」

「情報掴む速度がせんぱい並みってことですか。速いですねぇ」

「面倒だろ? だからしぶしぶ寝床を探すことにしたんだよ」


 ため息混じりにカイリが言った。その手には一枚のカードが具現化していた。


 ——名を『ソリッド』。一部の人間が扱える、である。


 ソリッドがカード型で出力されることや、その他いくつかの事情が重なったことで、ソリッドの使い手たちは『札闘士フダディエイター』と呼ばれるに至った。常に人類の歴史と共にあった特殊事象である。


「で、ここがその廃工場ですか」

 戯画町の港湾エリアに存在する工場街。その端に打ち捨てられた廃工場がいくつかあるのだが、それらの内の一つに吸血鬼は潜伏しているという。カイリの持つソリッドの一枚が探索効果をもつスキルカードだったため、そこまでは容易に捜索ができた。だが——


「……いないな。既に根城を変えたのか?」

 周囲を見回すカイリ。工場内ですら、夕焼けが目に刺さる。——妙だな——カイリは勘づく。陽が差し込んでは、吸血鬼のシェルター足り得ない。吸血鬼は日光に弱いと言うのが基本的な前提である。


「ガセをつかまされたか」

「え、じゃあそもそも吸血鬼いないんですか?」

「それはない」カイリは首を振り、言葉を続けた。

「吸血鬼は確実にいる。俺の『残響捕捉エゴー・ロケーション』のカード効果を複数回・複数箇所、それも日を分けて何度も使ったからな。ノイズ情報やガセ情報を吟味してもなお信憑性の高い情報だ」

「じゃあなんでガセつかんじゃったんですか」


 痛いところをつくなお前、と小声でぼやきながらもカイリは様々な異常に気付き、それらを即座に指でさし示した地面を指差した


「あ、破片。これ屋根ですか?」

「そういうことだ」カイリは首肯する。

「付近に血痕もある。この情報は俺たちの下校時点ではまだなかった。……ついさっき起きた襲撃だろうな」


 周囲を確認しつつカイリは再び『残響捕捉エゴー・ロケーション』を発動させる。カイリの半径一〇〇メートルで円形に広がる何重もの波紋。これにはがある。読み取れる思念は三日以内の物。それゆえにカイリは何度もこのカードを発動させていたのだ。


「どうすかせんぱい」ほむらが後ろから顔をカイリの肩に乗せる。特に微動だにせずカイリは「連れて行かれたようだな」と答えた。


「えーじゃあ吸血鬼さんもう殺されちゃったんじゃないですか? 日差し浴びてそうですし」

「まあ待て。サーチ範囲を変える」そう言ってカイリは『残響捕捉』を複数箇所で念入りに発動した。

「うん、急に消えたな。下手人含めてあらゆる思念が」

 トラックあたりだな、と小声で続ける。


「追いつけるんですか?」「無理だな」即座に回答。だがほむらは知っている。カイリがこの程度で諦める性分ではないということを。


「こういう場合を想定して、ここに到着するまでの道でも『残響捕捉』を発動していた。ノイズ情報は多いが、あらゆる思念を拾えるのがこのカードの強みなのは知ってるだろ?」


「あーじゃあ『トラック通ってんなぁ』みたいな情報もあったってことっすね」ほむらの問いにカイリは首肯する。


「多かったのは自転車と普通自動車だな。当たり前と言えば当たり前だ。だが他にもこういうものがあった」


 ほむらはふと思いついたので「あ、『何運んでんだろー』とかっすね」と口にした。

「お前ほんとに勘がいいな。正解だ」「しゃっ」喜ぶほむら。中ぐらいのガッツポーズで誇らしげである。それをスルーしてカイリは続ける。


「吸血鬼がもう始末されているなら諦めがつく。残念ながらな。……だが思念を読んでもそのような状況が廃工場ここにはない。となればおそらく生捕りだな。そうなったらば、塵と消えないように保護する必要がある」


