第9話 ライモンドとの猫レッスン

 翌日。朝食を食べ終えた頃に、エミリアお姉様からまた王宮へのお誘いがあった。


 昨日お見舞いに行った王妃様からのお願いで、しばらくの間、毎日王妃様のところへ伺うことになったらしい。


 私が薔薇園を気に入っていた様子だったので、声を掛けてくれたようだ。

 また庭園でライモンドと遊びたかった私は、喜んでついていくことにした。


 そして薔薇園でエミリアお姉様と別れると、また猫に変身して、奥の庭園へと向かった。


 昨日遊んだ場所に着くと、そこにはすでにライモンドがいて、木登りの練習をしているところだった。


「ライモンド! また来たわよ!」


「マリアンナ! 来てくれてありがとう、嬉しいよ!」


 ライモンドも、私と会えて嬉しがってくれているみたいだ。


「木登りの練習をしてたのね」


「うん、下りるのも大分上手くなったよ。見てて!」


 そう言うと、ライモンドは軽やかに木を駆け上った後、ためらうこともなく、幹を伝って下りてきた。そして得意げな表情で私を見る。


「すごく上手になったのね! 驚いたわ!」


「ねえ、今日は何を教えてくれる?」


「そうね、木から飛び下りる方法なんてどう?」


「飛び下りる!? なんだか怖そうだな……」


「まずは低い場所で練習して、体の使い方を覚えていきましょう。それから、少しずつ高さを上げていくの」


「それなら大丈夫かな。ちょっと不安だけど、やってみるよ」


 それから私とライモンドは、石段の上や樽の上から飛ぶ練習を繰り返した。


 たまに、どてっと転んで落ち込むこともあったが、そんな時は私が人間の姿に戻って、よしよしと撫でてあげた。


 ……可哀想だから慰めてあげたいだけで、決してモフモフを楽しもうとしていたわけではない。


「今日は飛ぶ練習はここまでにして、ちょっと休憩しましょうか」


 ライモンドも少し疲れてきたようで、休憩の提案に乗ってくれた。


「それなら、休むのにちょうどいいところがあるんだ。こっちに来て」


 案内されて行くと、小さくて綺麗な池のある場所に出た。陽当たりもよく、ポカポカとしていて気持ちがいい。


「ひなたぼっこするのに最高の場所ね!」


 私たちは一番景色がいい場所を選んで、猫姿のまま丸くなった。芝生もふかふかで、とても寝心地がいい。


 何もしていないと、うっかり眠ってしまいそうなので、私はペロリと舌を出して毛繕いを始めた。

 すると、ライモンドが興味津々でこちらを見てくる。


「ねえ、それ気持ちよさそうだね。どうやるの?」


「舌を出して、毛の流れに沿って舐めるのよ。こうやって、足を上げて舐めたりもできるわよ」


「わ、すごい。こうやるのかな。あ、本当だ、気持ちいい」


 ライモンドは素直な性格なので、話していてとても楽しい。ついたくさんお喋りしたくなってしまう。


「それにしても、こんなに素敵な場所を知っているなんて、ライモンドは王宮の庭に詳しいのね」


「それほどでもないよ。ところで、君はキルトン公爵邸にいるって言ってたけど、旅行でこの国に来たの?」


 痛いところを突いてこられた。昨日、うっかりキルトン公爵の名前を出してしまったのを後悔した。正直に話してしまうと、イルヌス王国での酷い噂まで知られてしまうかもしれない。ここは誤魔化しておこう。


「ええ、そんなところよ。ここは本当にいい国ね。しかも国全体が猫好きだなんて、素晴らしいわ」


 本当に、どこぞの犬派の王太子も連れてきてやりたい。


「マリアンナがこの国を気に入ってくれて嬉しいな。……ところで、王太子のこと──」


「え? 王太子?」


 ちょうどルドルフ殿下のことを考えていたので、思い切り嫌な顔をしてしまった。

 ライモンドが焦ったように尋ねる。


「君は王太子のことは嫌い……?」


「王太子は好きにはなれませんね」


 そう答えると、ライモンドはなぜか傷ついたような顔になり、黙り込んでしまった。

 一体、どうしたのだろうか。もしかしたら、さっきの練習の疲れが出てきたのかもしれない。


 私は、ゆっくり休んでもらったほうがいいだろうと思い、そろそろ薔薇園に戻ることにした。


「急に黙っちゃってごめんね。ちょっと疲れただけだから、また明日も来てくれる?」


「気にしないで。また明日、一緒に遊びましょう」


 ライモンドはやはり疲れていたらしい。

 私は早く疲れが取れますようにと願いを込めて、柔らかな肉球でライモンドの頭をポンポンと撫でると、薔薇園へと戻る。


 途中で後ろを振り返ると、ライモンドが頭を抱えてうずくまっていた。そんなに疲れていたとは思わなかったので、もっと早く休ませてあげればよかったなと反省した。

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