 その為の遮光だ——とまでは口にしなかったものの、それをほむらは理解していた。カイリもそれをわかっていたがゆえの省略信頼である。


「範囲狭めるんすね、能力の」「当然だ」カイリはここで再び『残響捕捉』を使用。ただし発動時に条件を追加した。

「検索条件変更——抽出ジャンル『遮光』『運搬』『不可視』——エゴー・ロケーション、発動」

 瞬間、先程とは比べ物にならない範囲半径一〇〇キロメートルの波紋が広がった。発動条件を細かく設定することで、余計なワード検索を行わない分のリソースを範囲拡大に転用したのだ。ソリッドの発動に対して、こういった汎用性を持たせられる札闘士フダディエイターは優秀とされている。カイリもまたその一人であったのだ。


「……まだ間に合うな。桐生マンションに急ぐぞ」


 ◇


 カイリたちが桐生マンション——五階建て——に着く頃には午後七時を過ぎていた。単純に距離があったというのもあるが、それ以外にも、何度か他フダディエイターとの遭遇戦予測可能回避やや不可能なイレギュラーが発生したということもあった。


「マズいな」カイリは桐生マンションから立ち昇る黒煙を見てつぶやいた。

「えっ! 火事ですかあれ!?」「中庭だな」「じゃあ上から見たら『ロ』型なんすねこのマンション!」「そうなるな」——早口の応酬を手早く済ませ、カイリたちはマンションへの侵入を試みる。騒ぎが起きていないことから、この辺り一帯が既に他札闘士フダディエイターの拠点と化していることをカイリは看破した。


 ——面倒だな——カイリは疾駆しつつも、瞬時に眼前のを捉えた。男は迷彩柄のサバイバルスーツを着た銀髪オールバックの風貌である。何本か垂れた前髪の間から、双眸が鋭く光る。


「ここに何の用だ」「吸血鬼。いるだろ中に」「アレは我々が処理する。町中にこんなレベルの魔獣が跋扈しているなど異常過ぎるからな」


 ——魔獣。それは通常の生態系から見れば常軌を逸した埒外の存在たちである。神話に登場する怪物から始まり、果ては都市伝説の怪異に至るまで、カテゴライズ対象は多岐に渡る。今カイリたちが追っている吸血鬼もその一つである。古代において、人類が生活圏を広げるためには、その近辺に住まう魔獣を絶滅させるしか解決手段がなかったとさえ言われており、それを担ったのがフダディエイターたちであった。


 実際、現代の文化圏内に魔獣の姿は見られない。いたとしても依頼を受けたフダディエイターが迅速に対処する。ゆえに、。それを異常と捉えたフダディエイターたちが、こうして異常事態の調査のために夏海市へ続々とやってきていた。危険の伴う仕事ゆえ、報酬も多いのだ。


「守銭奴どもに興味はない。ソレは俺が取材する。だからどけ」

「アレと会話が成立すると? 馬鹿を言うな」

「吸血鬼は紳士だと認識しているが、違うのか?」

「会ってもないのに随分な自信だな、少年」

「これでもああいう手合いは慣れててな」


 ——この男とも会話は続かなさそうだ——と、カイリと謎の男はそれぞれ瞬時に理解して、そして自身の周囲を囲むように


「予想はついていたが、少年もフダディエイターだったようだな」

「手早く済まそう、『センチネル』を出せよ」

 そう言ってカイリは、展開中のカードソリッドを一枚手に取りそして前方に射出した。


「来い、【残響思念アルターエコー エックスレイ】……!」


 宣言と共にソリッドが輝き、人型の異形が姿を現す。それは機械白銀ボディの戦士だった。背中には、四本の突起が生えているエックス字状のシルエット。両拳を握りしめ、既に臨戦態勢であった。


 ——センチネル。札闘士フダディエイターたちが戦う際、実際に戦闘を行う精霊のような存在。カードソリッドから呼び出され、札闘士の剣となり盾となる者たち。スキルカード同様、センチネルもまたフダディエイターの精神が具現化したものである。


「……良かろう。『札伐闘技フダディエイト』に乗ってやる——加減なしでな……!」

 男もまた展開したソリッドから一枚を抜き取りエックスレイ目掛けて射出する!

「センチネルの接触が戦いの狼煙だ少年!」

「いいだろう……!」

「ウワー! 二人とも好戦的っすね!?」

 そしてエックスレイに、センチネルカードが激突した!


「「札伐闘技フダディエイト……!!」」


 その言葉こそが戦いの始まり砂の爆風が巻き起こる。フダディエイターたちの誇りをかけた激突の開幕である。


 ——数秒の後、砂煙が晴れる。そこには取っ組み合う二体のセンチネルがいた。一方はカイリのセンチネル【残響思念アルターエコー エックスレイ】。そしてもう一方が——


オレが出したのは【ホープフル・ブレイド】。コイツの斬撃は鋭いぞ……!」


 機械白銀には機械白銀を。機械戦士には機械兵士を。ビーム状の刃を右腕から放出させた機械兵士【ホープフル・ブレイド】が、ゼロレンジから今にも掲げた右腕ビームソードを振り下ろさんとする——。


「させると、思うかッ……!」

 カイリの叫びに呼応して、エックスレイが体を捻り間隙を突いて左掌をホープフル・ブレイドに叩きつける。掌底である。


「簡単にはいかんかッ!」

 突き飛ばされ、刹那宙を舞うホープフル・ブレイド。その隙を見逃すカイリではない。


「倒す……!」

 エックスレイが常軌を逸する速度でホープフル・ブレイドの背後に周り即座に蹴り上げる!


(何だこの速さは!?)

「今! ここで……!」


 次の瞬間、あろうことかエックスレイは既に空中より地上に向けて蹴りを叩き込んでいた。——当然、その軌道にはホープフル・ブレイドがいた。


「蹴り落とす——!」

 言葉通りの槍じみた一撃により、ホープフル・ブレイドは胸部に強烈な一撃を受け地面に激突する……!


「これで終わりだ」

 エックスレイの右拳がホープフル・ブレイドにトドメを刺さんと振り下ろされる。——その刹那。


「スキルカード起動! 『ラピッド・ショット』……!」

「——!!」


 男の発したそれスキルカード発動宣言により、ホープフル・ブレイドに変化が起きる。先刻エックスレイが行った常軌を逸する高速機動にも迫る反射速度でホープフル・ブレイドの右腕ユニットから光弾ビームが発射された!


「もう気づいただろうが……『ラピッド・ショット』は効果のスキルカードだ。それでも動きが派手では気づかれかねん。ゆえにビームソードはやめたというわけだ」


 ——フダディエイターたちは、一度見たスキルカードの効果を看破する能力を標準装備している。フダディエイターの心象そのものの具現センチネルと比較すれば、そこから漏れ出た派生物スキルを読み取ることなど造作もないということである。


「————」沈黙するカイリ。そして、胸部をビーム弾で貫かれたエックスレイは姿の維持すらできず崩壊していくカードへと戻っていく——。そんな中で、ほむらは言葉すら発さない。発せないのか、あるいはカイリの敗北を信じていないのか。それすらこの硝煙の中では煙に巻かれて覚束ない。


「後続のセンチネルを出せ。もっとも、複数体のセンチネルを擁するフダディエイターなどレア中のレアだがな」

(それにしても——)

 ——それにしても、この少年のセンチネル《エックスレイ》は、なんだ——?


 男は独白する。フダディエイターは、倒したセンチネルの情報(そこにはカイリの名も含まれる)を入手できる。この報酬ルールは札伐闘技という正式な戦いの手順を踏んだ場合のみ適用されるため、アンブッシュ行為は却って情報入手に手間取る場合が多い。ゆえにこうしてフェアな戦いを行うのだが、その上でなお男はカイリに対して未だ埋められないアンフェアを感じていた。


 ——カイリの思考発露と同時に動く——。


 高速以上、そして光速ですらない異常速度。もはや反射の域である。脳からの電気信号より速く行動を終了させている凄まじい能力。カイリの出した『解理こたえ』を導き出すまでの過程を一瞬で踏破する異常速度の移動能力。常識に囚われた人間に、常軌を逸する能力は発現しないのだ。センチネルやスキルカードは、あくまでも現実の事象に相乗りするか干渉するかの二択でしかない。だがカイリのエックスレイはそういった常識を踏み越えてみせた。

 男は余裕ぶった発言をしつつも、内心ではカイリの底知れなさに戦慄していた。


「……さあどうする少年。次弾を出すのか。あるいはもう弾切れか?」

 さっきのような不意打ちはおそらくもう通じない。男はそれを嫌でも理解していたがゆえに……仮にカイリのセンチネルが複数いたとしてもここで少しでも精神的優位に立とうとして、こうして揺さぶりをかけていた。それにカイリはこう答えた。


「次弾も何もない。——エックスレイは蘇る」

「————! スキルカード……!」

 既にカイリの右手ではスキルカード『残響反響Re:エゴー』が発動されていた。

「これは——『直前に破壊されたセンチネルを即座に呼び戻す』蘇生カードだ。……そら。もう後ろにいるぞ」

「————ッ!!」


 気づくも遅く、迎撃などできるはずもなく。男とホープフル・ブレイドの間には既にエックスレイが——鋭利な蹴りを放つところであった。


「今度こそ俺の勝ちだ。……早撃ちで負けるつもりなんて毛頭ないよ」

 鉄の砕ける《札へと還る》音がして、真に戦いは幕を引いた。


「あんた——いや、フリードって言うのか。そっちこそ次弾を撃ち込むつもりはないわけか?」

 の能力を知ったカイリは、今の戦いそのものがただの時間稼ぎであることを実感させられた。


「——フ、良い洞察力だな。如何にも。これ以上矛を交える必要もないと言うわけだ。ゆえに今宵の戦いもここまでとしよう」

 そう言って男——フリード・トライロードは後退行動に出る。それをカイリは追おうとして——

「せんぱい! 優先事項を思い出すっすよ!」

「——そうだったな。すまん」


 ほむらの言葉でクールダウンしたカイリは、家屋から家屋へと飛び移って撤退していくフリードを無視して燃える桐生マンションの中庭へと走り始めた。


 ◇


 ——もう遅い。カイリとて分かってはいた。だがそれでもこのまま捨て置くわけにもいかなかった。自分自身の知的好奇心のためでもあり、同時に『戯画町の怪異は自分が始末をつけたい』という意思の表れでもあった。


「——せんぱい」

「…………ああ」


 それはもはや戦火であった。あるいは地獄であった。夜闇を霞ませるほどの獄炎が、眷属めいた火の粉を散布しながら灼熱を振り撒いている。桐生マンションの中庭は既にある種の異界と化していた。

 一瞬、雲の切れ間のように火炎の間にが垣間見えた。それは長い黒髪の少女であった。カイリはその少女を知らない。だが、吸血鬼を始末したのが彼女であることだけはフダディエイターとしての本能によって否が応でも理解していた。少女もまたカイリたちの到着に気づく。その直後、炎が激しく揺らめきそして海割れの如く左右へと剥がれていく。


「——へぇ。フリードを倒すとかやるじゃん。でも遅かったわね。手柄は私たちがもらったわよ」


 カイリは敢えて動かなかった。——見えたからだ。彼女の背後に、巨大な龍の影が。


「……その割に消し炭のようだが」直後、少女の舌打ちが聞こえたがカイリは無視した。

「——マジに吸血鬼だなんてね。これじゃ報酬も何もないわよ全く」

 既に背後に巨龍の影はなく、カイリは戦う構えを取るか否か思考を巡らせ——


「——ねえ。今後ろに見えた龍、貴方のセンチネル?」


 巡らせようとして、少女から発せられて想定外の言葉に躓かされた。

「——重く見るべきか」

「は? どういう回答?」

「こういう解だ」「せんぱい!?」

 カイリは既に少女へ向かって走り出し、「何何何! なんなのよ!?」「フットワーク軽すぎるっすよー!」少女らのリアクションすら無視してただシンプルにただ思考に沿って——


 ——右手を差し出した。


「————へ?」

「気が変わった。手を組まないか? 俺たちと」

「どういう……何……?」

 マッハすぎてわからない——それが彼女、月峰風音つきみねかざねが化野カイリに抱いた第一印象であった。


プロローグ、了。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

札伐闘技フダディエイト(読み切り版) 澄岡京樹 @TapiokanotC

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